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61 儀式【2】

 バキバキと嫌な音がお社から聞こえた。まるで魂が抜けて役目を終えるかのように土台から亀裂が入り、またたく間に崩れていく。

 儀式の展開に困惑しながらも演奏を続けていたお囃子も、思わず手を止めてどよめいた。


 私はまっすぐに《集合体》を見上げている。

 お社の崩壊と同時に、それは一回り大きくなった。瞳だらけの頭の部分にさらにまぶたが増え、獣の目がぎょろりと開眼する。──お社に安置され、カビた皮として眠り続けていたうしサマだ。


 映像で見た儀式では、役目を終えた毛皮(うしサマ)は燃やされていた。

 村はあるときから高齢化を理由に儀式を行っていないという。

 ということは、現在もお社にうしサマが祀られているのは儀式が半端なところで打ち切られ、最後のひもろきサマは役目を遂げなかったのだとわかる。

 私が出会ったおばあさんには後継者がいたはずだ。なのに彼女がお社の管理をしていたということは、本当の意味での最後のひもろきサマは村を出たのだろう。

 最後のうしサマは、来ない嫁を待ち続け、いつまでも村を守護する貧乏くじをひいたわけだ。


 何十年も村の邪気を引き受けてうんざりしているのかもしれない。うしサマはこの儀式に乗じて蓮美ちゃんと合流したらしい。

 つぶらな瞳で私を見ている。うんうん、構わんよ。お社のうしサマは私の物語とまったく関係がないが……乗員が一匹増えたところで誤差の範囲だろうし、ここまで来たら正しくひもろきサマをやるのも良い思い出作りだ。


「いいよ。私のこと、あの世への道にして」


 途端に、目玉だらけの黒い塊がぐんと胸に飛び込んできた。

 霊だから物理的な感触なんてないはずなのに、勢いに押されて後ろへよろける。

 すると背後の綾目さんが受け止めてくれた。今も祝詞を唱え、私の身体が憑代(よりしろ)として機能するようにしてくれている。アレがすんなり私の中に入れたのも、あのサイズが収まったのも、綾目さんの力が祝詞に乗ってどうにかしてくれているのだろうと思う。

 元々の気質のせいか、ヨシさんの加護のせいか、そういう経験なんてしたことない。憑かれるなんて初めてだ。嬉しい。こんな感じなんだ。


「ウッ……気持ち、わる……」


 急激に身体が冷えてきた。頭痛とか胸焼けとかあらゆる不具合の発生を感じる。内臓という内臓が拒絶反応を起こし、腫れてパンパンに詰まってるみたい。ナマコみたいに内臓と霊をぜんぶ吐きそう。

 霊能力者の補助輪ありきの憑代化でもこんなキツいのか。


「あたしにはこれを祓えるほどの力はないけど、追い出すくらいはできる。無理なら……」


 綾目さんが肩をさすってくれて、不思議とちょっと楽になった。気の巡りとか調整してくれたのかな。霊能者ってスゲー。


「大丈夫。絶対に中断しないでね。私に何があっても──オボぉっおろろろろ」


 またいつかのように、口から水が噴出した。私の中に収まった彼女たちがこれをやっているのがわかる。私が死なないとあの世への道が開かないから。


 綾目さんがびっくりしながら私の名前を呼ぶ声が聞こえた。返事はできそうにない。

 錆びた日本刀じゃどうにもならないし、そもそも綾目さんに傷害の罪を負わせるわけにはいかないから、初めから蓮美ちゃんたちに引導を渡してもらうつもりだった。だからこれでいい。

 でも……もう少し、楽に逝ける方法ぜったいあったでしょ。


「おえ゛え゛ぇ」


 息が詰まり、頭の奥で火花が弾ける。憑依で体力を持ってかれているせいか、あっという間に意識が遠退いた。


(あ、死ぬ)


 フッとすべての感覚が失せて、気持ち良くなる。

 意識が──浮く。




 ばしゃんっ。浮いたと思ったら冷たい水に落ちた。音がない。暗い。早い水流を全身で感じながら、腕の中から離れて流されていく犬を見た。

 自分は下へ下へと引っ張られていく。


 溺れている最中なのになんだか他人事だ。体も自分の思い通りに動かないし。

 過去のリプレイを見ているような……。


(これ、蓮美ちゃんの記憶だ)


 私の──蓮美ちゃんの身体には、女の子がしがみついている。もがいてもふりほどけず、肺の中に残る最後の空気が口から出ていく。


 息絶える真っ最中、暗闇にぼんやりと浮かび上がる死霊と見つめ合っていた。


(この女の子が……野蕗ちゃん)


 野蕗ちゃんは目を細めてにっこりと笑い、白い唇を動かした。


『 あそぼ 』


 気が付くと、蓮美(わたし)は流されていく私の死体を見送っていた。

 私の意識は野蕗ちゃんの中に混ざり、野蕗ちゃんの目を通して世界を見ている。


(こうやって蓮美ちゃんの魂は囚われたのか)

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