48話 迷子のエールとルシア姫
花畑でマーリンたちと合流し、エールはヴァールハイト城まで戻ることになった。城門には七賢者のシュタインとアレイスターが待っており、シュタインはうやうやしく首を垂れてエールたちを出迎えてくれた。
「無事にカノン様と会えたようですね。姉妹の再会が果たせて何よりです。ところでエール様、この島には何日滞在される予定ですか? アレイスターが少し話したようですが、この島は警戒態勢にありまして……端的に申し上げますと、この島にいると無用な危機に襲われる可能性があります」
エールたちは簡単にではあるが、その脅威が何なのかすでに聞かされている。ラフィーネ。かつて楽園の姫君だった人物がこの島を今まさに滅ぼそうと企んでいると。
具体的にどうやって滅ぼそうとしているか。エールには心当たりがある。ラフィーネは魔物と接触しており、部下のように扱っていた。魔物を戦力として楽園に攻め入る可能性が高いだろう。
「ラフィーネ……っていう人が楽園を滅ぼそうとしてるって。お姉ちゃんから聞きました」
「そうでしたか……それならば話が早いですね。カノン様、今一度確認しますが、本当に私たちに協力してくださるのですか?」
シュタインの問いに、カノンは微笑みながら答える。
「もちろん手伝うよ。どんな方法で攻めてきても、だいたい対処できると思う」
「ふん……随分と自信があるようだな。確かにお前には負けこそしたが、しょせん外様だ。図に乗るなよ」
「私たちのために戦ってくれるんだ。そういう言い方をするものではないよ、アレイスター」
カノンに対して敵意を剥き出しにするアレイスターをシュタインが諫める。
「ああ、その件だけど戦力が増えるかもしれないわ。こっちのスパーダって子、私がスカウトしといたから」
シュタインは「そうか」と言って頷いたが、アレイスターは不服そうにマーリンを睨みつけた。
「また余所者が増えるのか。そんなものはアスクレピオスとカノンだけで十分だろう。俺は外の人間が嫌いだ」
「私はアンタと違って差別主義者じゃないのよ。使える人材なら何者でも引き抜くわ」
正確にはまだスパーダは保留状態なのだが、そんなこともお構いなしにアレイスターとマーリンの間で火花が飛び散っている。このまま放っておけば喧嘩でも始まりそうな険悪ムードだ。エールは雰囲気を和らげるため話を最初に戻した。
「あ、あの……早ければ明日には帰ろうと思います。お姉ちゃんの無事も分かりましたから。でも、バルカロールさんにも楽園に来た目的があって……楽園の進んだ魔法の技術を持ち帰りたいって。そういうことって出来るんですか?」
エールの作戦が功を奏したのかアレイスターとマーリンは睨み合うのを止めてくれた。しかし機嫌を悪くしたアレイスターは城の中へと引っ込んでしまう。シュタインは溜息をついて謝罪すると、エールの質問に答える。
「結論から言えば、渡せる技術はあります。かつて人類が誇った科学技術は長い時の中で失われてしまいました。ですが、我々はそれを魔法で再現出来ないか、それ以上のものを作り出せないかと日々研究を続けています。その技術の一部をお教えしましょう」
「一部……ですか?」
「はい。全てを教えるのは不可能です。例えば、戦争の……兵器の開発に役立つ魔法。生命倫理に反した魔法、非人道的な使い方ができる魔法の技術は、お教えできません。ディーヴァの法律でそう決まっているのです」
シュタインの言っていることは妥当だ。こんなに衰退した世界でも、国家間の争いというのは完全に無くなっていない。エールたちの暮らすフェルネ王国は現状どこかの国から侵略されるようなことはないが、ある日、他国より百歩も千歩も進んだ戦争に役立つ技術を手に入れたら、魔が差して他国への侵略を考えるなんてこともあり得る。
エールとしては自国がそんな愚かな国家だとは思いたくないが、技術提供する側からは何がどうなるかなんて分からないことだ。だから渡せる技術に制限を設けるのは仕方ないのだろう。
「また、ディーヴァで得た技術を独占することも控えてください。約束して頂けるなら、望む魔法技術をお教えしましょう」
「そうだなぁ……俺も深く考えちゃいなかったが、通信技術が欲しいと先代は言ってたな。知ってるか? 昔の人間は遠いところにいても会話ができる道具をみんな持ってたんだぜ。確か、でんで……でんでん……」
「『電話』……ですね。おそらく」
「そうそう、それだよシュタインさん」
バルカロールとシュタインはその後、熱心に会話を繰り返して、今日中に二人で話し合って渡せる魔法の技術を決める、ということで落ち着いた。話が纏まるとシュタインはエールたちが寝泊まりする客人用の部屋まで案内すると言い、城門を潜る。
「城に来客が来ることは滅多にないのですが、ここ数年は時折現れますね。エール様たちを除けば、アスクレピオスもそうでした」
「あの……アスクレピオスさんって元々この島に住んでいた人じゃないんですか……?」
「ええ。七賢者で唯一、外の世界の出身です。ですが非常に優れた男ですよ。医学の知識で彼に勝てる者はいないでしょう」
エールはシュタインと何気ない雑談を交わしながら中庭を進む。
城の中に入るとバルカロールは思い出したようにシュタインに聞いた。
「そういえば……魔法の技術を無償で貰っちまってもいいのか? その気になればいくらか金は用意できると思うが……」
「そのお金ってエンリケさんが用意するんじゃあ……バルカロールさん、勝手に決めてもいいんですか?」
「エールの嬢ちゃん、厳しいな……まぁでもそうか……勝手すぎるかな……」
二人の会話を聞き終えたシュタインは穏やかにこう言ってくれた。
「心配ありませんよ、無償で構いません。大袈裟に言えばこの世界を守るために我々は魔法の研究を続けているのです。お金が欲しいわけではありませんからね。この楽園を創った初代の姫様も、きっとそうしたことでしょう」
「その姫様の授けた魔法技術が今の天蓋都市に使われてるってことか。足を向けて寝られねぇな」
話が終わる頃、エールたちは客室に到着していた。一人一人に個室が与えられ、部屋は豪華な調度品で囲まれている。まるで貴族にでもなったのかと錯覚するほどだ。部屋に入るとエールは幼少期に戻った気持ちでベッドに飛びこむ。ふかふかで柔らかい。これまでの旅で過ごした宿屋のベッドとは一味違う。
客観的に言ってエールたちは豪勢なもてなしを受けた。食事などまるで晩餐会にでも招待されたかのようである。最初こそ戦うことになったが、結果的にそうそうない歓迎を受けている。セレナが給仕にそれとなく理由を聞いたら、「姫様のご指示です」とだけ返事をしたそうだ。謁見で会った時は内向的な少女に見えたが、なんと気前の良い人物だろうか。
エールは食事まで姉のカノンとずっと一緒にいたが、食事が終わってお風呂に入ると、忽然と姿を消してしまった。部屋にもいない。カノンはたびたび、こういうことをやる。迷子常習犯のエリーゼとはまた違った厄介な気質があって、その辺をふらふらと自由気ままに歩き回る癖があるのだ。楽園を去ったらしばらく会えなくなる。それまでは一緒にいたいのに。
城の中を少し探してみたが見つからない。諦めて部屋に戻ろうとすると、エールは自分の部屋がどこか分からなくなっていた。城の中は広いうえ、似たような廊下ばかりが続くので完全に迷ってしまった。
迷宮のような城を彷徨っているうち、エールはだんだん不安が大きくなって、闇雲に部屋の扉をノックした。どこかの部屋には、必ず城の人間がいるはずだ。誰かに部屋の場所を教えてもらうしかないだろう。城の中で迷子になったなんて知られるのは恥ずかしいのだが、最早恥ずかしがっている場合ではない、と不安が警鐘を鳴らしている。
「すみません……誰かいらっしゃいませんか? 自分の部屋が分からなくなっちゃって……」
適当にノックした部屋はしばらく反応が無かった。誰もいないか、と思われた時、ようやく扉が少しだけ開く。様子を窺うように部屋の主が顔を覗かせる。その顔には見覚えがある。このディーヴァを統治するルシア姫に他ならなかった。




