34話 意外な救援者
視界を覆い尽くさんばかりの爆発と閃光が生じた。
必殺の荷電粒子砲、ハイペリオンバスターがミノタウロスに命中した証である。
不安要素があるとすれば、今回のミノタウロスは『フィロソフィアの欠片』とかいうのが3個埋め込まれていることだ。数が多い方が使用者により力を与えてくれるのは想像に難くない。
ひょっとして。もしかしたら。効いていないのかもしれない。
そんな不安がエールの胸中を駆け巡っていた。
爆発の煙が晴れると、そこには片膝をつくミノタウロスの姿があった。
激しく息を切らしている。身体の大部分は炭化して焼け焦げている。
しかし身体に埋め込まれた3個の欠片が怪しく光を放ち、傷を癒し続けている。
光の粒となって消えない以上、ミノタウロスはまだ死んでいない。
「こ、これでも駄目なの……パイロン、アヴリルさん。ごめんなさい……」
謝罪の言葉を発したエールは、次に魔導砲を放り投げて身構えた。
まだだ。まだ戦いが終わったわけじゃない。ミノタウロスも満身創痍だ。
今のうちに身体に埋まっている『欠片』を奪うことができれば再生を止められるかもしれない。そうなれば勝機はある。
エールはまだ諦めていない。その目は。心は。希望を捨ててなどいない。
「……やれやれ。探すだけだったのに面倒な場面に遭遇してしまったねぇ」
その時、天高くから声が響いた。
エールたちはミノタウロスとの戦いに夢中で気づいてなかったのだ。
夜空を飛ぶその巨大な影を。誰もが畏怖する雄々しき魔物を。
竜だ。赤い鱗に覆われた誇り高き魔物の頂点。エールはその竜を知っている。
密売人に攫われた我が子を探して、魔導列車を襲った竜のテオドラだ。
テオドラが島に着地すると、まるで竜巻が生じたように風が吹き荒れた。
「て、テオドラさん……!?」
「確かエールだったか。お前の名前は」
ミノタウロスのことなど気にもせず、テオドラは巨大な頭をエールに向けた。
「ひゃ、ひゃい! 私がエールです!」
「何を素っ頓狂な声を出しているんだい。戦いに来たわけじゃないんだ」
「え……そ、その……テオドラさんは何の用でここに……」
「お前を探しに来たんだよ。仲間が心配している。さっさとこっちに来な」
ミノタウロスとの戦いなど、まるで無いことのようにテオドラは無視した。
だがエールにとってはアヴリルを守るための大事な戦いだ。
はいそうですかと放って逃げるわけにはいかない。
「駄目なんです……あのミノタウロスを倒さないと……!」
「お前も強情だね。まったく面倒くさい……」
話の途中で、治癒が完了したミノタウロスがエールに襲いかかる。
テオドラは目を細めて腕を軽く振り回し、裏拳で吹っ飛ばした。
「人が話している最中に割って入るな。礼儀も知らん牛頭が。消え失せろ……!」
大きく息を吸い込み、一気に口から火炎を吐きだす。
怒涛の猛火はパイロンが放つ炎の比ではない。
これぞ竜の代名詞。ドラゴンブレスの必殺の威力だ。
避けることもできず火炎を浴びたミノタウロスは塵も残さず灰となった。
ハイペリオンバスターでも倒せなかったあの魔物をたったの一撃で。
あんな化け物と一度は戦ったのかと思うと、その命知らずにぞっとする。
アヴリルに眠らされていた他のミノタウロスがようやく目を覚ましたらしい。
なぜかラフィーネがいなくなっていて、代わりに竜がいることに彼らは驚いた。
しかもこちらを睨みつけて、今にも怒りが爆発すると言わんばかりの様子だ。
「いいか。何を吹き込まれたか知らんが、二度とこいつらに手を出すな。もし彼女たちを傷つけるような真似をすれば、その時は竜の怒りに触れると知れ」
口から火を零しながら静かに、厳しい口調。テオドラの脅しはミノタウロスたちによく効いたようで、集落へ逃げ帰っていった。
「……ふん。『フィロソフィアの欠片』を持っていたあたり、ラフィーネに唆されたか、脅されでもしたんだろう。大した連中じゃない。あいつ本人もいないようだからこれで問題無いだろう」
その口ぶりから察するに、テオドラはラフィーネとあの欠片について何か知っている。エールは首を突っ込む気は無かったが、思わず聞いてしまった。
「あの……『フィロソフィアの欠片』って何なんですか。あのラフィーネって人も……一体何者なんでしょうか?」
「私も詳しくは知らないよ。ただラフィーネがいけ好かない奴なのは確かだね。魔物に接触して戦力を集めてる。まるで戦争でも始めようってくらいにね。元人間の分際で……」
テオドラはしばらく水平線を眺めていた。夜空と混じった真っ暗な海と空を。
アヴリルがおずおずと近づいて、ゆっくりと頭を下げた。
「命を救ってくださってありがとうございます。誇り高き竜の一族、テオドラ様。なぜあなた様がこのような場所に?」
「さっき話しただろう。エールの仲間の、セレナとか言うのが探してるんだよ。私の息子はそいつに借りがある。移住の最中に偶然通りがかって、息子が話したいとせがむから仕方なしに会ったら、一緒に探してくれと頼まれたのさ。断っても良かったんだが……」
「そうだったんですね。しかし……なぜ移住など?」
「今の住処は人間にバレてしまったからね。密売人がやって来ても鬱陶しい。ラフィーネがまた来ても面倒だ」
テオドラはアヴリルに顔を近づけて静かに話を続ける。
「ラフィーネは自己中心的で支配欲の塊のような奴だ。思い通りにならないことを酷く嫌う。奴に従わなかった私の夫は殺されたよ。セイレーン、お前も『誘い』を受けたのなら気をつけるんだよ」
「分かりました。私に出来ることなんて歌うことくらいですから……そう目をつけられることもないと思いますけれど」
「だといいんだけどね。まぁ……忠告はしたよ」
おおむねの経緯はアヴリルとの会話で分かった。
別の土地へ移り住む途中でセレナたちとテオドラが再び出会うなんて、どれほどの偶然だろう。しかもエールの捜索に協力してくれた。奇跡に近い。
「あの……テオドラさん。ありがとうございます」
「礼ならセイレーンたちにしてやればいい。お前を助けてくれたんだろう。別れの挨拶が済むまで待ってやる」
テオドラはぶっきらぼうだが優しかった。
何だかんだと息子に甘いところからも、悪い存在でないのは分かる。
戦いの時には分からなかった、彼女の気質に触れることができた気がした。
「アヴリルさん、パイロン。助けてくれてありがとう。何の恩返しも出来なくてごめんなさい……」
「気にしなくていいわ。けれど島を出ても気をつけてね。最近危ないから」
「そうだよ。おいらたちは暇だからさ。でもエールにはやることがあるんだろ?」
「うん……お姉ちゃんを探してるの。まだ北へ行ったことしか分かってないけど……」
パイロンはへー、と言った。
「そりゃ大変だ。じゃあ船旅もするんだろうね。エンリケに会ったら言っといて。アヴリルが会いたがってたってさ」
「ぱ、パイロンっ! そんなこと言わなくていいわよ……彼もとっくに結婚してる年齢だろうし」
「そんなの分からないだろ。別にいいじゃん、減るもんじゃないし」
この後も似たようなやり取りが何度か続いて、結局エールはエンリケに会ったらアヴリルの話を伝えると約束した。自分はまだあの島に住んでいること。もし引け目を感じているのなら、気にせず自分の人生を生きて欲しいということを。
「話は済んだようだね。背中に乗るがいい。仲間の場所まで連れて行ってやる」
「それじゃあアヴリルさん、パイロン、さようなら! お姉ちゃんを見つけたらまた会いに来ます!」
テオドラが翼を広げると、巨体が宙に浮かび徐々に島から離れていく。
アヴリルもパイロンも良い人だった。二人に出会えたことをエールは感謝した。
同時にセレナたちに心配をかけたことを反省しなくてはならない、とも思った。




