領主の娘は我が道を行く
ここはアルカディア、神も存在する世界で人々は考え悩み生活する。
その中に齢15の少女がいた。
彼女の名はベーゼン・ヴァンファブリック。
その見た目とは裏腹に、まるで男の様な服装を好む。
「ベーゼン、何ですかその恰好は!!
貴女も淑女としての嗜みを・・・
こら、どこへ行くのですか!」
「お母様、私は嗜みよりも合理性を求めます。
スカートなど殿方を誘う以外に価値はございません。
非効率極まりませんわ~。」
「ベーゼンどちらへ!」
「ちょっとパトリックさんの所までですわ~!」
少女は欲望の赴くまま知識を探求し、想うがままに突き進む。
数年前までは、本の蟲と呼ばれる程に本を友とし物静かで内向的に映っていた。
しかし、その本性は違う。
真実は目的のための探求。それが必要だっただけ。
本性を知らない者達からは、近頃の彼女の行動が理解できなかった。
そんな者達の一人が、母アンジェリカだ。
「アナタも何か言ってやってくださいまし」
「まぁ良いんじゃないか? 昔に比べて明るくなったではないか。
内向的な女性も素敵だが、明るい方が男受けは良いと聞くよ。
町へ行くことも良いではないか、情操教育だと思えは無碍には出来まい?」
アンジェリカは、書類に目を通す旦那にため息を吐き、娘の去った扉を見つめた。
「流行に乗らずとも、せめて身なりに気を使って欲しいわ」
家を後にした領主の娘ベーゼンは、商店街の端にある寂れた魔法商の扉を開く。
それはずっしりと重く、厳格ささえ遠目から見た者に与える。
「も~ぉ、まだ直ってないじゃない・・・・
パトリックさん扉直しなさいな。
これじゃ来る客も来なくなっちゃうわよ」
「フォフォフォ、長くやると店も歳をとるんじゃよ」
「出られなくなっても知らないからね」
ベーゼンは、カウンターに心もとなさげな革袋を置く。
「また、奥の部屋貸してね。 はい、今月分」
若い笑みは、年季の入った笑みを残し奥の部屋へと消えて行く。
見届ける老人は、いつもの様に彼女に視線を向けることなく笑みを贈る。
老魔術師は7年前よりベーゼンの父に雇われ彼女に魔法学を教えていた。
以前は、パトリックがヴァンファブリック家を訪れていた。
しかし、彼の足腰がそれを許さない。
老人は革袋の中身を確かめることなく懐に納め、本に視線を落とす。
店の奥からは、鈍い衝撃音や鮮やかな高光度の光が隙間から洩れ漏れる。
そして時折、何かに納得する様な少女の声と気持ちの良い笑い声。
老人は、その音に笑みを浮かべ日々を過ごす事が好きだった。
ゆっくりとした時間が風の様に過ぎ去り、太陽が西の空を染め上げる。
ベーゼンは薄暗くなった空間に意識を戻し、老人の佇むカウンターへ向かう。
「パトリックさん、ありがと。
ここの本は大体理解したわ・・・・魔法ってこれだけ?」
大量に抱えられた魔導書をカウンターへと置く。
そこに在る書物は基本を修めた者の為の物だ。
老人は糸の様な瞳を彼女に向け筆の様な眉を動かす。
「ほぉ、これも終わってしもうたかの・・・
これ以上のものはこの辺の町には置いてないぞ。
しかし、全ての属性を扱えるとは‥‥大したもんじゃ。
領主の娘にしておくのはもったいないのぉ」
「ありがと、パトリックさん。 全てって言っても4つ・・・
私は補助なしで扱えるのは3よ。他にも属性はあるって・・
ほら、ここ! 載ってるし」
ベーゼンは1冊の魔導書を広げ老人に見せる。
老人は、丸まった背を少しだけ伸ばし、その本を覗き込み笑みを浮かべた。
「フォフォフォ、そりゃ人型には無理じゃよ。
魔人型か獣人型の一部のモノだけがあつかえると聞くぞい。
そもそも、人型の魔力では、身が持たんの。
ほれ、哀れな賢者の詩があるじゃろ?
魔法とは、精霊との対話、一方的では怒らせるだけじゃよ」
「ん~・・・・あれね。力を求めた魔導士が魔人や神を真似て強引に魔法を行使。
その結果、精霊の怒りを買い半身を吹き飛ばしたって言う・・・ちょっと嫌ね」
老人は、視線をベーゼンに戻し笑みを絶やさない。
「フォフォフォ、お主は聡い子よ。
魔法学は学問として成り立って日が浅いと聞く。
まだ見ぬ可能性はあるはずじゃ。
お主が、求めれば何かは見つかるはずじゃ。労力は惜しまぬ事じゃよベーゼン」
「フフッ、いつもそれね。
パトリックさんも惜しまないで扉直しなよ。 じゃあ帰るね」
「気を付けて帰るんじゃよ。」
軋む扉を閉め、商店街を駆け抜ける少女。
その顔は希望に満ちてるが、何処か満足していない。
「4つの属性か・・・
とは言っても一つは補助ありきだし、火が使えないのは残念ね。」
その言葉は、一般には強欲でしかない。
魔法とは点より与えられし才能。
1属性持っていれば魔術師への道が開く。
2つあれば宮廷での地位も約束される程だ。
そこに来て3つ、パトリックが熱を入れるのもわかる話。
とは言え、彼女にとって火属性は重要。エネルギーの発生には欠かせない力だ。
だが、以前の彼女とは考え方が違う。
16年という年月が彼を彼女に変え、その考え方にも同じように変化を与えた。
それは、温かい家庭環境が前世で失われた感情をより強固に育んだ。
そして老師の元で、相手への敬意を教わた。
とはいえ2度目の人生、デービットとして歩んだ人生の半分以下。
女性であり男性。その感覚は時に反発し、時に共生する。
半分以下の彼女の人生、今までの長い習慣と実用性はスカートを拒む。
確かに開放的で見た目も華やか。
しかし、暑い日に涼しいかと問われれば籠る熱がウザったい。
裾を仰げば母からの叱責、裾を詰めても同様だった。
かと言ってパンツ姿も嫌がる良家の母。
残念に見つめるその視線をベーゼンは好きではない。
しかしそんな奇行に笑顔を向ける2人の家族。
西の空は赤から青へ変わっていく。
家へ駆けるベーゼンを一人の声が歩みを遅らせた。
「ベーゼン乗っていくかい?」
「あっ、お兄様。見回りの帰りですか?」
視線の先には、優しい笑顔を讃える爽やかな青年。
毎日の鍛錬を絶やさない為か以前よりもガッチリとしているがごつくはない。
肌は素は色白だが、日々の仕事で健康的に焼け。
明るい茶色の髪と薄青緑の瞳が爽やかさを際立たせる。
町娘からも評判のいい兄アイネス。
馬上からベーゼンを止めた兄は優しくゆっくりと返答。
「そうだね、少し大きめの獣が増えたんだよ。
ベーゼンは、パトリックさんの所かい?」
「ええ、今日は光と闇の属性について勉強したの・・・フフッ、楽しかったわ」
「そうだんだね。ベーゼンは知識を得る事が好きだよね。
道すがら詳しく聞かせてよ」
爽やかに送られる言葉と笑顔にベーゼンも同様に笑みを返す。
以前は違和感と共に何処か恥ずかしかった。しかしそこは実の兄妹。
5年10年と経つうちに、それも無くなり、向けられる優しさに喜びと幸せを感じた。
兄アイネスは手を差し出し彼女を馬上へと誘う。
そこへ町娘からの羨望と嫉妬が交錯する眼差し。
以前のベーゼンらな、首を横に振り走り去っただろう。しかし、時がそれを変えた。
ベーゼンはその場を急く様に手を掴む。
フワッと引き上げられる体にはストレスを感じない。
「お兄様、ここは・・・ちょっと恥ずかしい・・後ろでよかったのに・・・」
兄の胸に引き寄せられ目を細める妹の姿にアイネスは微笑む。
「フフフッ、ベーゼンも年頃になったんだね。
でも危ないからしっかり掴まってて」
アイネスは馬の腹を優しく蹴る。
それを合図に、ゆっくりと進む彼の愛馬。
嫌でも刺さる視線は、彼女を俯かせ頬を紅くする。
しかし、それは恋愛感情では決死してないと彼女は思う。
一方の町人達は、その兄妹に羨望の眼差しと期待の笑みを贈る。
それは、この町の未来を委ねるに足る存在として兄アイネスを讃えるモノだろう。
兄妹の顔は沈む夕日に照らされ、ほんのり赤みがかってみえた。
しかし、先ほどのたどたどしさは無い。
アイネスは、ベーゼンの話に頷きながら馬の歩を進める。
そこには、幼き日の兄妹の笑みがあった。
ベーゼンの話が終わる頃、馬は会わせる様に領主館の前に到着。
「アイネス様、ベーゼン様お帰りなさいませ。」
アイネスは使用人たちの出迎えに変わらぬ笑みを返し、妹を優しく降ろす。
「お兄様、ありがと。皆さんもお出迎えご苦労様です。」
その出で立ちから話想像しがたい所作は、まさに淑女。
しかし、その姿に感情のやり場に困る使用人達。
「ベーゼン様。奥様のお言葉・・・どうかお聞きください。
あまりにも、口惜しい。」
唯一兄妹に意見できる老齢の執事長は、あまりにも哀れな表情を浮かべていた。
眉を顰めるベーゼンは、いつもの事だと口を尖らせる。
「煩いわよ、爺。 婆やだって畑仕事してる時は同じじゃない・・・」
「ベーゼン様・・・・・」
執事長の訴えるような瞳はベーゼンからアイネスへ移る。
しかし、対象は既に背を向け馬の手綱を引く。
「僕は、ウィンクスの毛を梳かさないと・・・・
爺、ベーゼンは立派な淑女だよ。必要ならスカートも履くさ。
なんだかんだ言っても似合うしね。ねぇ婆や」
言葉を投げられたメイド長は笑みを浮かべ頷く。
そして、伴侶でもある執事長の尻を叩く様に言葉を投げる。
「年寄りの言葉は小言にしかならないよ。
ほら、旦那様から伝える事あったでしょ?」
メイド長から、指摘された執事長は思い出し咳払い。
「ん、んんっ、ベーゼン様。
お着替えが終わしだい旦那様の部屋へお願いします。」
「あら、なにかしら・・・・」
目を細めるベーゼンに笑いかけるメイド長。
そこには日ごろからの繋がりを感じざるおえない。
「フフフッ、違うわよベーゼン様。きっとあの事よ。
アイネス様とご一緒に」
「・・・・あっ!」
笑顔で走り出すベーゼンの後ろ姿にメイド長は笑みを浮かべる。
それは、年相応の反応を見せる姿だからだろう。
以前のベーゼンは、何をするにも何処か冷めた姿。
そこに不安を感じていたのだ。
涙ぐむメイド長の横でその姿に視線を向ける執事長は呟く。
「お前も感傷的になったな。そりゃあ孫も仕事をする様になるな。」
「フフッ、そろそろアタシらも引退かしら・・・ねぇ、あんた。」
そこには、老年の温かい夫婦の姿があった。
邸宅へと駆けて行ったベーゼンの姿は無い。
夕闇に静かに揺れる灯火は彼ら二人だけを映した。




