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第3話 スタートライン

              -Aksaray, Istanbul

 ホテルに戻りフロントで確認したが、航空券はまだ届いていないとのこと。それならばと旅行会社に電話をしてみたが、今日は休日らしく誰も出ない。仕方がないのでしばらく部屋で時間をつぶすことにする。


 テレビを点けると競馬中継をやっていた。レースの実況といいパドックでの出走馬の紹介といい、日本のその手の番組とまるで変わらない。ひょっとして衛星中継なのかとも思ったが、アナウンスはトルコ語だ。さすがに現地からの放送だろう。イスラムというと何となくギャンブルは御法度なイメージがあったので、少々驚きだった。


 これはこれで見ていて面白かったが、それにつけてもチケットは来ない。それどころか、誰からも何の連絡もない。休みだからといって届けるのを忘れてはいやしないか。そもそも本当に手配されているのか。さすがに少しずつ焦りを感じてくる。


「旅行会社の住所は新市街になってるよ。こっちから取りに行ってみようか」

「でも、今、向かってるところかもしれないわよ。行き違いになったらどうするの」

「大丈夫だって。待ってりゃ、そのうち来るって」


 妻と弟は相変わらずのんびり構えている。そんなことでいいのか、お前たち。イズミールに行けないかもしれないんだぞ。そうなったら、エフェスにもパムッカレにもカッパドキアにも行けないんだぞ。何より明日から路頭に迷うんだぞ。


 焦燥感が頂点に達しかけた頃、突然、部屋の電話が鳴った。受話器を取った弟が、何やら相槌を打っていたかと思うと振り向いて言った。


「来客だって」


 全員でロビーに降りてみると、比較的小柄な男がソファで待っていた。僕たちを見つけると立ち上がって手を差し出す。


「アリルザ・デミルバシュです。アリと呼んでください」


 オプショナルツアーのガイドだった。明後日の朝から3泊4日、僕たちと行動を共にすることになる彼が、わざわざ航空券を持って来てくれたのだ。


「皆さんは飛行機ですけど、私はバスで明日8時間かけてセルチュクに行きます。泊るのは同じエフェソス・リッチモンドです」


 心の中にわだかまっていたものがまるでアイスクリームのように溶けて消えていく。これでようやく旅を始められる。その安心感で全身が緊張から解き放たれていく。


「それにしても、アリさん、日本語上手ですねえ」

「大学が文学部でした。といっても、専攻は日本文学ではなく中国文学でしたけど。日本語のガイドはトルコではまだ少ないんです。もうどこかに行きましたか」

「ブルー・モスクの辺りまで少し。そういえば、さっき路面電車に乗ったんですけど、タダでした」

「ああ、今日は祝日なので全員無料なんですよ。混んでたんじゃないですか」

「ええ。でも、日本でも毎日混んだ電車に乗ってますから」


 ひとしきり互いに自己紹介し合った後、再会を楽しみに別れた。


 自由気ままな旅も楽しいのだろうが、やはり誰かに引率してもらうスタイルの方が僕には向いているのかもしれない。何より、宿と足の心配をしなくてよいのが助かる。さあ、次はどこへ行こう。がぜん、トルコに来たのだという実感が湧いてきた。

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