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星が見つめる世界

静かに青白く光る月。

その光はひっそりと佇む人影を艶やかに彩る。

少しだけ草の匂いが混じる風は、彼女の頬を優しく撫でた。

幾つもの光が時と共に流れては消える。

カタッと静かに開き閉まる宿の扉。

靴先に掛る影は淡く薄い。


「隣、構わないか?」


「はい」



ギシッと軋む長椅子は少しだけ彼の重さで沈む。

静かな時間は変ることがなかった。

始まらない会話は、意外にも居心地が良い。

互いの視線は、交わらず同じ方向を見つめているだけ。

動く事の無い星々の光。少しずつ昇る月。

頬を撫でる風は、意地悪に二人の髪にじゃれつく。

冷え始めた体は指先を紅くし、小さな震えを生む。

そっと肩にかけられる厚手のマント。



「「・・・・」」


「なぁ、ベーゼン。明日にはヴァンファブリックへ立つのだろ?」


「はい、でもジェラール様も同じでしょ?

 途中までは、同じ方向ですもの。

 また、面倒をお掛けするかもしれませんが、世話になります・・・よ?」



ベーゼンは、視線をちらっとジェラールへ向ける。

いつの間にか違和感の消えた上目使い。

あれほど嫌っていたそれだが、環境と時間が否定したのだろう。

しかし、返る視線は一瞬。

ジェラールの視線は遠く、静かな月へ向けられていた。

互いの間には小さな空間。

ベーゼンへ返される言葉は、彼にしては何処か静か。



「すまんな。 お前と行きたいが名目は公務。

 この町の領主に、もう一度会いに行かねばならんのだ。

 出来損ないの私でも、お前のお陰で " 第一王子 " ということだな」


「公務・・・ですか・・・・。

 公務じゃ仕方ありませんよね・・・・」



ベーゼンは、視線をジェラールから自らの靴先へ。

月明かりは、くたびれた靴先を照らし出す。

1年と経たない新品だった靴は、長い旅で風格すらある。

しかし、元よりお茶会に履いて行けるような代物では決してない。

下を向き、肩を落とすベーゼンに穏やかだった夜陰は一転。

悪戯な風は、主張する様に吹きつけた。



「キャ・・・」



髪を押さえ身構えるベーゼンだが、その風は一瞬。

強引に引き寄せられた先の温もりが彼女を包む。



「これで寒くはないだろ?

 お前は、風の神に悪戯をし過ぎたからな。

 仕返し・・・フッ、いや天罰なのだろうな。

 ヴァスティとはそんな神だと聞く。

 お前の様に悪戯で・・・愛おしいし存在だ」


「ジェラール様・・・・・」


「少しだけ、このままにさせてくれ・・・」



ベーゼンは、あの時とは違う堅さに身を預ける。

何故だか居心地のいい空間。

足元を駆け抜ける風は、嘘の様に優しい。

耳に残るのは、サラサラと夜風に揺れる木々の葉音。

ベーゼンは、この時間が永遠に続いて欲いと月へと祈る。

しかし、その一方で否定する感情もあった。

時はゆっくりと進み、風は空気を冷やしていく。

暫くすると、カチャリと扉の音。

ジェラールは視線を月から扉へ。そしてベーゼンに声を掛けた。



「ありがとう、ベーゼン。

 私は、十分甘えさせてもらったよ。

 また文を出す・・・それまではお別れだ。

 お前が、ヴァスティの風と共にあらんことを祈る。ではな」



ジェラールはベーゼンへ告げると彼女の頭に口づけ。

遠くの茂みでは、珍妙な奇声があるものの概ね可笑しなことは無い。

彼は鼻で優しく笑みを残し彼女の元を後にした。

そして、扉の前に佇む小さな影の前で止まる。

彼は片膝で跪き、小さな影に視線を合わせた。



「少年、甘えた分だけ大人になるんだぞ」


「僕、王子様みたいになる・・・」


「そうか、お前ならできるさ。 ではなトゥーン」



ジェラールは、トゥーンの頭を雑に撫でると、笑みを残し宿へと消えた。

ベーゼンに二人の声は聞こえていない。

小さな影は、ゆっくりとベーゼンの元へ。



「あれ、どうしたのかなトゥーン。

 フフッ、寂しくて眠れないのかな?」


「・・・・うん。

 でも、泣かないよ。

 ・・・姉ちゃんの好きな星空、一緒に見ててもいい?」


「うん、いいよ。でも、風が冷たいからここね」



ベーゼンは、自分の太ももをポンポンと叩き笑みを送る。

その行動には、躊躇する少年。

彼は、頬を赤らめベーゼンから視線を外す。



「僕は、もう子供じゃないんだからね」


「はいはい、六歳、六歳。

 はい、六歳のトゥーンくんは先生の言う事を聞く。」



何故だろうか、遠くの茂みからは再び妙な奇声。

それは鳥の様で蛙の様な、しかしドス黒い闇を孕んでいる奇怪な鳴き声。

ベーゼンは、一瞬眉を顰める。

そこで思考に浮かぶ影、思い当たる者はただ一人。

小さくため息をつき諦めた。

気を改める様に、トゥーンを人形の様に雑に引き寄せ足の上に。

嫌がる様で、されるがままのトゥーンは心なしか温かい。

ベーゼンは少年を抱き抱え、彼の頭の上に顎を置く。



「ほら、温かいでしょ?

 まだ夜風は冷たいからね。風でも引いたら大変だ。フフッ」


「姉ちゃん・・・・」



暫く蹲るトゥーンだった。

時の流れは、その感情すら和らげる。

二人は空を眺め、星々の瞬きで瞳を煌めかせた。

ベーゼンの顎下から聞こえる声と視線は、探究心の塊だ。



「姉ちゃん、星って何で光ってるのかな。

 魔力の塊なのかな?すごくきれいだよね・・・」


「トゥーンも好きだよね、星。

 チェーゼで一緒に見た星空も素敵だったよね。

 あそことは違うけど、ここのもキレー。

 そうね、偉い?学者の書では、神の瞳だって言われているけど。

 私は、この大地と同じで、あの光の先にも大地があると思うわ。

 トゥーンはどっちが好き?」



ベーゼンは、ぼーっと星を眺め、トゥーンに問う。

少し間を置き小さな発明家は、女教師に答えを返す。



「神様にずっと見られてるのは嫌だね。

 僕は姉ちゃんの考えがあってると思う。

 でも・・・どうやって光るの? 地面は全然光ってないよ?」


「それはね ──── 」



問問答は続き二人の間には笑みが溢れる。

少しだけよそよそしかった少年の姿はそこには無い。

他所の想い描く仲の良い姉弟の姿がそこにはあった。

ほのぼのとした時間も月が天辺に昇る前には終わる。

ガチャリと扉の音と酒焼けではない少し低い女性の声。



「ベーゼン。ここにトゥーン来てないかい?」



髪を柔らかい布でガザガサと乾かす姿は少し無防備。

しかし、彼女もまたベーゼンと同類。

一見して見栄えはすこぶる良い。

しかし、彼女を知るとガサツにしか見えないのは謎だ。



「うん、いるよ。一緒に星見てる・・・

 ツォーネさんも一緒にどう?」



一瞬間を置き返るツォーネの声は優しい。

しかし、何処か含みがある。

さらには、件の奇声が続く。



「そうね・・・いや、早く戻る様に伝えてくれ。

 あれでいて、まだ子供だ。

 夜更かしをよくするせいか、周りの子に比べ小さくてな。

 誰が言ったか知らんが、寝る子は育つとは良く言ったモノだ。

 お前からも言ってやってくれ。

 アタシは先に戻ってるよトゥーン。ベーゼンおやすみ」


「おやすみ、おばあ」


「おやすみなさい、ツォーネさん」

 だって、トゥーンしっかり寝るんだよ。

 アッ、フフッ、私が居なきゃだめなのかな?」


「・・・そんなことないよ・・・もう」



ツォーネもまた宿へ消えた。

小さく聞こえる、少年の恥ずかしそうな声。

静かに輝く月に雲がかかり始めた頃、少年はベーゼンの膝から降りる。



「姉ちゃん、ありがと。

 姉ちゃんと一緒に見た星空。絶対忘れないよ」


「フフッ、寝付けそうかな?」



ベーゼンは、視線を向けた少年に笑みを返す。

そこに返るのは、何かを悟ったような真剣な眼差し。



「姉ちゃん。僕、ジェラール様みたいになる・・・越えて見せる」

 

「言うねぇ~。がんばれよ少年!

 そしたら、お姉ちゃんは君のお嫁さんになってあげようかな?

 頑張る君はかっこいいぞぉ少年。フフッ」


「絶対だからね!」


初々しくはにかみ背を向け駆け出す少年。

その姿を見送るベーゼンは、彼の背に少しだけ寂しさを覚えた。


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