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第5話 バスの王国

                 -Izmir

 南に1時間飛んだだけなのに、だいぶ気温が違う。イスタンブールは初春の肌寒さだったが、イズミールはもう夏を思わせる陽気だ。昨日は曇りで今日は快晴というハンディを割り引いても、東京と沖縄くらいの差がある。


「オトガルまで」


 運転手にそう告げてタクシーの窓を全開にした。今となっては懐かしい、手動でレバーを回すタイプだ。


「オトガルだって? で、そこからどこまで行くんだい?」

「セルチュク」

「セルチュクなら逆方向だ。バスよりタクシーの方が速いぞ。この車で送ってやるよ」

「ありがとう。でも、いいんだ。オトガルに行ってくれ」

「どうして? 安くしとくよ」

「バスに乗りたいんだ。急いでるわけじゃない。バスに乗ってみたいんだ」


 トルコはバスの路線網が充実した国だと聞いていた。しかも、サービスが良い上に料金が安く、本数も多い。外国人観光客でも気軽に利用できるのだと。


 だいたいどの都市にもオトガルと呼ばれるターミナルがあり、他の都市とをつなぐ長距離バスが発着する。イズミールのオトガルは街の北外れにあり、空港やセルチュクは南にあるので、空港からオトガル経由でセルチュクに行くとするとちょうどJターンのようになる。運転手の疑問も当然だ。


 しかし、僕たちはバス大国トルコを体験してみたかった。そして、全体の旅程を考えるとチャンスは今日しかない。この路線を逃すと、少なくとも長距離バスに乗れる場面は今回のスケジュール上、他にないのだ。


 初めて見たオトガルは壮観だった。広大な敷地に色彩とりどりの大型バスがこれでもかというくらいに停まっている。整備工場もあるようなのですべてが運行中というわけではないのだろうが、それにしてもかなりの数だ。


 迫力に圧倒されていると、遠くの方で「セルチュク」と叫ぶ声がした。客引きだ。発車が近いのだろう。誘われて行ってみると、首から鞄を提げた男が呼び込みをしている。


「これ、セルチュク行き?」

「そうだ。30分後に出発する」


 そんなに待ち時間があるなら大声で叫ばなくても良さそうなものだが、男は構わず行き先を連呼し続ける。とりあえず切符を買い、周囲を探検してみることにした。


 キオスクのような建物があり、食料品や雑誌など長旅に欠かせない品々がひと通り売っている。公衆電話が何台も並んでいるエリアでは順番待ちの行列ができている。四方から人がやって来ては、目の前を通り過ぎて行く。活気が途切れることがない。日本で言えば鉄道の中央駅のようなものだ。この国の交通の主役がバスであることがよくわかる。


 別の場所でも「セルチュク」と連呼している男がいた。どうやら複数の会社が同じ路線で競争しているらしい。料金やサービスが向上するわけだ。


 次々と発車していくバスを眺めているうちに、だんだんと気分が盛り上がってきた。遠足に向かう幼稚園児のように胸がワクワクしてくる。発車10分前。そろそろ行くとするか。乗り込んだ僕たちは迷わず一番前の席に陣取った。

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