33話 管理されるべき世界
「……私の力が欲しいなんて。そんなことを言われても。私は歌が好きなだけよ」
「それでいい。君が持つ歌の力と、人間とも共存し得る性格。まさに『理想的』だ。新たな世界に相応しい」
ラフィーネ。無貌の魔法使い。この女の思考が、アヴリルには理解できない。
そもそも人間なのか魔物なのかもよく分からない怪しい存在だ。
「こう言えば気が変わらないか。君の望む世界を作ろう。人間も、亜人も、魔物も、妖精も。平等に共存できる素晴らしい世界だ。そこには飢えも支配も、争いも差別も何もない。理想の世界だ」
「……あなたについていけば、そんな世界がやって来るとでも言うの。絵空事にしか聞こえないわ」
「実現してみせる。この私が世界を管理することでね。私にはその『資格』と『力』がある」
靄が形作った手から、何かが現れる。ダイヤに似た美しい輝きの欠片だ。
恐ろしいほどの魔力を秘めているのを感じる。普通の宝石じゃない。
「証拠に『力』を渡してあげよう。君には愛する人がいるんだろう? この力を使えば彼を手に入れることなんて簡単にできてしまうよ。さぁ。受け取りたまえ」
アヴリルは恋しかった。別れたエンリケのことを未だに愛していた。
不思議なことに10年の月日が経ってもその想いが消えることは無かった。
でも人間の社会で暮らしているであろう、彼の平穏を壊してまで欲しいとは思わない。
「……いらない。折角だけど断らせてもらう。私はここで静かに暮らす方が性に合っているもの。それにあなたのこと、少し分かったわ」
「何が分かったと言うんだ? 興味が湧いたよ。話してみるがいい」
「あなた、人間だったんでしょう。でも何かの理由で魔物になった。違うかしら」
「ほう……鋭いな。人間の寿命を延ばす研究の過程で見つけたんだよ。魔物として生き永らえる方法をね」
ミノタウロスたちが武器を構えて徐々に距離を詰めてくる。
仲間にならないつもりなら殺す、ということだろう。
無論アヴリルとてその可能性を考えていなかったわけではない。
「しかし……実に残念だ。私のものにならないなら消しておくよ。やれ」
ラフィーネの指示でミノタウロスたちが猛然と突っ込んでくる。
雄叫びを上げ、2メートルをゆうに超える巨体が生み出す膂力は計り知れない。
瞬間、アヴリルは歌を唱えた。悲しくも儚い、悲恋の旋律を。
それを聴いた途端にミノタウロスは唐突に地面へ倒れ、眠りに落ちていく。
「……馬鹿め。歌を聴くなと言ったのに。セイレーンの歌魔法は聴覚を通じて脳に影響を及ぼす。よって眠りに誘うことも、幻覚を見せることもできてしまう。耳栓も満足にできんのかこいつらは……」
ラフィーネは呆れた様子だった。ミノタウロスたちは一体残らず眠りに落ちた。
だがラフィーネには効いていない。おそらく実体のない幽霊に近い存在だからなのだろう。
「……アヴリルさんっ! 大丈夫ですか……!?」
ミノタウロスの雄叫びを聞いて異常を察したエールも外にやって来た。
そして状況はすでに戦いに突入していることを理解する。
「……エール! 私のことは気にしないで! 洞窟の中に隠れてなさい!」
「匿っていた人間か。矮小だな……貴様のことなど興味ないが、この私に従わない者は許せない」
無貌の魔法使いはエールなど眼中にないらしいが、それでも首を突っ込む。
命の恩人であるアヴリルを見捨てて逃げるなどエールの発想には存在しない。
恩人を傷つける気なら魔導砲を浴びせるぐらいの度胸は持ち合わせている。
「アヴリルさんに手を出すなら容赦しない! 顔が無いくらい怖くないもん! 心霊現象の大半はプラズマで説明がつくって本で読んだことあるんだからね!」
「そういう問題じゃない気がするけど、エールの言う通りだ。おいらも戦うぞ」
エールの肩に乗っているパイロンも同意した。
ラフィーネは溜息をついて手から複数の『欠片』を生み出す。
『フィロソフィアの欠片』だ、とエールは思った。ヒュドラも胴体に埋め込んでいた。
「まさか!! あなたが……ラフィーネっていう人なの!?」
「貴様ごときが私の名を口にするな、下賤な女め。直接手を下す必要も無かろう……ここで死んでいけ」
ラフィーネは倒れているミノタウロスの一体に3個の『欠片』を投げつけた。
欠片は身体に埋め込まれ、雄叫びと共にその肉体が膨張していく。
「『3個』ならまぁ……この戦闘までは耐えられる。ついでに命令も与えておいた。貴様らを殺すまで決して戦いを止めるな、とな。せいぜい抵抗しろ。無駄な抵抗をな」
そう言い残してラフィーネはまるで幻のように姿を消した。
ともかくエールは意識を戦闘に集中させる。3個の『フィロソフィアの欠片』によって巨大化したミノタウロスが襲いかかって来る。
「オォォォォォォォォッ!!!!」
武器の斧を振り回し、獰猛に、暴力的に、見境なく。
エールはアヴリルを守るように前に立ち魔導砲を構えて照準を合わせる。
そして魔法を発射する。放った魔法は『麻痺弾』である。
主に対人制圧に用いられている動きを止めるための魔法だ。
本来ならプラズマ弾か誘導弾を使うところなのだが、エールはこう考えた。
もしこのミノタウロスを殺してしまったら、アヴリルとミノタウロスの間に余計な軋轢が生まれると。
この島で暮らすアヴリルにとってそれは好ましいことではないだろう。
威力を最大にした麻痺弾は正確にミノタウロスに命中した。
だが効いていない。ミノタウロスが斧を振り下ろす。
エールは右に横っ飛びで回避しながら次の魔法を撃つために魔力を充填する。
「エール、気にしないで本気で戦っていいわ! あなたの安全の方が大事よ!」
「アヴリルの言う通りだよエール。ミノタウロスはもう『無貌の魔法使い』の側だ。おいらたちの敵だよ!」
エールの肩から飛び降りたパイロンが息を吐くと、大きな炎となって燃え広がる。欠片を持つミノタウロスは瞬く間に火の海に飲み込まれた。
「やばいな……最大火力で攻撃したのに焼けた傍から回復してる」
こんな再生力を持つ魔物はそうそういない。
普通の魔物ならパイロンの炎で確実に倒せているはずなのだ。
ミノタウロスが動きを見せた瞬間、球状の光が命中して爆発した。
エールの魔導砲から放たれた魔法のひとつ、『誘導弾』である。
「誘導弾もそんなに効いてない……! ってことはもう、あれしかない……!」
『フィロソフィアの欠片』を3個取り込んでいるのが関係しているのだろう。
最早残された攻撃手段はハイペリオンバスターだけだ。
そのために魔力を充填する時間が欲しいところだ。
運の無いことにその隙が中々生まれてくれなかった。
ミノタウロスはエールだけを標的にして一気呵成に攻めてくる。
「わ! た! と!?」
薙ぎ払い、袈裟斬り、真上からの振り下ろし。全てをギリギリで躱す。
軌道はなんとか目で追うことができているがどれも必殺の一撃だ。
ただの人間が掠りでもしたら肉は裂け骨は砕けてしまうだろう。
「……アヴリルさん、パイロン! 少しだけ時間を稼いで! そうすれば必殺の攻撃ができるの!」
「よし分かった。おいらに任せな。何とかしてみるよ」
「私の歌が通用するか分からないけれど、試してみるわ」
パイロンの炎が再びミノタウロスに襲いかかる。
炎に飲み込まれ、再生に時間を費やす僅かな隙。
そこを狙ってアヴリルが歌魔法を唱える。
今度は眠らせるのではなく幻覚を見せることにした。
複数の冒険者に襲われるという幻覚を。
驚いたミノタウロスは炎の中でめちゃくちゃに暴れだし始める。
「ありがとう! これで魔力が充填できるよ!」
ハイペリオンバスターは一発限りの大技。これが通じなければ後は無い。
『フィロソフィアの欠片』を持つ相手との交戦経験を踏まえても、倒せなかったのはイエティだけ。基本的には通用するはずだ。そう信じるしかない。
「行っくぞぉぉぉぉ! ハイペリオンバスターを食らえっ!!」
かくして一発逆転を狙い、魔導砲から荷電粒子の光が放たれた。




