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65 垂川桔梗

「ごちそうさまでした」


 手を合わせるヨシさんに「くるしゅう無い」と返事をした。


「《聞いてはいけない町内放送》って怪談知ってる?」


 朝食で使った皿を洗うヨシさんの横で、食後のコーヒーをいれながら声をかける。

 

「新しい創作怪談ですか?」


「内容としては昔からある怪談とよく似てるの。色々と検証してみたいんだよね。今日は予定があるから週末にでも」


「盛り塩の怪談はもう満足したんですね」


「そんなに怖くなかったし。次よ次」


 コーヒーが入った二人分のマグカップを居間にもっていく。

 テレビを見ながらしばらく待つと、片付けを終えたヨシさんが戻ってきた。


「桔梗さんは野蕗ちゃんに呪われて、塩の変色マジックが使えるようになったんでしょうか」


 そういえば、ヨシさんにはどこまで話したんだっけな。

 ずっと気になってたんだろうか。


「本人に聞いたけど、生まれつきだってさ」


「そういう人間もいるんですねぇ……」


 二人でコーヒーをすする。

 テレビの天気予報はしばらくの快晴を伝えていた。


「桔梗パパ、遺書用意してたじゃん」


「はい」


「あれさ、野蕗ちゃんの件を精算しようとしてたんじゃなくて、桔梗さんが背負って生まれたものを精算しようとしたんだと思う」


「え」


 それが困るから、桔梗さんは先回りして殺したのだろう。

 どうせはぐらかされると思って、病室では聞かなかった。


 ヨシさんはいまいちピンと来ていないらしい。

 ごがん村を回って、元ひもろきサマのおばあさんの話を聞いたあたりから、私は桔梗さんの血筋に思うところがある。

 もしかしたらそれは、桔梗さん自身も理解していないかも。


「垂川家は牛()ちなんだよ」


「牛餅?」


「犬()き・犬神(すじ)とか、狐憑きとかそういうやつ」


「動物霊を信仰していたってことですか?」


 動物霊の信仰とはつまり、動物虐待の(さい)たるものだ。愛護団体が怖くてとても説明できない。


「元々、ごがん村のリーダーみたいな一族だったようだし、厳しい土地で村を栄えさせるためには普通の方法じゃ難しかったんだろうね。村の古謡やお社の獣皮ってそういうことなんだと思う。言い伝えのおとぎ話はロマンチックに脚色されたんじゃないかな」


「牛鬼信仰どころか、もっと民間的な呪術信仰の村だった……」


「動物霊はハイリスクハイリターンだよ。栄えさせるだけでなく、激しく祟るから。ひもろきサマはそれを鎮めるために用意されたんだろうね」


「だとしたら、最後のひもろきサマがうしサマを供養することなく村を出たのはマズイですよね」


「だから垂川家は没落したし、村も衰退した。桔梗さんの家系──村を出た垂川の人間は代を繋いだみたいだけど……隔世遺伝するみたいに、呪いは()()()()()()()生まれてきた。特定の条件下で幸運をふり撒く力が存在するなら、不運をまき散らす力があってもおかしくないよね」


 動物霊の怨念を背負って生まれた女は、心の清濁に関わらず邪悪な存在として周囲を穢した。

 騒ぎにならなかったのは、娘の特性を理解した両親がうまく人間関係や環境を調整したからだろうし、何より、本人が周囲で起きる不吉と関連づけられないほどの善人に育ったからだ。


「そんな……彼女には何の罪もないのに。先祖の業を背負わされるなんて気の毒すぎます」


「いやぁ、どうかな」


 桔梗さんが他人の不幸で喜びを感じる性格なのはまったくの偶然なのだろうが、そのせいで生まれ持った特性を大いに気に入ってしまった。

 呪いの浄化を拒否し、父親を抹殺するくらいには。


「桔梗さんはそんな自分が大好きで誇りで、でも世間からは認められないと理解していて、孤独に善人の仮面を被って生きていたからこそ、野蕗ちゃんが頼ってくれたのが本当に嬉しかったんだろうね」


 蓮美ちゃんが見た、子供の桔梗さんが友達の話をしたときの表情。

 私と病室で話しながら、そのときを振り返っていたときの表情。

 恋する乙女もかくやだ。なんだか羨ましくなったほど。


 ヨシさんはちょっとばかり疲れた顔をして、両手を上げてみせた。


「いろんな因果が絡んでいて……もうお腹いっぱいですよ」


 私もそう思う。

 それに……野蕗ちゃんに霊感があった理由まで考えると、村の歴史と彼女たちの関係はずいぶんと皮肉で、なんだか怖い。

 だからちょっと、愛おしい。

 私が求める怖さには程遠いが、この怪談に関われて良かった。


 とにかく、今回の件は桔梗さんの一人勝ちだ。

 どうも最近は悪役令嬢が勝つのが流行りみたいだし……。


「『めでたしめでたし』かな」


 外からバイクのエンジン音がした。屋敷の前で停車した気配がして、直後に私のスマホが鳴る。

 メッセージを確認しながら立ち上がった。


「綾目さんが迎えにきてくれたから、行ってくるね」


 約束していたライブが待っている。

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