60 儀式【1】
三脚にスマホを取り付け、動画撮影を始める。
私は舞台である畳の上に立つと、うしサマの皮を被った。
場を仕切ってくれている熊田さんに目配せすると、頷きが返ってくる。彼からお囃子の双子おじへ合図が出され、演奏が始まった。
背後には綾目さんがいる。彼女は笛や太鼓の音に耳を澄ませて、片手に持つカンペの祝詞を唱える。もう片方の手には、お社の中にあった刀が握られている。すっかり錆びているため、「切るフリでいい」と伝えた。儀式として中途半端なことになるが、考えはある。
おかげさまで記憶力は良い。ビデオで見たひもろきサマの踊りはスローでシンプルで、そう難しくはなかった。
うしサマと《ひとつ》になったひもろきサマは、どういう意図で舞ったのだろう。喜びか、苦しみか。
その答え合わせをさせてほしい。私にとってのうしサマは、こんなカビ臭い皮じゃない。
淡々と唱えられていた祝詞の調子が、一瞬崩れた。何かに気付いた綾目さんが動揺したからだ。
(──来た)
松明の火が風もないのに揺れる。空気が薄くなったみたいに火の勢いが一気に弱まり、周囲がうんと暗くなった。
妙な寒気を感じるのは私だけではないようだ。熊田さんが不思議そうに辺りを見回している。
私は踊るのをやめて、暗闇に目を凝らす。
ひた、ひた、と毛深い子供の足が歩いてくる。濡れた足跡を残しながら。
──これは、私が怨霊をうしサマに見立てて祓うというよりかは、怨霊が私をひもろきサマに見立てて祓われるための儀式だ。
彼女たちはそれを理解し、ちゃんと来てくれた。
薄明かりに立つワンピース姿の少女は、獣の瞳で私を見上げた。
桔梗さんが『野蕗ちゃん』と呼ぶ怨霊ガール。
「蓮美ちゃんだね」
にこ、と少女は微笑む。
私の見立てはやはり合っていたらしい。
呪われた家で彼女の姿を見たとき、桔梗さんの言葉を信じて野蕗ちゃんだと思った。
けれど私は、彼女と桔梗さんの類似点に気がついた。耳の形だ。
その瞬間から、それが本当に野蕗ちゃんか疑問に思った。
けれど桔梗さんは野蕗ちゃんと呼ぶ。クラスメイトと妹の顔を見間違えるだろうか。
明らかに、私やヨシさんに妹の怨霊を野蕗ちゃんだと誤認させようとしている。
「蓮美ちゃん──キミ《《たち》》は、気付いて欲しくて私の前に現れてたんだね。殺すつもりはハナからなかったんだ。桔梗さんのことは連れて行くつもりだったみたいだけど」
蓮美ちゃんの姿が変わっていく。黒く、いびつで、巨大な、盛り塩団地で見た目玉の化け物に。
「……その中に野蕗ちゃんもいるの?」
不規則に並ぶ目がぎょろりと私を見下ろして、首を左右に振った。
黒い柱から触手のように闇が伸び、ゆっくりと私に向かってくる。
「最近までは一緒だった?」
それはまっすぐに私を見ている。首を振らないのは、無視ではなく肯定ということだろう。
無数の闇の蔓が私に巻き付いていく。入口を探すみたいに。
私は構わずに話を続けた。
「野蕗ちゃんから解放されても、成仏の仕方なんかわかんないよね。集団亡霊が全国をさまようのはまあある怪談だ。七人ミサキとかね。《ひろきくん》の正体は、野蕗ちゃんの死霊の集合体だ」
彼女たちは成仏したくて関わった土地をさまよい歩いていたに過ぎなかった。その先で起きる不幸は、引き寄せてしまうからだろう。
「いじめっこや関係者が、野蕗ちゃんに追いかけまわされて遊び相手にさせられてたのかな。生前と立場が逆転してさぞ大変だっただろうね」
あーあ、なんでここにヨシさんがいないんだろ。
彼がいたら、「おかしくないですか?」ってツっこんでくれるのに。というか、家で見立てを話したとき実際にツっこんでくれた。
ちなみに、綾目さんは汗だくで祝詞を唱えながら私の機微を見守っていて、雑談なんかとてもできそうにない。
「《野蕗ちゃん被害者の会》が桔梗さんを狙う理由がない……ってヨシさんは言ったけど、『桔梗さんを狙う理由があるとしたら何か』って、逆に考えれば答えは簡単だよね。桔梗さんが野蕗ちゃんの協力者だからだ」
『 もー いい かい 』
無数の声の不協和音。一体、何人いるのやら。




