第十二話
俺は生を受けたことを知っていた。
…いや、前世の記憶があるから、これはたぶん二回目かな?
最初の記憶は暖かな光。
そして、優しい声だった。
白銀の長い髪と、アメジスト色の澄んだ瞳を持つ女性の顔。
幼い俺の目には、それはまるで天使のように映った。
母だ。
記憶は断片的で、次に覚えているのは、俺が三歳の誕生日。
広々とした城の大広間で祝われた祝宴。
「レン様、お誕生日おめでとうございます。」
メイドのマリアが、俺に笑いかけていた。
彼女はいつも俺に優しく、母が不在の時は面倒を見てくれる。
俺の日常は、他の子供たちと変わらず、ただ平凡に過ぎていった。
だが、時折、理解できない既視感に襲われることがある。
まるで何かを思い出そうとする時のような、落ち着かない感覚。
五歳になった夏の日、俺は高熱を出した。
原因不明の熱で、治療師にも効果がなかった。そのとき、奇妙なことが起こった。
頭の中に様々な知識が流れ込んできたのだ。
簡単な薬学、医学知識、火薬の調合法、金属精錬の技術、単純な機械の設計図――それらの知識が突如として俺の頭の中に現れた。
まるで誰かの記憶を引き継いだかのように。
だが、それは記憶ではなく、ただの知識だった。
どこでそれを学んだのか、誰からそれを教わったのか、そういった個人的な体験は一切なかった。
ただ知識だけが俺の中に存在していた。
不思議なことに、母はそれを当然のように受け止めた。
「あなたには特別な才能があるのよ、レン。それを大切にしなさい。」
母はいつも穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
その瞳の奥には、常に慈愛に満ちた深い色があった。
「母さん、どうして俺をレンって名付けたの?」
ある日、ふと尋ねてみた。
「お父さんの名前と同じにしたのよ。」
母は微笑みながら答えた。
その表情には懐かしさがあった。
「父さんのこと、教えてよ。」
俺が尋ねると、母は窓辺に視線を移し、遠くを見るような目をした。
「あなたが生まれる直前に旅立ってしまった人よ。ちょうど、あなたが生まれたころに、お父さんは息を引き取ってしまったのよ。」
母の目には涙が浮かんでいた。
俺は何も言い返せなかった。
ある日、庭で遊んでいると、マリアが母を呼ぶ声が聞こえた。
「イリス様、お客人がお見えです。」
「分かったわ、マリア。」
母さんが応えると、大広間へと向かった。
好奇心に駆られた俺も、こっそりと後をついていく。
大広間に足を踏み入れると、二人の女性が立っていた。
一人は翡翠色の長い髪を持ち、黄金に輝く鋭い瞳をしたエルフだった。
その表情は無感情で、深緑のローブに身を包んでいる。
もう一人は真紅の髪を激しく揺らし、鋼のように鋭い青い瞳と褐色の肌を持つ女騎士。
銀の鎧を身に纏い、腰には名剣らしき刀を携えていた。
二人の姿を見た瞬間、初めて会ったはずなのに、どこか見覚えがある気がした。
「久しぶりね、イリス。」
エルフの女性が静かに言った。
「まったく、こんな所に引っ込んでたのか!」
女騎士は豪快に笑いながら母を抱きしめた。
「シルヴィア、ルシア、よく来てくれたわ。」
母は嬉しそうに二人を迎え入れた。
俺はドアの隙間から三人を眺めていたが、ふとエルフの視線と合ってしまった。
「あれが…あなたと彼の子?」
彼女の言葉に、母は頷いた。
「ええ、レンの息子よ。名前も同じにしたの。」
女騎士が俺の方を振り返り、目を細めた。
「おいで、レン。隠れてないで。」
呼ばれて仕方なく、俺は大広間に入っていった。
「まるで小さいレンみたいだな。」
女騎士は俺の頭を乱暴に撫でた。
エルフの女性はじっとその様子を見ているだけだった。
そのあと、三人でずっと話をしていた。
俺は、その様子をこれまでに見たことがあるように感じた。
そんなことがあるはずないのだけれど。
だけど、その既視感は消えることがなかった。




