責への怒り
時として子供の弾む声は癒しを与える。
しかし、それが逆に苦しめる事もあった。
毛布は女性を優しく包む。
その姿は仕草のせいか表情の生なのか、幼女でしかない。
彼女は駆け寄る足音に向きな瞳を向ける。
無邪気な声は、ボロボロの新兵に笑みを与えた。
しかし、ハイネス達はフェデルテの声に悲しみを隠せない。
「お兄ちゃん、どこか痛いの?」
「そうじゃないんだ・・・ごめんね。
僕1人じゃ、どうにもできなかった・・・ごめん」
フェデルテの声は、あの頃のように明るい。
しかし、あの頃の様な、はっきりとした声はない。
息が抜けるような音と共に聞き取りずらい言葉。
どこかこもったる様に聞こえる言葉。
周囲の視線は、言葉が一つ紡がれる度に床へと吸われた。
無邪気に話すフェデルテは、不思議そうに辺りを見回す。
「んっ、お姉ちゃん達も、どこか痛い?」
ベーゼンは、感情を抑える様に歯を食いしばる。
尚も震える唇は、幼女の声に優しく応える事が精一杯だ。
「違うの・・・痛くないよ・・・大丈夫。
大丈夫だからね・・・・・」
ベーゼンの震えは、唇だけではない。
デフェルテを擦る手も震え、彼女に伝わったのだろ。
彼女の不思議そうな表情は、不安が支配する。
その口からは、無垢の心配。
「お姉ちゃん・・・ポンポ痛いの?」
内容こそ、フェデルテの記憶に眠る経験則だろう。
それが、更に空気を重くする。
ヨハンは、ハイネスと視線を交わし状況の収拾へと動く。
数人の女性騎士と共に2二人を別の部屋に。
部屋に残るハイネス達は、ボロボロの新兵に詳しい事情を尋ねた。
「この様だ、自己紹介は省かせてもらいます。
何故、フェデルテはあの様になった?」
ハイネスの視線には圧しかない。
しかし、彼の言動はどこか不安定。
それは、自責と他責からくるものだろう。
対するボロボロの新兵は、只々弱々しい。
「これは・・・・・僕は何も出来なかった・・・」
新兵の言葉は過去を振り返りるのみ。
彼の答えに対し、ハイネスの視線は更に鋭く変わる。
それは、彼を責める為ではない。
進展しない会話に対しての苛立ちだろう。
だが、その感情がハイネスに冷静さを戻させる。
しかし、問いかける声色は変わらない。
「それは先ほども聞きました。
では、時系列で構いませんので、
半年前から事の顛末をお願いします。
・・・貴方を今どうこうはいたしませんので」
エルタニアの新兵は、震える唇でゆっくりと話し出す。
最初は、看守の様に過ごしていたこと。
もっと部隊員に同期がいたこと。
しかし、1か月もすると上官は入れ替わった。
そこからは、碌でも無い内容が続く。
その全てが厠男の主導であった。
役職、家柄、歳、取り巻き、力となりえる物は全て使う。
それは、この密閉された空間では抑制などあるはずが無い。
日を増すごとにエスカレートすることは人の必然と言えよう。
まるで自分が王であるかの様、男は振る舞った。
まさに七欲の権化であり、人が悪魔であることの証明。
話を聞く騎士達の表情は、ハイネスでなくとも眉を顰める程だ。
更に話は続き、事の核心へ。
欲望を持て余した厠男の毒牙。
それがフェデルテへと及ぶ。
最初は、一対一での他愛も無い会話。
変化のない塩対応。
それは、厠男の感情を逆なででもしたのだろう。
彼女の対応に業を煮やし一対複数で囲むように変わった。
言葉から力へと。
その先の話は聞くに堪えないモノだ。
職務の為なら拷問すらいとわないハイネスの顔を曇らせる程に。
話を終える頃には、新兵は自責の念に潰され涙に濡れていた。
それが、彼にできる事だという様に。
ハイネスは、視線を新兵から厠男へ。
彼の表情など虚無か鬼。
口からは大きくため息しか出ない。
ハイネスは、ゆっくりと視線を新兵へ戻す。
静かに開く口からは、いつもの様に冷静な声。
「わかりました・・・・
私は、貴方に返す言葉を今は持ち合わせていません。
ですが、二つ問います。
貴方は、他の者の様に逃げず、何故ここに居た?
貴方は何故、私達に助けを求めた?」
ハイネスの視線は圧を増している。
それは、彼を見定める為だ。
新兵は、たじろぐ余裕すらない。
しかし、涙をぬぐい奥歯を噛み締める。
声は先ほどより意志を持つ。
「僕は・・・僕は、フェデルテを知っていた。
幼い頃から彼女を・・・・・
彼女は僕の光だった・・・・・・
ここに配属された時は、うれしかった・・・・
だけど・・・・
でも、こいつらに虐められる僕を・・・
フェデルテは、見て見ぬふりをしなかった・・・・
こんな僕に手を差し伸べてくれた・・・・昔の様に優しく・・・・
でも・・・何も出来なかった・・・何も・・・何も・・・・
せめて・・・・」
ハイネスの視線は既に新兵に向いて無い。
ハイネスは、新兵に背を向け厠男をゴミを見る様に見つめていた。
しかし、彼の言葉が止まると、再び新兵へと向き返る。
ハイネスの表情は、明るいはずもない。
吐き出された溜息は、先ほどよりも重く深い。
「解りません・・・・・
言いたい事は分かりましたが・・・・
では、貴方はどうしたい。
彼女には・・・もう記憶など無いでしょう。
彼女自身の事だって分かっているのかすら怪しい。
彼女はもう、貴方の言うフェデルテではないでしょう。
何も出来なかった貴方に何ができるというのですか・・・・
今のお前に何ができる!!」
ハイネスの感情の箍は限界を迎えていた。
友を、彼を慕う同僚を、立て続けに壊されたのだ。
その感情を ” 理性と規律 ” で抑える事など出来るはずが無い。
部屋に集まる者達の背筋は反応しただろう。
それでも、若者は勇気を振り絞る。
「僕は・・・僕は、彼女を守りたい。
僕の事を思い出さなくてもいい・・・
だから・・・・だから傍にいたです。
僕は、平民だから捨てる家も無い。
彼女を幸せにする事だって難しいかもしれない・・・
でも・・・もう、あの笑顔を失わせたくない」
新兵の言葉が終わると同時に響く高い打撃音。
そして続くのは、新兵の転倒する音。
更に、ハイネスの強い声がそれを追う。
「お前は、自分の事だけか!願望を語るだけか!
言葉にしろよ!
大切な相手なら、愛おしい相手なら。
お前が平民だとか関係ないだろ・・・
死んでも守り抜くぐらい嘘でも言え!
言葉にもできない事ができるかよ!」
張り飛ばされた新兵は、ハイネスに視線を返す事は出来ない。
ただ頬に手を当て、床を見つめる他は無かった。
静まり返る部屋に、規律の取れた機械音。
互いの心に深く虚しく鳴り続けていた。




