158話 令和だった
誘拐犯からコノミを助け出したが、結局は事の起こりは俺らしい。
色々と好き勝手やって来たことが巡り巡って災難となって降り掛かってきたわけだ。
なんとかコノミは無事だったが、それだけでは済まなかった。
彼女を助け出した際に手にかけた8○3どもが、よほどの重要人物だったのか、それともなにかほかの要因があったのか――。
俺は昭和の時代からはじき出された。
昭和に飛ばされてから、苦労してゲットしたものをすべて失い、また別の時代に飛ばされたようだ。
俺が立っていたのは、空がオレンジ色になっているどこかの公園。
自販機は近代化されているし、薄暗い公園の明かりはLEDだ。
少なくとも平成か令和だろう。
単に元にいた時代に戻ってきた可能性もあるのだが――。
それよりも――昭和の時代で苦労して築き上げたものをすべて失ってしまった喪失感で、俺はその場にしゃがみこんでいた。
確かに未来の情報を持っていたというインチキプレイだったが、それなりに苦労もした。
大金も入ってくるようになったし、コノミとヒカルコという家族もできて、仕事でもたくさんの人々に支えてもらっていた。
それがいきなり全部なくなってしまったのだ。
そうだな――小説でたとえるならば、大作を書き上げたと思ったらバックアップを取ってないデータが消えてしまった感じか。
自分の不注意でもなく、天災的ななにかで。
いや――昭和で好き勝手やっていた俺の不注意だったのかもしれないが、いまさら後悔してもあとのカーニバル。
どうしようもない。
俺はフラフラと立ち上がると、公園のベンチに座り、背中を丸め両手で顔を覆っていた。
「どうしてこうなった……」
いや、全部俺のせいなんだが。
傾国の美女母娘を抱えて、親子丼だぜ~ヒャッハー――とかやっていたせいだ。
自分のアホさ加減はいまさらだが、コノミは家に帰れただろうか?
あの時代の警察はイマイチ信用できんし。
心配だが、コノミはしっかりしているし、家の住所も電話番号も言える。
大丈夫だろう。
「しかし、ヒカルコは怒ってるだろうなぁ……」
ヒカルコだけではなく、八重樫君も怒っているだろう。
だって、原作者がいきなり失踪じゃ、連載が止まってしまったかもしれん。
コノミを助けるためとはいえ、先生には大迷惑をかけてしまったと思う。
一応、金庫に入れていた秘密のノートには、続きのネタを書いていた。
金庫は鍵をかけず、そのままだし、それを使ってなんとか連載を続けられただろうか?
今がなん年かは解らんが、周りの様子からしてネットがある時代だろう。
ググれば、ムサシがどうなったか解るはず。
「ふう……」
俺は顔を上げた。
突然のできごとにショックはショックだが、いつまでも落ち込んではいられない。
また着の身着のままで、ゼロからの東京サバイバルなのだ。
いや、ここは東京なんだろうな?
俺は再び自販機に目をやると、喉が渇いているのに気がついた。
そういえば、缶コーヒーをしばらく飲んでいない。
そう思うと急に飲みたくなった。
俺のポケットの中には新しい100円玉が入っていた。
昭和42年に発行されたピカピカの100円だ。
もしかして、こんなにピカピカなら価値があるかもしれないが、缶コーヒーを飲みたい衝動に負けた。
自販機に近寄り眺める。
知っている銘柄と知らないのが半々って感じ。
硬貨の投入口を探す――。
「う~ん? ない? なんじゃこりゃ、電子マネー専用か?」
マジか――そこまでキャッシュレスになってたっけ?
電子マネーなんて持ってないぞ?
昭和に行ったときに、その手のものは全部捨ててしまったし。
がっかりした俺は、路地をとぼとぼと歩き始めた。
暑くもなく寒くもなく、今は春か秋か?
咲いている花の様子からすると、秋っぽい。
春なら桜やらが咲いているだろうし。
数分歩いて、あることに気がついた。
ここは、俺が令和に住んでいたアパートの近くだ。
場所は俺が買った白い家があった区じゃなく、隣の区。
なんだそれじゃ、自分のアパートに帰ればいい。
「あ~」
ここで疑問が少々もたげてきた。
自分のアパートに帰って、そこは本当に自分のアパートなのか?
ここが最初に住んでいた令和の時代じゃないかもしれん。
自販機から察するに、もう少し未来とか?
悩んでいても仕方ねぇ。
行ってみれば解ることだし。
俺は、自分のアパートに向けて歩き始めた。
数分ののち、懐かしい2階建ての白いアパートが見えてくる――佇まいは一緒だ。
なんの変哲もない、木造モルタル造のアパート。
脇の階段を上って2階の一番手前の部屋が俺の住処だ。
懐かしい自宅を見て、ちょっとホッとした感情をいだきつつ、踏み出そうとしたのだが――違和感に足が止まった。
「電気が点いている……」
電気をつけっぱででかけたか?
いや、それでも台所の明かりは消すよな――などと考えていると、ドアが開く。
そこから出てきたのは、見知らぬ若い男。
どこの誰かは解らない。
――と、いうことは、現在ここには俺が住んでいないということだ。
歴史が変わってしまい、別の所に住んでいるのか、そもそも生まれてないのか?
早死した可能性だってある。
「マジか……」
また、住む所もないのかよ……。
本当に最初からサバイバル状態だろ?
俺がいないことになっているなら、戸籍だってない。
いや、残っていたら……俺はあることに気がついて、唸った。
昭和に俺名義で作った篠原ショウイチの資産が――。
「あ!」
そうだ!
俺は重要なことを思い出した。
今がいつかは解らないが、昭和の俺――つまり篠原ショウイチを知っている人がまだ生き残っているかもしれない。
俺の家、あの白い家に行ってみよう!
「……」
そう思った俺だが、その場でフリーズした。
いったいどの面さげて?
「ちょっと行方不明になってたんだよ~、てへ」ってか?
俺だけ、歳をとってねぇし。
だいたい、そんな話、信用されるか?
俺だと解っても、責められるだろうなぁ……いや、謝ろう。
皆にすべてを謝ろう。
それが第一目標だ。
白い家もなくて、俺を知っている人が誰も残っていなかったら――そのときは、そのときでしょうがねぇ。
また最初からやるしかねぇ。
トホホ……また最初からかよ……。
今度は、どういう設定でいくか。
記憶喪失で保護された男性か?
TVやらネットのニュースで見た、俺の親戚などが名乗り出てくれるかもしれん。
そもそも、俺という存在がまったくない世界なら、ゼロスタートだな。
「おし!」
とりあえず、目標はできた。
俺と家族が住んでいた、あの白い家に行ってみよう。
やることは決まったが、辺りはすでに暗い。
今から押しかけるのは迷惑だろう。
コノミやヒカルコが生きていればいいが、まったく違う人だったら、夜の訪問はうざいだけだし。
歩いても行ける距離ではあるが、さすがに面倒だ。
とりあえず、泊まる所を探さなくては。
駅前に漫画喫茶があるから、あそこにするか……。
それに腹が減った。
そういえば、昼も食ってねぇし、晩飯も食ってねぇ。
「コノミはヒカルコが迎えに来てくれて、飯食ったかなぁ……」
おっと、その前に―― 一応、アパートのポストを確認していくか……。
アパートの下に設置されている集合ポストを覗く。
やはり201号室に住んでいるのは、まったくの別人だ。
「あ~もう、どうしてこうなった」
その場を去ろうとすると、さっき2階から降りてきた男が戻ってきた。
手にコンビニの袋を持っているので、買い物にいったのだろう。
俺は、その男に話しかけてみることにした。
「あの~すみません」
「な? なんですか?」
突然変なオッサンに話しかけられて、男は少しビビっている。
「201号に篠原って人が住んでませんでしたか?」
「いや……201は、ずっと俺が住んでましたが……」
「あ、そうですか――ありがとうございます」
男に礼を言うと、俺はそそくさとその場をあとにした。
やっぱり、ここには俺は住んでなかった。
いったい、ここに住んでいた俺は、どうしてしまったのだろう?
俺は、とりあえず駅前に向かうことにした。
この時代は国鉄じゃなくてすでにJR。
すっかりと国鉄呼びが当たり前になってたな。
歩きながら考える――。
そもそも、俺は本当に過去に戻っていたのか?
いや、確かに昭和38年だったのは間違いないのだが、あそこは本当に俺がいた時代の過去だったのか?
もしかして、パラレルワールドだったってことは……?
パラレルなら俺がいないのもあり得る話だ。
昭和38年には、爺さんと婆さんとウチのオカンは存在していたが、親父と出会わなかったら俺は生まれていない。
ここは、そういう世界だと考えられないだろうか。
そういえば、スマホをあの車の中に置いてきてしまったなぁ。
せめてスマホだけでもポケットに入れていれば――咄嗟のことで、そこまで頭が回らなかった。
まさか、あそこで飛ばされてこんなことになるなんて、想像もできねぇじゃん。
考えごとをしている間に、駅前に到着した。
したのだが――なんだか微妙に景色が違う。
なんだかみんな端末を持って、にらめっこしているし。
そりゃ令和にはスマホ持っているのが普通になっていたけど、眼の前では爺さんや婆さんもなんか普通に使ってるし。
やっぱりパラレルなのか、それとも歴史が変わってしまったのか。
それにしても、景気がいいのか随分と賑やかだ。
「う~ん――とりあえず、腹が減った」
諸々はあとにして、腹ごしらえが先だ。
腹が減っては戦はできぬ――財布を確認する。
いつも万札を1枚だけ入れていた。
当然昭和の札なので聖徳太子だが、ここが令和でも平成でも使えるはず。
銀行の窓口が確実なのだが、もう閉まっているだろうし。
辺りをぐるぐると見回して、赤い看板のハンバーガーショップが目に入る。
昭和に入ってまったく食べてなかったので、食いたくなった。
ポテトも食いたいし、コーラも飲みたい。
「決まりだな」
俺はハンバーガーショップに入った。
中は変わっていないように見えるが、レジがなんだか違う。
これも電子マネーオンリーなのだろうか?
値段を見る――ダブルバーガーセットが2000円ぐらいする?
高くね? マジで? 俺がいない間に、そんなに物価が上がったの?
でも、食いたい。
俺は財布から聖徳太子を取り出すと、レジの若い女の子に話しかけた。
多分、高校生ぐらいだと思われる。
幸い、俺以外に客はおらず、レジは空いていた。
「この札しかないんだけど、使える?」
俺は女の子に万札を見せた。
「は? なんですかこれ? 玩具は困るんですけど?」
「玩具じゃねぇよ。昭和の1万円札だ。ちゃんと使えるはずだぞ」
いや、使えないと困る。
手元には、これしかないのだ。
使えないと、文無しで飯も食えん――いや、100円玉があるが、数枚しかない。
「え~?! マジで?! こんなのわかんないんだけどぉ」
「どうしたの?」
「ねぇねぇ、昭和のお札だって、マジでありえないんだけど~」
「え~」「見せて見せて~」「マジヤバくない?」「このお札の人だれ?」
「聖徳太子だよ」
「「「え~?」」」「オキに流された人?」
「そりゃ、後醍醐天皇とか後鳥羽上皇だろ?」
なんで、それは知ってるのに聖徳太子を知らないんだよ。
バイトの女の子たちがわらわらと集まってきてキャッキャウフフしている。
ちょっと困惑するが、女の子たちの言葉使いで未来にきたのだと解る。
随分と変わってるんだよなぁ。
「それしか持ってないから、使えないと困るんだけどなぁ……」
「「「え~?!」」」
女の子たちが顔を見合わせていたのだが、1人が声を上げた。
「あ、そうだ! お爺ちゃん、まだいる?」
「あ~、お爺ちゃんね!」「まだいると思う」
お爺ちゃん? なんだそりゃ。
「おじさん、ちょっと待っててもらえます~?」
「いや、待つけど……」
数分で、バイト服じゃない、マジでお爺さんがやって来た。
グレーのトレーナーに黒チノパン――70歳近いんじゃないだろうか。
頭は完全に白い。
「ちょっとちょっと、爺さんはもうバイト上がりなんだけどな」
「いいからお爺ちゃん、コレ見てよ」
話からすると、この爺さんもバイトらしい。
もう年金もらっている歳だと思うが、それだけじゃ暮らせないんだろうか。
いや、大変だな。
バイトの女の子が、爺さんに万札を見せた。
「お~懐かしい! 聖徳太子さんかぁ! やっぱり万札といえばこのデザインだよなぁ」
受け取った彼が、ニコニコしている。
「これって本物なの?」
「本物だよ。ちゃんと透かしも入っているし」
彼が天井の明かりに、札を透かしている。
当たり前だっちゅ~の! ついさっきまで昭和で使ってたんだから。
「とりあえず、手持ちの金がそれしかないんだよ。なんとかならないかな?」
「う~ん……」
彼がジッと俺を見ている。
「頼むよ」
「……それじゃ、私が両替するってことでよろしいですかな? この万札欲しいですし……」
「ありがたい――手数料取ってもいいですよ」
「そんなわけにはいきませんよ」
彼がなにか端末を差し出した。
「あ、いや、あの――カードとか端末とか、その手の類を持ってないんだけど……」
「え~?! 今どきそんな人いるの~?」「マジで、ありえないんだけど」
こちとら、さっき昭和から帰ってきたばかりだっての。
そんなもの持ってるわけねぇだろ。
「あ! もしかしておじさん――自然回帰主義者とかそういう人?」「え~?!」
女の子たちが白い目でこちらを見ている。
おいおい、こっちは客だぞ。
ちゅ~か、そんな言葉を初めて聞いたが。
女の子の口から出るぐらいに、そんなのが普通にいるのか?
「ちょっと駄目だよ、相手はお客さんだよ?」
さすがは年の功、ちゃんと女の子たちを諭している。
「それじゃ、ATMがあるコンビニで現金を下ろしてきますので、待ってていただけますかねぇ」
「ええ、もちろん。助かります」
「それじゃお爺ちゃん、現金で精算ってことで、注文入れてレジ打っちゃっていいの?」
「もちろんだよ」
女の子たちがこちらを向くと、いきなり営業スマイルになった。
「ご注文は、なにになさいますか?」
「え~とチーズバーガーセット」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「コーラのMで、ポテトもMで」
「かしこまりました~」
女の子が奥に注文を伝えている。
なんだ、ちゃんと仕事はできるんだな。
「お会計は――」
え? お金はどうするんだ? ――と、思ったらお釣りを先にくれた。
いいのか?
それはそうとしてやっぱり高い。
もう1万円は5000円ぐらいの価値しかない。
これなら10万円札を作ってもいいんじゃないのか。
できあがるのを待っていると、さっきのお爺さんがカウンターではなくて店内に戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「あの、お釣りを先にいただいてしまったので――」
「それじゃ、これはレジに入れますね」
彼が、万札をレジに持っていった。
これ、店内カメラとかでチェックされてないのか?
余計な心配なのか?
心配していると、ハンバーガーができ上がってきたので、受け取りにいく。
両替をしてくれた爺さんに挨拶をすると、彼は外に出ていった。
どうやら、バイトが終わって帰宅するらしい。
大変だなぁ……それよりも、食うか。
「おお~」
うめぇ! え~と――4年ぶりぐらいか?
ハンバーガーが、こんなにありがたいとはなぁ……。
でも、海外に行くと、おにぎりや味噌汁が食いたくなるそうだしなぁ。
食い終わったので、店の外に出る。
金もそれなりにできたし、今度は泊まる場所か。
駅前の漫喫は、俺が知っている場所にあったので、入店した。
入ってすぐの所にある、カウンターに向かう。
ジャージみたいな制服を着た若い兄さんが対応してくれた。
「初めて利用するんだが……」
「それでは会員証をお作りいたします。国民カードをどうぞ」
「え?! ……カード持ってない……んだけど」
国民カード? 国民カードって言ったよな?
なんだそりゃ、いつの間にそんなのできたんだ?
マイナンバーカードじゃないよな?
俺の言葉に、店員が訝しげな顔をしている。
そりゃそうだろう――今の俺は、傍から見たらかなり挙動不審だと思われる。
「申し訳ございませんが、国民カードなしでは、登録できません」
「そうすか――解りました」
「紛失したのであれば、至急再発行されたほうがよろしいと思います」
「ありがとうございます」
俺は慌てて、外に出た。
「は~、いつの間にかそんなものが必要な世の中になってしまっていたのか」
それより、今はなん年なん月なんだ?
俺は駅前にある売店に向かった。
「あれ? 新聞がない……」
売店はあるのだが、新聞がない。
まさか、新聞がなくなってしまった?
それどころか、雑誌もないぞ?
もしかして、全部電子化されてしまっているとか……。
どうしようもないので、売店のおばさんに声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだが、今年はなん年かね?」
「え? 令和4年ですよ」
「え?! 令和なのか?」
俺の反応を見て、おばさんが訝しげな顔をしている。
ほぼ、元の時代に戻ってきているじゃないか。
それなのに、なんだかおかしいぞ?
国民カードなどという、変なものもできているし。
「あ、ありがとう」
お礼になにか買いたいところだが、他の客は皆電子決済を使っている。
俺はそそくさと、売店をあとにした。
それよりも、今日の泊まる所だ。
どこか素泊まりの宿泊施設などを探せば、そのナントカカードなしで泊まれないだろうか。
「あ~、どうしてこうなった……」
駅前にも見たことがない車が半分ぐらいいるし――なんだか地元なのに、地元じゃないような。
微妙にパチモノ感が漂う。
本当に歴史が変わってしまっているのか?
それともやっぱり、パラレルなのか?
俺は、また商店街のほうに戻ることにした。
とぼとぼと、商店街を歩く。
見慣れた景色なのに、若干違う――老若男女、みんな端末持って歩いているし。
多分、みんな電子決済と電子書籍になってしまったんだろうな。
これからのことを考えてしょんぼりしながら歩いていると、声をかけられた。
「あの――」
「はい?」
振り向くと、ハンバーガー屋にいたお爺さんだった。
「どうしました?」
「あ~、なんかカードがないと漫喫の会員証が作れないとか言われて――今晩泊まる所を探しているんです」
「え?! カードの紛失ですか?」
「は、はい」
本当は最初からもってないし、戸籍すらない。
いや、あるかもしれない。
前の令和に住んでいた俺の戸籍か、昭和に作った篠原ショウイチの戸籍。
どっちがあっても、使える状態じゃねぇが。
「国民カードなら、区役所の夜間窓口がありますから、すぐに対応してくれますよ」
ええ? そんなものができたのか?
そのカード用に作られた窓口なんだろうな。
「あの……実は、記憶があやふやで、自分が誰かイマイチで……」
「ええ?! ああ、それで昔の万札などを……」
「こういうのは、やっぱり警察に保護を求めるべきですかねぇ」
昔ちょっと調べたことがあるが、見るからに日本人で日本語ペラペラなら仮の国籍がすぐに降りるらしい。
日本語ペラペラってのが、重要だって聞いたな。
「そうですねぇ……」
「それはそうと、その国民カードなしで、泊まれる安宿を知りませんかねぇ」
「多分、あると思いますが……」
彼がなにか考えている。
「なにか?」
「失礼ですが、私の所にお泊りになられては? 1人ぐらいは寝るスペースがありますよ」
突然のお爺さんの言葉に俺は驚いた。
見ず知らずの変なオッサンにそんなことを言われるなんて、思ってもみなかったのだ。
「え?! そんな、見ず知らずの私なのに」
「……いや、実は――」
彼が顎に手をやり、なにか考えている。
「なんでしょう?」
「あなたにどこかで会ったことがあったような……」
「申し訳ないですが、私にはさっぱりと心当たりがないのですが……」
「失礼ですが、お名前は?」
「……ショウイチと呼ばれていたのは覚えてます」
そういう設定にしておこう。
「ああ、その人も確かそんな名前だったような……」
彼がなにかを思い出したのか、懐かしそうな表情を浮かべている。
「そういう人が誰かいらしたのですか?」
「ええ――私、子供の頃に隣の区に住んでたんですよ。小学生のときに同級生のお父さんに色々と買っていただいたりして――その方を思い出しました」
もしかして、コノミと同じ学校にいたガキどものひとりか?
夜店や駄菓子屋で色々と買ってやったりしたし。
俺はその話を聞いて、希望を見出していた。
ここが並行世界かなんだか解らんが、少なくとも俺が暮らしていた昭和の時代の延長線上にある。
つまり、あの白い家で演じていた幸せ家族は幻ではなかったのだ。
少し涙が出てくる。
「その頃に大人ってことは、その方はもう100歳超えているのでは?」
「ははは、その通りですなぁ。私がもうこの歳ですし」
まさか、その本人とは言えるはずがねぇ。
――とはいえ、申し訳ないが、今の俺にとっては渡りに船だ。
彼の家にお邪魔して、泊まらせていただくことにした。
「ショウイチ、ショウイチさんか~懐かしいなぁ……」
彼が、笑顔を浮かべているので、歩きながら話す。
「お友だちのお父さんなのに、名前呼びだったんですか?」
「ええ、同級生――女の子だったのですが、その子が『ショウイチ、ショウイチ』って呼んでいたので、私の仲間もみんなショウイチって呼んでいました、あはは」
「そうなんですか……」
「『ショウイチを探して、なにか奢ってもらおうぜ!』みたいな遊びもあったんですよ、ははは」
ガキどもから名前呼びされていたのは知っていたが、そんな遊びもあったとは。
どうりで、散歩しているとガキと遭遇することが多かったな。
連絡網みたいなものもあったのかもしれん。
「なん丁目で、ショウイチ見つけたぞ!」「俺たちも行こうぜ!」
みたいな感じか。
「ははは、そりゃまた、そのショウイチさんも災難っぽいですなぁ」
「いやぁ――その人は怒るわけでもなく、いつもニコニコと笑っていて、みんなに色々と買っていただきました」
「随分と奇特な方ですねぇ」
自分で言うのもなんだが。
俺としても、ガキどもに駄菓子を奢るのは楽しかったしな。
それに、彼らと仲良くしていれば、コノミを守ってくれるんじゃないかという、打算もあったし。
「ええ、本当に――たくさんの文房具を学校に寄付してくれたり。彼に感謝している子どもも多かったですよ……ああ……懐かしいなぁ……」
この人にとって、小学生時代はよい思い出だったんだろうなぁ。
「その人は、なんの商売をしていた方なんですか?」
「それがよく解らなかったんですよねぇ。他のお父さんたちは働いているのに、いつもフラフラと散歩をして写真を撮ってたりして……」
「謎の人ですねぇ、はは……」
「その人の娘さんの話では、発明家だと言ってたみたいですが」
「へぇ――それじゃ、実は儲けていたのかもしれませんねぇ」
「色々と発明したものを教えてもらいましたよ。それが本当なら、家を買ったりしたのも、うなずける話です」
そうか~ガキどもからは、そんな風に思われていたんだな。
「私は、小学校時代にあまりいい思い出がなかったからなぁ――楽しそうな思い出は、羨ましいですね」
「でも――その人が、突然行方不明になってしまって――同級生の女の子はもちろん、私たちも悲しんでましたよ」
「事故かなにかですか?」
「それが――よく解らなかったんですよねぇ。女の子が誘拐されていた――なんて噂も聞いたのですが、その女の子はなにも言いませんでしたし……」
この人の話からすると、あの誘拐事件はおおごとにはなっていないらしい。
なぜだ? コノミが無事に帰ってきたから、警察には通報しなかったんだろうか?
いや、俺がチンピラを拳銃で撃ったのは事実だから、屍は転がっていたはず……。
間違いなく殺人事件だ。
今もあの感触と火薬のにおいが脳裏に残っている。
う~ん、解らんな……。
昔話をしながらやってきたのは、木造のアパート。
階段で2階に上って、彼が端末を取り出して戸にかざすと金属音がした。
どうやら、スマートロックらしい。
こんな爺さんが、こんなもの使っているのか。
駅前で、爺さんや婆さんが端末を使っているのは当たり前だったんだな。
「どうぞ」
「お邪魔いたします……」
中は2DKだが、しっかりと片付いている。
こたつ兼ちゃぶ台のテーブルと、本棚、壁には大きなモニターがある。
俺が借りていたアパートは、ゴチャゴチャしてて、人を泊められるような状態じゃなかったが。
昭和のあそこはヒカルコがいたからいつも綺麗だった。
1人暮らしだったら、すぐにゴミ箱になってたな。
まぁほら、俺はクリエイターだから、資料とかたくさん必要になるわけよ――などと、言い訳をしてみる。
「おもてなしはできませんが、適当な場所でくつろいでください。今、なにか飲み物を出しますから」
「ありがとうございます。どうぞ、お構いなく」
彼が、モニターを点けた。
TVなのか? ――いや、彼が手持ちの液晶パッドで操作しているからネットなのかもしれない。
それにしても、泥OSに似ているが、見たことがないOSだ。
なにか徐々に、ここは俺が前にいた令和と違うことを実感しつつあった。
「お年を召しているのに、そういうものを使いこなせるんですか?」
「え? いや、普通ですよ。このぐらいは、ははは」
普通ということは、こういうのが一般の家庭に普及しているってことだ。
やっぱり、俺がいた令和とはかなり違っている。
いや、確実に違うだろ。
彼がニュース番組にして台所に行ったので、画面を眺める。
国会の様子が映し出されて、メガネをかけた年老いた女性が映った。
『所信表明演説で、相原総理は、第5次相原内閣と自身の進退について次のように語りました――』
その女性を見て、俺は驚いた。
「え?! 相原さん?!」
かなり年老いていたが、確かに相原さんに見える。
まじで?! 相原さんが総理大臣になったの?!
それとも、他人の空似?





