35 ヨシさんのネイル・オフ
先日、心里さんと占い屋フィービーに向かったときのことだ。桔梗さんから電話があった。
駐車場に一人残って応答すると、雑誌に載せた記事のお礼を伝えられた。新規客が増えたことから、顧客に自分のことのように喜んでもらえたことまで。丁寧に喜びと感謝を述べられ、律儀な人だなと感心したものだ。
そして僕は、ちょうど良いと思って解決を先延ばしにしていた悩みを打ち明けた。
「あのう、ネイルってどうやったらとれますか?」
『お近くのネイルサロンでとってもらえるんですが……下哭さんのご自宅、G県でしたよね。G市にうちのサテライト店がありますの。近く予約があってそちらに行くので、よければオフしましょうか?」
という経緯があり、僕はまた桔梗さんにお世話になることになった。
そして今日。教えられた住所のマンションに到着し、エレベーターに乗る。
ネイルサロン袋小町 Gサテライト店はいわゆるマンションサロンで、マンションの一室を店舗に改装したものだった。
玄関には『インターホンを押さずにどうぞお入りください』という掲示があり、緊張しながら扉を開けた。
入ってすぐに受付カウンターがあり、桔梗さんが出迎えてくれる。
「下哭さん、いらっしゃいませ」
「お忙しいなか時間を作ってくださってありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「どうぞお席に。せっかくなら新しいネイルにしません?」
冗談げにそう言われ、オフだけで充分だと柔らかく念押しした。
周りが褒めてくれるからハマりそうになってしまうが、古い人間なのでどうしても自分のような年増の男が続けるのは抵抗がある。
席に着き、言われるがまま手を差し出す。
そこから行われた爪に対する《工事》は忘れられそうにない。
自分の手をとる桔梗さんの指を見て、ふと気付いた。ジェルネイルを取り払った薄い素爪がそこにはある。
「ネイリストもネイルをとることがあるんですね」
「通院が続いて気になってきたんです。もしものとき素爪が見えないと面倒でしょう」
「えっ?」
病気なのかと心配する顔をした私を見て、桔梗さんはフフフと笑った。椅子を引いて立ち上がり、服の背中側を引っ張った。布が張り、身体のラインを浮かび上がらせる。
ゆったりした服装のためわかりにくかったが、彼女の腹は膨らんでいた。
「妊娠されてらしたんですか」
己の鈍感さが恥ずかしくて顔が熱くなる。
「やっと第一子を授かりまして、手探りで親になる準備をしているところなんです」
「それはそれは……」
指輪のはまった手で幸せそうに腹を撫でる彼女を見て、夫はさぞ喜んだだろうと思った。
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「そういえば、この前お電話したときはT都にいらしたんですよね。お仕事で?」
「ああ、いえ。友人の趣味の付き添いで」
イロモノ雑誌のインタビュアーとして挨拶した身だ。オカルトスポット巡りをしていることくらい話しても構わないだろう。
非現実的な体験の部分は伏せて、最近の足取りを話した。
「あら……」
直近の出来事に至ると、どちらかといえば相槌よりも爪のオフに集中していた桔梗さんが顔を上げる。
「私、その学校に通ってましたよ」
「え?」
「燕原小。色々あって転校したんですけどね」
インターネットの検索候補に『祟り』『いじめ』と出る今は廃校となったQ県の小学校。K県の盛り塩団地とも、T都の盛り塩禁止アパートとも繋がりがある。
「で、では、《燕原小学校の祟り》について、何か知っていますか?」
「……はい。インタビューでお話ししましたよね。同級生との出来事が人生の分岐点だった、って」
霊感的な予兆はあったのに、何もできず同級生を事故で亡くしたという話をされたことを覚えている。マイナー雑誌の軽いインタビューでそのエピソードに踏み込むのは限度を超えていると思い、詳しい内容までは聞いていなかった。
「それと……関係があるんですか?」
桔梗さんは、右手にやったように左手も薬液でふやかしたジェルを削り取っていく。
「あんまり明るい話じゃありませんけど、いいですか? あと、オフレコでお願いしますね」
僕は静かに頷いた。




