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第7話 トイレの考古学

                 -Efes

「トイレはここしかないみたいよ。行っておいた方がいいんじゃない」


 エフェス都市遺跡の入口で、ガイドブックと案内図を見比べていた妻が言った。


 チケット売り場の隣に大きく「WC」と書かれた立て看板がある。それだけでも一目瞭然なのだが、さらにご丁寧なことに洋式便座に腰掛けた人のイラストが描かれている。


「やだ、やけにリアルじゃない」

「わかりやすいっていうか、なんていうか」

「ぜひ、ここでしていってください、みたいな」


 エフェスはトルコが世界に誇るギリシャ遺跡だ。紀元前2世紀にはローマ帝国の支配下に入り、東地中海交易の拠点として栄華を極めた。早くからキリスト教が伝わり、歴史上重要な宗教会議がたびたび開かれている。保存状態は比較的良好で、現代につながるヨーロッパ文明の最初の絶頂期がどのようなものであったのかが手に取るようにわかる。


 片側に列柱が並ぶメインストリートを歩いて行くと、やがて円形劇場が見えてきた。山の斜面を利用して築かれており、実際のサイズ以上に雄大に感じられる。これを過ぎると道は登り坂になる。大理石でできた石畳の両側に、かつて建物の土台や壁の一部であった石材が無造作に転がっていて、爽やかな風に吹かれながら古の風情を今に伝えている。


「おおーっ」


 見つけた時に思わず声が出た。ケルスス図書館だ。アレキサンドリア、ペルガマと並び、ギリシャ世界の三大図書館と称された建物が、朽ちてなお美しい往時の面影を留めている。残されているのは前面だけだが、それでも天井に施された彫刻は微に入り細を穿ち、優美にして華麗なギリシャ文明の神髄を余すところなく伝えてくれる。


 道端にバラけている大理石のかけらにもレリーフが刻まれていて、あまりの美しさにため息が出る。まさに一大野外博物館だ。


「ねえ、こっちこっち。変な部屋があるよ」


 壁に囲まれた一角があった。大理石ではない普通の石を積み上げた壁だ。中に入ると壁際に沿うように造り付けのベンチが並んでいる。


「なんだろう。休憩所かな」

「ギリシャは直接民主制だったから、ここで会議でもしたんですかね」


 しかし、何やらおかしい。ベンチに穴が空いているのだ。等間隔に並んでいることから、壊れたのではなく当初からそう設計されていたことがわかる。


「椅子代わりですかね」

「それだったら、窪みをつけるだけでいいんじゃない? 穴が空いてると落ち着かないし、下から風が来て、お尻もスースーする」


 弟と並んで腰掛けながら話していると、向かいで立ちながらガイドブックを読んでいた妻が突然吹き出した。


「これ、古代のトイレだって」

「ええーっ」

「ちょうどいいわ。そのまま、そのまま。記念に写真撮ってあげるから」


 多少複雑な気分ではあったが、旅の恥は掻き捨てとばかり、それらしいポーズをとることにした。力んで「うーん」と唸ってみせると、近くにいた外国人が大笑いしてくれた。

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