157話 消える
コノミが家に帰ってこない。
町内を捜し回っていると、彼女が黒塗りの車に乗った――という話を、学校にいた子どもから聞いた。
誘拐なのか? ――と、皆で心配しながら話し合っていると、犯人らしき男から電話があった。
男の要求は、コノミが持っていたガラスの板――つまりスマホを渡せ――ということだった。
敵は、スマホのことを知っている。
それだけではない。コノミの本名と、コノミの母親の名前まで知っていた。
コノミの母親、渡良瀬マキが昭和にやって来て、関わっていた人間がいたらしい――そいつらか?
そういえば、コノミが持っていたスマホの中身を覗いたときに、男の写真があったような……。
そいつらが関わっていたのは解るが、なぜ今更?
コノミを俺が保護して、もう2年。
彼女の母親と逃避行も数年に及んでいたのではなかろうか?
スマホが欲しいと言うのは解る。
動画も観られるし、カメラにも、計算機にもなる。
この時代の人間から見たら、とんでもないオーバーテクノロジーだろう。
それなら、もっと早く接触があってもおかしくなかったような……。
コノミを誘拐した犯人と接触するために、俺は駅前のデパートにやってきた。
直接会って、コノミと引き換えとじゃなければ、スマホを渡さないと条件を出したからだ。
待っていた俺の前に黒塗りの車が止まって、ゴリラのような大男が降りてきた。
こいつにスマホを渡しても、コノミが解放されるという保証はない。
中折れ帽に縦縞のスーツ――8○3というか、マフィアみたいな格好だな。
この時代の8○3はこうなのか?
任侠映画などに出てくるのは、こんな格好じゃないが、あれは映画だしなぁ。
俺は頭に乗せていたタオルを振って合図をした。
いつもなら、夕飯の準備を始めているころだ。
そういえば、昼も食ってなかったが、飯なんてどうでもいい。
コノミも腹を空かせていることだろう。
早く助けに行ってやらねば。
「おめぇが、篠原か?」
大男が、こちらに気がついた。
「そうだ、コノミを拉致った奴らか?」
「らち?」
「子どもを連れていったのかって聞いているんだよ」
「んだ」
随分と訛っているような感じだ。
「俺をお前らの頭の所に連れていけ」
「兄貴にそう言われてやってきただ。おめぇば連れていく」
身体もデカいが、脳みそもゴリラみたいな感じか。
あまり知能が高そうに思えんが、車の免許を取るだけの頭が――いや、相手は8○3だ。
もしかして無免かもしれん。
こんなやつは、どうせ鉄砲玉だろうし。
俺は車の後部座席に乗り込んだ。
相手もなにも言わないから問題ないのだろう。
車はUターンをすると、北に向かって走り始めた。
やっぱり埼玉方面か……。
車は左に曲がると大通りに出た――多分、ここは環七だろう。
もう、環七ができてるんだな……。
周りには大きな建物がまったくなく、車も小さいので道が広く感じる。
「……」
沈黙のときが流れて、車のエンジン音と、やたらとデカいロードノイズだけが聞こえる。
相手がしゃべるとも思えないが、質問をしてみた。
「俺たちの居場所をどうやって知った?」
「マキを捕まえたあと、しばらく放っておいただが、兄貴が音が出るガラスの板がほしいと言い出しただ」
質問の答えになってねぇが、男の返答に俺は聞き返した。
「捕まえた?! コノミの母親をか?」
「そうだで」
「その母親はどうした?」
「死んだ」
「死んだ?!」
「んだ」
――こいつの言ってることが本当なら、母親が突然いなくなったのは、コノミを捨てたのではなくて、こいつらに拉致られたせいだったのか。
「子どもも一緒に連れていかなかったのか?」
「おでは、一緒のほうがいいと言っただども、兄貴はガキなんていらねぇ――と」
もしかしてこのゴリラは、周りが悪人なだけで根はいいやつなのかもしれん。
――とはいえ、もしものときには、許すつもりはねぇけどな。
クソどもが。
それにしても、腹芸もせずになんでも答えてくれるが、最初の質問に答えてもらってねぇ。
「どうやって俺たちの居場所を探し当てたんだ?」
「兄貴が人を頼んでた。役所や警察にも金を渡したと言ってただ」
くそ――コンプライアンスなんて、まるでねぇ時代だ。
金さえ渡せば、個人情報も手に入ってしまう。
なにせ公共サービスで、電話番号から住所の逆引きもできた時代だし。
多分、興信所みたいな所も使ったんだろう。
なんで今更スマホを欲しがっているのか――それは解らないようだ。
その兄貴ってやつがリーダーらしいので、そいつに聞けば解るだろう。
車は環七から、おそらく川越街道に入った。
川越という看板が立っているので、おそらく間違いないのだろう。
俺が知っている風景とはまったく違うので、どこを走ってるのかさっぱりと解らん。
道路の形はおんなじだと思うんだがなぁ……。
車で40分ほど走る。
俺は、男が運転する様子をジッと見ていた。
こいつを奪って脱出するときのことを考えてだ。
ずっと見ていたのだが、シフトチェンジする様子がない。
どうやらこの車は、珍しいオートマチック車のようだ。
この時代にやってきて、初めて見たかも。
いつも乗っているク◯ウンのタクシーも普通にマニュアルシフトだったし。
そういえば、コラムシフトの部分に、ATのセレクターらしきものがある。
「こいつはオートマチックミッションなのか?」
「最新のヨトタドライブだで」
男が自慢そうに答えた。
すでに埼玉に入っているものと思われるが、日が傾きつつある。
辺りにはなにもなく、畑と田んぼが広がり、水平線まで見える気がする。
突然、車が右折した。
ガタガタと車体を揺らしながら、未舗装路を進んでいく。
「こんな目印もない所で、解るのか?」
「大丈夫だで。なん回も来てるで」
ナビがないのに、走れるのはすごいな。
いや、ないとないなりに、走れるようになるのか。
そうじゃないと、車に乗れないからな。
少し走ると、ポツンと倉庫らしきものが見えてきた。
あそこが、こいつらのアジトか。
車が到着すると、トタンでできた、少々大きな倉庫。
俺が使っている第2秘密基地によく似ている――というか、よくある倉庫の形なだけだ。
車を降りると、倉庫の前にやって来た。
車をチラ見する――キーはつけたまま。
いざとなれば、コノミを担いで脱出しなければならない。
現状の確認は必須――それが、生死の境を分けることもある。
大きな両開きの扉の横に小さなドア。
大男がそこを叩いた。
「お~い! おでだ! 開けちくり」
「……合言葉は?」
中からしがれた声が聞こえた。
「あ、合言葉……合言葉……白黒……抹茶……忘れただ……」
俺は、その言葉にピンときた。
「白黒抹茶あがりコーヒーゆずさくら――だろ?」
ドアが開いた。
中から帽子を被った、小柄な男が顔を出す。
コノミをさらった連中は、大男と小柄な男――ということだったので、この2人に違いない。
「篠原だ。約束のものを持ってきたぞ。お前らの頭に会わせろ。コノミを連れてくれば、ここで渡してもいいぞ?」
俺の言葉に男が引っ込んだのだが、奥から声がした。
「こっちに連れてこい!」
「へい」
俺は倉庫の中に入ることにした。
中はガランとしている土間で、中心に小さなテーブルと、天井から下がった裸電球。
テーブルの上には、帽子が置いてある。
その後ろにはベッドがあり、そこにコノミが寝かされていた。
「てめぇ!」
助けがやって来たのに、ベッドの上で反応のない少女の姿を見て、俺は頭に血が上った。
「心配するな。ぐずってうるせぇから眠らせているだけだ。俺はガキが嫌いなんだよ」
学校にあるような木の椅子に座っていたのは、縞のスーツを着た30歳ぐらいの男。
こいつらは、マフィアみたいな格好で統一しているのだろう。
「!」
俺はその男を見て、あることを思い出した。
コノミが持っていたスマホのデータを覗き見したときに、男が写った写真が1枚だけあった。
多分、その男だ。
もしかしたら、こいつがコノミの父親なのか?
そんなことは考えたくもねぇが。
それに実の娘にこんなことをするやつに父親面する資格なんてねぇ。
「どうした?」
俺が挙動不審に見えたのだろう。
「いや……それじゃ、取引だ」
俺は一旦深呼吸してから、話を切り出した。
ここで暴れても意味はないし、コノミに危険が及ぶ可能性がある。
「よし、持ってきたものを渡せ」
「……」
俺は黙って、カバンに入れてきたものを手渡した。
最初に渡したのは、コノミが持っていたものだ。
「そうそう、これだ!」
俺からものを受け取った男は、ボタンを長押している。
スマホの使いかたを知っているようだ。
「使いかたを知っているのか?」
「まぁな」
「コノミの母親から教えてもらったのか?」
「そうだな――あの女、色々としてやったのに逃げやがって――くそ! やっぱり動かねぇじゃねぇか!」
そりゃ、電池切れなんだから当たり前だろう。
おまけに、急な話だったので充電している時間がなかった。
「慌てるな――こちらを試してみろ」
カバンから、俺のスマホを取り出して、スイッチを入れてから渡してやった。
「おお! まだあったのか?!」
俺のものだと言ってない。
男は、受け取ったものを楽しむようにいじっている。
スマホの明かりが男の顔を照らし、その姿はまるで念願の玩具を買ってもらった子どもだ。
敵の機嫌がよさそうだ。
今なら、色々と聞けるかもしれん。
「動かないのを手に入れてどうやって動かすつもりだったんだ?」
「マキのやつは――こいつも電池で動いているから、充電器があれば動くと言っていた。要は、そいつを作ればいいんだろ?」
やっぱり充電器がなかったのか。
中を分解して、構造を調べるつもりだったのか?
電子機器に詳しいやつがいれば、充電器ぐらいならこの時代でも可能かもしれないが……。
「そのコノミの母親は、死んだって聞いたが――お前が殺したのか?」
「いいや――部屋に閉じ込めておいたんだが、ドアの取手で首を吊りやがって。あんなんで、首が吊れるんだな。知らなかったぜ」
ドアノブで吊るのは、未来じゃ知られた情報だからな。
そういうニュースが流れるから、逆に皆が知ってしまう。
この時代のように情報を手に入れる手段がなければ、誰も知らない。
笑っている男を見て、俺はこの段階でカバンから銃を取り出そうとしたが―― 一呼吸おいた。
「それにしたって――母親をさらってから、今まで時間があっただろう? なんで今さら、そんなものを欲しがる?」
「ち――」
男が舌打ちをした。
「なぜだ?」
「ふう……俺が肝いりで始めた『M資金詐欺』が、変な漫画のせいで頓挫しちまってな。代りの金儲けの手段が必要になったってわけよ」
男はスマホの画面を見たまま、とんでもないことをつぶやいた。
今回のコレも、俺が絡んでいたことだったのか。
八重樫君にあのネタで漫画を描かせなけりゃ、誘拐は起きなかった。
「それで、その板に目をつけたのか」
「そうだ! マキが、動かなくなった板を娘にやった――と、言ってたのを思い出してな、ははは」
「……」
こんな奴らがいたんじゃ、コノミが幸せになるためには障害物にしかならん。
それに、スマホをこんなやつらに渡すわけにはいかん。
俺はカバンから銃を取り出すと、左手で安全装置を半回転させた。
両手が塞がってしまったので、カバンが脇から滑り落ちる。
その音で顔を上げた男の額に銃口を向けると、躊躇なく引き金を引いた。
一瞬――もし、弾が出なかったら? と、いう疑問が頭をよぎったのだが、俺の心配をよそに倉庫に乾いた大きな音が響いた。
なにかを弾いたような反響音とともに、男の頭に小さな穴が開き、鼻から滝のような血が噴き出す。
そのまま右側に倒れると、手からいじっていたスマホを落とした。
幸い、下は土だったので、スマホの画面が割れたりするようなことはなかった。
「あ、兄貴ィ!」「て、てめぇ!」
後ろを向くと、小柄な男が、スーツの内側に手を突っ込んでいる。
すべての動きがスローモーションだ。
神経を集中しすぎると、そうなると聞いたことがあるが、本当になるとは。
相手は拳銃か? ドスか? 一瞬、そんな考えがチラついたのだが、そんなことはどうでもいい。
俺は歩きながら、こちらに敵意を向けている男に向けて、連続で発砲した。
距離は数メートルしか離れていないので、当たっているはずであるが――倒れない。
こちらに刃物を出して向かってきたので、再度引き金を引いた。
なおも男が向かってきたので、慌てて避けると、そのまま倒れ込んでうごめいている。
俺は男の肩を踏みつけると、後頭部に銃口を向けた。
倉庫の中に大きな音が響くと、敵が動きを止める。
なん発撃っただろうか?
最初に7発入れたが、まだ残っているはず。
俺は、最後に残っていた大男に銃口を向けた。
「ゆるじてくで~! 全部兄貴がやれって言ったんでぇ! おでは兄貴に言われたとおりにやったんでぇ!」
デカい身体を縮こまらせて、大男が泣いている。
ゴリラみたいななりをしているのに、ノミの心臓らしい。
最初に思ったとおり、こいつは根からの悪人ではないのかもしれんが――。
「ふう……」
とりあえず俺は息を吐いた。
自分が呼吸をしていたのかすら、覚えていない。
ずっと息を止めていたのかも……。
手は震えて脚もガクガク、喉はカラカラだ。
フラフラして倒れそうだが、残った男に聞きたいことがある。
俺は男の頭に銃口を突きつけて質問をした。
「おい――この絵が出る板のことを、他の8○3も知っているのか?」
「しらねぇ! 兄貴しかしらねぇ!」
まぁ、すぐに電池切れになっただろうから、なんにでもなる魔法の板――などと説明しても、誰にも信じてもらえるはずがねぇか……。
「そうか――」
俺は短く言葉を吐くと、再び引き金を引いた。
大きな身体を揺らして、その場に男が倒れ込む。
念のために、もう一発頭に撃ち込んだ。
飛び上がるように痙攣する身体、目と鼻から赤いものが噴き出した。
「ふう……」
俺は銃を下げると、大きく深呼吸をした。
辺りを見回すと――チンピラの死体が3つ。
ベッドに寝ているコノミを見ると、まだ横になったまま。
俺は慌てて、彼女の元に駆け寄った。
「こ――」
彼女を起こそうとして、ハッとした。
この惨状を子どもに見せるわけにはいかない。
コノミの顔を覗き込む――問題なく息はある。
男が言っていたように、寝かされていただけだったのだろう。
普通に寝ていれば、この騒ぎなら絶対に起きているはず。
多分、薬かなにかを使ったのではあるまいか。
黙って彼女の身体を抱きしめた。
こんなに小さいのに、なんでこんな不幸な目にばかり遭うんだ。
悲しくなるのだが、嘆いてはいられない。
早くここを脱出しないと。
下部組織、上部組織――他に8○3の仲間などがいるかもしれない。
慌てて2台のスマホを拾うと、拳銃と一緒にカバンに入れた。
コノミの身体を抱きかかえて、格好よくお姫様だっこしようとしたが、重すぎて断念――肩に担ぐ。
倉庫から出ると、辺りは暗くなり始めている。
確か、車のキーはつけっぱなしだったはず。
完全に暗くなる前に脱出したい。
黒い車の助手席のドアを開けて、コノミを座らせた。
後ろの座席に俺のカバンを放る。
反対側に回り込むと、運転席に乗り込んだ。
キーを確認する――やっぱり挿しっぱなしだ。
「そういえばコラムシフトのATだったな……」
キーをひねる。
車体が震えてエンジンがかかったので、右側のボタンを押した。
ヘッドライトだ。
これも操作するのを見ていた。
1回押すとスモール、もう1回押すと、ヘッドライトが点くらしい。
「ふう……焦るな……お前は、できる子だ……」
初めて乗る車だからな。
でも、オートマなら、そんなに難しくはない。
俺はコラムシフトのセレクターをDに入れて、アクセルを踏んだ。
「お?!」
随分とトルクがある。
この時代の車を舐めてたな。
サスペンションは、グニャグニャだが。
ライトで砂利道を照らしながら走り出した。
どうやら、2速ATらしいが、トルクがあるので楽ちんだ。
道は難しくない。
道なりに進んで大きな通りにぶつかったら、そこが川越街道だ。
そこを左折すれば、環七にぶつかるまで進めばいい。
川越街道まで来たので、左折。
ウインカーは、未来の車のようにバーではなくて、ハンドルにあるリングを使う。
これはこれで便利のような気がする。
ちょっと進んだ所に橋があったので、車を止めた。
後続車を確認したが、車は少ないので大丈夫だ。
手早く降りてカバンから拳銃を取り出すと、川の中に放り投げた。
この時代の川はドブ川だ。
橋の上に立っているだけで、ヘドロ臭がすごい――あの中に埋もれれば、まず見つかることはあるまい。
暗くなっている中――車に乗り込むと、再び走り始めた。
どこを走っているのか解らんが、大きな通りにぶつかれば、そこが環七だ。
助手席に座っているコノミに目をやる。
あの男がコノミの父親か確認しなかったが、そんなことはどうでもいい。
左手で彼女の頭をなでてやっていたのだが、俺の身体に異変が起きた。
「ううう……」
慌てて、車を止める。
激しいめまいが俺を襲う。
普通のめまいではなく、身体がどこからかに吸い込まれてバラバラになりそうな感じだ。
「なんだこりゃ!」
身体が少し光っているようだ――自分の両手を見る。
多分、昼間だったら異変に気づかなかったかもしれないが、辺りが暗いのではっきりと解る。
「うう……これはアレか?」
まさか、俺の身体が消えようとしている?
今までこんなことはなかった。
もしかして、さっき殺した奴らが、この時代の重要人物だったとか?
あまりに大きな歴史の歪みが生まれそうだから、この時代から弾き出されるのか?
結局、俺のやったことでピンチになって、せっかく築いたものから放り出されるのか?
――全部、自業自得ってやつだ。
しばらく、そのまま固まっていると症状は収まってきたが、このままじゃ家まで帰れないかもしれん。
どこか警察のある所まで行って、コノミを保護してもらわないと駄目だ。
俺が8○3者を殺ってしまったことで、彼女にまたつらい道を歩ませてしまうかもしれんが、あいつらは許せなかった。
それに生かしていれば、またコノミに災いをもたらす存在になったかもしれない。
「……くそ、駅を目指すか。駅前なら交番もある」
俺は再び車を運転すると、川越街道を下り始めた。
駅につくまで持ってくれよ。
願っていると、成増の看板が見えてきた。
「よし、成増の駅前だ!」
俺はハンドルを左に切った。
そのまま成増の駅前に進入して、車を止めた。
「ふう……ここまで、なんとか持ったか……う!」
また、あのめまいが俺を襲ってくる。
身体も光っているのが解る。
このままコノミと別れたのでは、彼女もなにが起きたかさっぱりと解らないだろう。
いや――俺はこのまま、ここから消えるべきなのか?
葛藤する――本当はしたいが、その時間もない。
俺は彼女を起こすことにした。
「コノミ! コノミ!」
この車はベンチシートだ。
彼女の近くにいって、両肩を掴むと揺さぶった。
「う、う~ん……」
反応があった。
「コノミ! コノミ起きなさい! 学校に遅刻するぞ!」
「……! 起きる!」
彼女が目を開けた――開けたのだが、突然のできごとに固まっている。
辺りをキョロキョロしている。
そりゃそうだろう。
わけがわからないはずだ。
「コノミ! お前をさらっていた悪いやつらは、俺が全部やっつけたからもう心配いらないぞ!」
「ショウイチ!」
状況を把握したのか、コノミが俺に抱きついてきた。
「うわぁぁぁぁん!」
怖かったのを思い出したのか、彼女は泣き始めてしまう。
「ごめんな、もっと早く助けてあげられればよかったな」
泣いて鼻を啜っている彼女の頭をなでてやる。
「でも……ショウイチが来てくれると思ってた……ぐすぐす……」
「どんなことがあっても、俺が助けてやるって約束したからな」
「うん」
駄目だ――徐々にめまいが酷くなり、次第に身体の感覚が薄くなってきているのが解る。
「コノミ、よく聞きなさい!」
彼女の両肩を掴んで、目を見つめた。
「うん」
「家の住所と、電話番号は言えるな?」
「うん!」
「俺は、このままここから消えてしまうかもしれない」
俺の言葉に驚いたコノミが、こちらを見つめている。
「……なんで?! なんで消えるの?!」
「ここからいなくなってしまうかもしれないんだ」
彼女が俺に思い切り抱きついてきた。
「やだよ! なんでショウイチいなくなるの!? いやだよ~! わぁぁぁん!」
コノミが、また泣き出してしまった。
髪を振り乱し、俺の身体に顔をグリグリしてくる。
彼女の涙やら鼻水でシャツがぐちゃぐちゃ。
俺だって彼女と別れたくはない。
微塵も血が繋がってない赤の他人同士が集まって、誰もが羨むような幸せ家族を演じていたじゃないか。
昭和にやって来てからのことがフラッシュバックする。
苦労してせっかく手に入れたものなのに。
俺も彼女の身体を抱きしめて、もらい泣きをするのだが、すでに感触がおかしい。
自分の身体が自分のものではなくなるような感覚。
「もう俺にはどうしようもできない」
「やだやだ! いやぁ! なんで、ショウイチいなくなるの!? いやだよおぉ!」
俺の身体はこの時代から消えつつあるようだ。
その証拠に、抱きついているコノミの体温も感触も徐々に薄れてきている。
「やっぱりだめだ。消えてしまう……」
「やだやだやだやだ! ショウイチ! いやだぁ!」
「俺が消えたら、交番に行って、ヒカルコに迎えに来てもらうんだぞ?」
「いやぁぁぁぁ! ショウイチ! いなくなっちゃやだぁぁぁ!」
視界がぼやけてきており、今まさに俺の身体が消えつつある。
「だめだ、消える――コノミ、ヒカルコの言うことを聞いてな」
「わぁぁぁん!」
「いい子にしていれば、またきっと! またきっと! 会えるから!」
「ショウイチィィ――」
「スマン、ヒカルコ! あとは頼む!」
――コノミの体温も感触も、髪のにおいも、その場から消えた。
次の瞬間、俺は薄暗いどこかの公園に立っていた。
辺りを見回すと、近代的なコーラの自販機が光っているのが見える。
コンクリの建物やマンションが建ち並び、公園の明かりは目に刺さるようなLEDの光。
少なくとも未来に飛ばされており、ここはすでに昭和ではないらしい。
「はぁ……」
またすべてをなくしてしまった俺は、その場にしゃがみこんで涙を拭った。





