淑女には裏がある
父の講義から数週間が過ぎ、ベーゼンは自室で思考に耽っていた。
そして、何かを思い立つ。
彼女は侍女を呼び、身なりを整えた。その姿は、母の好むソレだ。
ベーゼンは自身の姿を鏡に映し、顔を引きつらせ笑う。
その表情を見るまでは侍女の表情も明るかった。
ベーゼンは表情を改め、侍女に礼を告げ自室を後にする。
嫌がらせの様に母の部屋を訪れ、淑女然とした振る舞いでい行先を告げた。
「お母様、これからベーゼンは商人組合へ向かいます」
母の視線はベーゼンのつま先から徐々に上がりベーゼンの瞳で止まる。
「ベーゼン・・・・いいわね。そのドレス似合っているわ。
・・・・どうして商人組合に?」
首をかしげる母を他所にベーゼンはスカートをを摘み頭を下げ告げる。
「人心掌握の課外実習ですわ。 知識は使ってこそですもの」
母の返事を待つことなく、駆け出すベーゼンに母の叫びは届かない。
「お待ちなさい、ベーゼン!
ドワイト、あの子に何を教えたのよ!」
置き去りにされた言葉を後方に、買い出しの荷馬車に飛び乗るベーゼン。
いつもより着飾ったベーゼン姿に混乱する家付きの御者は荷馬車を止める。
「ベーゼン様にこんな荷馬屋では、お相手の貴族が気分を返されてしまいますぞ。
おーい、家紋付きの馬車をまわしてく・・・」
ベーゼンは眉を顰めつつも、的確に御者の口を押さえる。
そして、目を細め低い声で告げた。
「何のつもり・・・私だってドレスぐらい普通に着るわよ」
「・・・申し訳ありません。てっきり・・・いえ」
「わかったら、いつもみたいに町までお願いね」
御者は、馬車の手配を取り消し、ベーゼンを町まで運んだ。
荷馬車から見る光景は毎年の様に黄金色の燃える様な田畑を映さない。
所々に空きを見せるそれは、父の悩みを実感させる事は容易だ。
町に着き御者に別れを告げたベーゼンは、服を手で払い整える。
淑女には似つかわしくない所作だが、着飾ったそれは意外にも絵になっていた。
「だから嫌なのよ・・・こういう視線は好意があっても気持ち悪い」
サッと無くなる視線を一瞥し、組合に入り受付へ向かうベーゼン。
その瞳映るものは、彼女の興味対象でしかない。
商人らしき男性は、上等な服を着た壮年の男に縋りつく。
明らかに違和感のある姿で、男は涙ながらに懇願。
「そこを何とかなりませんか」
「ウェリントンさん、このご時世だよ、私らも無い袖は振れんのです。
そりゃあ、あなたの商会には世話になっておりますが・・・・
組合も辛い時期なのです。今回の融資は、諦めてください」
「儂らに死ねと・・・・」
「それは・・・・・・
しかし、今回は厳しいのですよ我々も。
そもそも取引をなさったのは彼方の裁量ではありませんか?
私共組合は、勧めこそしませんでしたが忠告は致した筈。
お忘れかなウェリントンさん、商売は自己責任であること・・・
それでは失礼します・・・良い取引を」
「うぅうぅ・・・・・・・」
少し経つと床に跪き泣き崩れた男は力なく立ち上がる。
未だに組合の空気は凍り付いている。
重苦しい空気の中、彼は怒りをぶつけること無く組合を去った。
一部始終を観察したベーゼンは、受付の男性に声を掛ける。
それは、彼女が女性より男性へ話しかける方が気楽だからだ。
「ねぇ、ココ受付でいいわよね?」
「はい、ここで問題ありませんよ、お嬢様。
組合に入会でしょうか? それともお取引でしょうか?」
受付の男性は、視線を合わせたまま笑顔で対応する。
彼の所作は町の男達とは違う。
目の前の小娘を一人の対等な存在として見ている様に思えた。
ベーゼンは、口角を上げゆっくりと会話を続ける。
「取引かしら・・・でも欲しいのは先程居た商人の情報ね。
・・・勘違いしないでね、彼のお店ってどこかって事よ」
受付の男性は、表情を変えることなく対応するが少し声色が下がる。
「先ほどの商人ですか・・・
個人の情報ですので、見ず知らずの者においそれとはお伝え出来かねます」
ベーゼンは彼に警戒されている事を悟り身分を明かす。
結果、彼の名前と商会の場所を聞き出せた。
しかし、言葉の節々に”あのベーゼンお嬢様”と付く事に嫌気がさしたのだった。
ベーゼンは、ため息を残し組合を後にウェリントン商会を目指す。
既に太陽は真上を過ぎ、辺りからは食欲を誘う香りが漂っている。
財布の口を広げ中身を確認。
当たり前だが、中身は多くは無い。
いくら身なりが良くても、まだ14,5の少女。
職を持たない者に金があるはずも無いのだ。
しかし、空腹では頭は回らない。
ベーゼンは小さな屋台を見つけに立ち寄る。
鼻腔を刺激する煙は、有無を言わせず鳥串を注文させた。
「いらっしゃい・・・」
雑な対応にベーゼンの気分は下がる。
だが匂いには抗えない。
「これを1本くださいな。」
屋台の男は、違和感のある微笑みを浮かべた少女を怪訝に一瞥。
しかしテキパキと鳥串に火を通し始めた。
パチパチと爆ぜる炎は、真剣な男の表情を照らす。
頬骨の張ったガッチリとした顔立ち。
褐色の青年は、太く鍛えられた腕で額から汗を拭う。
時折、光る汗は彼の赤い瞳と相まって意志の強さを感じさせた。
その姿に見入るベーゼンは男の声に我に返る。
「おい、銅貨1枚だ」
「はい、銅貨一枚。
アンタ、商売に向かないわね。愛想がないもの」
男は、眉を顰め冷たい視線を向け、ベーゼンにため息をぶつけた。
「ハァ・・・お貴族様には分からないさ・・・買ったらさっさと行ってくれ。
商品は渡したんだ、もう客じゃねぇんだからな」
想定していない言葉にベーゼンも眉を顰めるも感情のまま動くことは無い。
・・・そう思っていた時期もベーゼンにはあった。
「はぁ? 商売人ならリピート考えなさいよ!
そもそも、食べ物売ってんでしょ? 気分良く買わせなさいっての!」
男は調理台に拳を叩きつけ、喧嘩腰に声を張り上げる。
そこには本来の彼が出ているのだろう。
「アンタらみたいな貴族に何が判んだよ!
こんな時にもチャラチャラと、こっちは明日の生活もわかんねえんだよ!」
「だから考えろっていってるんじゃない!」
口論は続き、屋台後方に控える商会の店主を呼び込むことになる。
それは、何時ぞやの落胆した男ウェリントンだ。
「ウェイス、お客様に何て口を・・・・お嬢様申し訳ありません。
お前に屋台での商いを指示した意味を想い出せ・・・
あぁ・・・これは失礼しましたお嬢様。ほら、お前も謝れ・・・・」
「オヤジ・・・・・・お・お嬢様・・・申し訳ありません。」
頭を下げる二人に眉を顰めるベーゼン。
しかし、視線は一瞬空を見上げ思考を巡らせている。
そして、口元は悪い方向へと動いた。
「わかったわ、事情も知らない私も言いすぎたわよね。
・・・ねぇ、ウェリントンさんだったわよね?」
謝罪を受け取る少女だが、その表情は歴戦のウェリントンですら警戒させる。
しかし状況が状況、あげく路上で口論の末だ。
回避できない状況に、ウェリントンは胃に激痛を感じざるを得ない。
「ぅ・・はい、お嬢様、仰る通りウェイントンにございます。
何かのご縁、中でお話でもいかがでしょうか?」
ウェリントンは、路上からホームである商会へ敵を誘い込む。
勿論、彼の最善の結果の為だ。
それを迎えるベーゼンは、慣れた所作で小さくお辞儀。
「お誘い、ありがとうございます。」
ただし、その表情は侍女をひきつらせたそれを越え悪魔の笑みだ。
トボトボと悪魔を誘う商会長の背はさみしい。
生命力を吸い取られているかの様に活力無く映った。




