動き出す世界
鳥の囀りを欠き消す様に騒ぎ立てる蟲の声。
川のほとりに造られた開放的な木造の庵には女性が一人。
時折靡くハニーブロンドの髪は、見る者に涼感を与える。
「うるさいわね!・・・・まったく・・・
夏なんて嫌いよ! 汗でべたつくし・・・虫は騒がしいし・・もおっ!」
自然の騒音を掻き消そうと躍起にも聞こえる独り言。
続くのは、後ろ姿からは想像できない打撃音と光。
鍛冶場とまでは言えない工業音。
正面から見れば彼女作りだす世界にも納得できる。
槌は金属たちを均し、光はそれらを溶接する。
最初こそ物珍しさに声を掛ける領民もいた。
そこには、彼女の行動に対してだけではない。
クルシュノから戻った彼女は何処か大人びていた。
奇行にも似た行為を繰り返す少女だった彼女だが、それはもう昔の話。
兄アイネスが若い女性から想われるのだから、概ね彼女の容姿も悪くない。
伊達に王子が好意を寄せるだけの事はある。
とは言え、男と言うのは実に単純。
羽虫が光に群れる様に華やかな女性の周りに集まるもの。
農民でさえ、先が無くともそうなのだからどこの世界も変わらない。
トンテントンテンと騒音をまき散らすベーゼンは、うなじの汗を拭い髪を払う。
遠目には爽やかだが、近づくと判る表情は真逆。
掻き消される小川のせせらぎと虫の声。
それに紛れる様に近づくのは彼女の従者。
「ベーゼン様、お茶が入りました」
「ありがと~ヨハン。
ハァ~暑い、暑い、暑い・・・ハァ」
「ベーゼン様、夏ですから仕方ありませんよ。
どうぞこちらに。
きょ・・本日は、流し菓子になります。
それと、王家からの手紙と、ウェリントン商会から一通つづ届いております」
ヨハンは、彼女の机の上に2通の手紙を置き一歩下がり待機する。
ベーゼンは、用意された席に座り表情を崩す。
そこに出るのは、過去など関係なく馬鹿な幻想など打ち砕く声。
「ふは~疲れた疲れた・・・っと。
こっちはジェラール様かな?・・・後でいっか。
で、こっちは、今回の利益かな?
・・・・おっ、おいしいじゃ~ん、ナニこれ~!
ヨハンも食べなぁ~。ほら、あ~ん」
「いえ、ベーゼン様・・・・むぐむぐ・・・ゴクン。
おおっ・・・これは・・・・・・
じゃなくて、ベーゼン様おやめください!」
ヨハンは言葉に反し、笑みを浮かべ目を煌めかせる。
彼女は、少しだけ年上のマニッシュな女性だ。
しかし、手を頬に添えた姿など見た目とのギャップに見ていて微笑ましい程。
勿論、ベーゼンの表情も彼女の笑みに合わせ歪む。
「フフッ、ヨハンのそういう所は、やっぱり可愛いねぇ~うんうん。
美味しかったでしょ? で、これは何かな?見た事無いよね」
「ハァ・・・ごちそうさまでした。
これは、先ほど書状と共に届いた物になります・・・・え~と」
唇を軽く舐めながら食べ物の名前と送り主を思い出すヨハン。
それは、送り主ではなく、主に食べ物の名で悩んでいる。
追従する様に飛ぶベーゼンの声。
「モーガンさんかな? なんか東の国っぽいよねコレ。
でも、ジェラール様もあり得るかな・・・・ないな」
自己完結したベーゼンに、笑みと答えを返すヨハン。
彼女は、ベーゼンの空けたカップに再び冷たい緑の液体を注ぐ。
「東の国のミズヨウカンと言う流し菓子だそうです。
送り主は、ウェリントン家ではありますが、モーガン様でなくウェイス様です」
「ミズヨウカン・・・あぁ、水羊羹。 へ~あるんだぁ。
それでまた、珍しい所から届いたわね。
何度か謝りに来てそれきりだったけど、東に行ってたんだぁ・・ふぅ~ん。
それじゃあ、手紙でも読みますかっと、どれどれ・・・・・・」
遠くでは、頭が垂れ始めた黄金色の麦が静かに揺れる。
小川のせせらぎで時折跳ねる川魚。
環境音は、容易に彼女を2通の文へ没頭させた。
1通は予想通りジェラールから。
内容は挨拶がてらの体調報告。そして王都への召喚。
一介の貴族令嬢なら最後まで読まずとも喜ぶべき内容だろう。
しかし彼女と王子との関係は、それとは異なる面が多分にある。
ベーゼンは、思いのほか枚数のある文を読み切るとため息。
徐に伸びる手は一瞬たじろぐもそのまま進む。
手に取るカップは、ヒンヤリと冷たく表面にしずくを作っている。
カップを口元に運ぶと氷の音がカランと語り掛ける様に崩れた。
「なるほどね・・・どうしたものですかねぇ・・・・
嬉しい様な・・・めんどくさい様な・・・うん、次に行ってみよう。
利益の報告だと思うけどッと・・・・・・の前に、フフッ」
水羊羹を小さく一口台に切り分ける。
そして、ヨハンに振り返り手招きと共に不敵な笑み。
先程と同様に水羊羹を彼女の口元へと向ける。
それは、ベーゼンがヨハンと二人の時にする最近の楽しみ。
彼女の反応を楽しみつつ、チェーゼで芽生えた母性を満たす行為。
ため息交じりに付き合うヨハン。表面的に拒否するも実のところ嫌いではない。
そよ風が吹く庵は、ベーゼンの気持を少しだけ和らげた。
最後に残る1通は、ヨハンの言葉通り豪商ウェリントンの若旦那から。
しかし、利益報告だけではなく彼の近況報告も含まれていた。
見た目に似合わず綺麗な文字に眉を顰めるベーゼン。
それも読み進める内に表情は和らいだ。
ベーゼンは、表面の雫を丁寧に拭われたカップを手に取る。
そして、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた。
「へぇ~、宣言はいてたけど、ホントに別れたんだ・・・・
なんか複雑だな・・・でも、元気そうだから良しとしよう・・・
だからなのかしら・・・・んん~どうしよ・・・
会ってやってもいいけど・・・ねぇ。」
ベーゼンは、同意を求める訳でもなく従者に向け首をかしげる。
その所作にあわせる様に不思議そうな表情でヨハンも動く。
ベーゼン程ではないが、映し鏡の様に首をかしげる従者。
遠目に見る分には主人同様に好感を持てる。
返るのは主人の笑み。
「ねぇ、ヨハン。
ペン・・・・はここにあるか・・・紙もあるわね。
返事を書くから後で出してきてもらえるかなぁ?」
「ベーゼン様、その羊皮紙はちょっと問題では・・・
相手は、王家と気安くも商家です。
まがいなりにも・・・・いえ失礼しました。
ベーゼン様は当家のご令嬢です。
汚れた文を出すというのは・・・・覚えが良くございません。
ご用意いたしますので、それに書くのはおやめください」
ヨハンは、某王子従者の様な表情で女主人を諫める。
一見、上級貴族の従者のそれだ。
しかし、彼女は最近習い始めたばかりの所作口調。
時折現れる素の彼女に、ベーゼンの笑みは止まらない。
「フフッ、わかてるわよヨハン。
待ってるね。あっ、急がなくていいよ」
「それでは・・しつ・・・」
ヨハンは言葉を止め不要であると錯乱。
頭を深く下げ、丁寧に踵を返す。
少し前までは、間諜の癖で駆けて行った彼女だが今は矯正中。
踏みとどまり女主人の言葉に合わせた。
残るのは、庵に佇むベーゼン一人。
遠くで揺れる黄金色の麦の穂が、爽やかな風と戯れていた。




