五
焚き火が辺りを橙色に染め、その周りに狸穴の狸、それに狸御殿からやってきた狸たちが輪になって囲んでいる。みな押し黙り、どうにも居心地が悪そうだ。
時太郎は空を見上げた。
夜空には一面の星が広がり、双つの月が水平線ぎりぎりに浮かんでいる。
ざああ、ざああと波の音が単調に聞こえ、つい思いは、まだ見ぬ母親のことに移った。
これで翔一を連れ、京の都へ向かうことができそうだ……。
ふっと砂浜を見ると、波打ち際に刑部狸とおみつ御前の大きな身体が焚き火の明かりに照らされ、浮かんでいた。二匹は顔を突き合わせ、何事が相談しているようだ。その後ろに、神妙な顔つきで芝右衛門と五郎狸が控えている。
やがて話し合いが終わったのか、芝右衛門と五郎狸は肩を並べて時太郎の側へやってきた。芝右衛門は満面の笑みを浮かべている。
「まったく威而鋼の効き目は覿面で御座るな! お二方、まるで若狸のように張り切って交合なさって……。これで狸御殿と狸穴は再び、一つになれまする」
五郎狸も同意した。
「左様、左様。お二方はもともと若い頃、好き合うておったのじゃが、喧嘩別れをしてしまい、それが狸御殿と狸穴二つに別れる原因じゃったのじゃ。それがあれが切っ掛けで、このたび夫婦となられることになって、まことに目出度い!」
二匹の言葉にお花は眼を丸くした。
「そ、それじゃ、そんなことでお互い、喧嘩腰で啀み合っていたって訳? 馬鹿みたい」
五郎狸は首を振った。
「いやいや、お二方も実に頑固者で御座ってな……なんとか我らも復縁を願っておったので御座るが、此度のことはよい切っ掛けとなり申した。ま、瓢箪から駒とでも……」
火明かりを受け、千代吉は呟いた。
「それじゃ、わたくしと狸御殿の姫さまとの縁談は、自動解消になりましたね。なにしろ義理の兄妹ということになったのですから」
心なしか、千代吉はほっとしているようだ。 芝右衛門は肩を竦めた。
「ま、そう言うことで御座るな。若様には、いずれ良い縁談をお勧めいたす」
その時、刑部狸とおみつ御前が連れ立って近づいてきた。
狸穴と狸御殿の狸たちは居住まいを正し、二匹の首領を見上げる。
刑部狸は重々しく宣告した。
「皆の者! われら二匹は、このたび夫婦となることに決まった! 長きにわたり、別々の道を歩んでいた狸御殿と狸穴の狸たちが、ついに元通りに一緒になるのだ!」
おおっ、と狸たちから喚声が沸き起こる。刑部狸の言葉を引き取り、おみつ御前が後を続ける。
「そうと決まったら祝宴だよ! さあ、皆々の狸たちよ、祝宴の腹鼓を聞かせておくれ」
狸たちは全員、勇躍して立ち上がった。
最初に、刑部狸がその大きな腹を突き出し、どおーんと低く鼓を打つ。
ぽこぽん、ぽこぽんと狸たちがそれに応じる。
ちゃかぽこ、ちゃかぽこと甲高い金属音を上げているのは千代吉だ。千代吉はどこから持ち出したのか、箸を両手に、鉄の茶釜の腹を陽気に叩いている。
時太郎は月を見上げた。
黙りこくっている時太郎の様子に、お花が声を掛けた。
「どうしたの?」
時太郎は微かに頷いた。
「あの双つの月から聞こえるんだ……」
「えっ」と、お花は聞き返した。
「聞こえるって、何が?」
時太郎は首を振った。
「判らない……でも、聞こえる……」
夜は更けていく。




