156話 どこでつながったんだ
なにごともなく、順調な日々を送っていた。
コノミも元気に夏休みを謳歌していたのだが、朝に遊びにいったままお昼になっても帰ってこない。
こんなことは初めてだ。
お昼は俺が作ると言っていたので、彼女も楽しみにしていた。
それなのに帰ってこない。
連絡もなし。
この時代、電話がある家は少ない。
友だちの家で、突然お昼をご馳走になっても、連絡手段がない。
一応、そういうときがあっても、家に帰ってきてヒカルコに相談してから――という話はいつもしていた。
それなのに――。
俺は着替えると、家から飛び出した。
ヒカルコには家にいてもらい、連絡に備えている。
ちょっと遅れただけで、コノミが家に帰ってくるかもしれないしな。
家に帰ってきて、誰もいなかったら彼女も不安だろう。
まぁ、大家さんやフミ、A子もいるので、彼女らに留守番を頼んでもいいのだが。
闇雲にウロウロしても仕方ない。
やっぱり、真っ先に行くのはいつも遊んでいる野村さんの所だろう。
前の彼女の家は引っ越してしまったが、場所は聞いている。
5分ほど歩いて、野村さん宅を訪ねた。
訪れたのは、この時代にたくさん立てられた木造の住宅。
多分、中は2部屋とダイニングキッチンって感じだろう。
「こんにちは~」
「は~い!」
中から、野村さんと野村さんのお母さんが顔を出した。
コノミがいる感じではない。
いれば、真っ先に顔を出すはずだし。
「こんにちは――実は、ウチのコノミがお昼に帰ってきませんで……」
「え?! コノミちゃん、お昼だからって家に帰ったよ」
野村さんの言葉に俺は動揺した。
コノミが寄り道なんてするはずがない。
それはすなわち、彼女がなにかトラブルに巻き込まれたと同義だ。
「そ、そうですか。わかりました。どうもお騒がせいたしました……」
俺が帰ろうとすると、野村さんが声をかけてくれた。
「お昼を食べたら、私も捜してあげるから」
「ありがとう」
俺は、踵を返すと家に戻った。
「ただいま……」
「篠原さん! コノミちゃん、帰ってこないんですって?!」
家に大家さんがいた。
俺以上に慌てているが、こんな彼女を見たのは初めてだ。
「ええ、野村さんに聞いたら、お昼を食べるから家に帰ると言って別れたそうなんです」
「あら~どうしましょう?!」
「まさか、変な所を通って迷子になっているとか……」
彼女と最初に出会ったときも、迷子で行き倒れだったし。
「ありえないと思うけど」
ヒカルコの言葉だが、今のコノミにそれはないと思うんだが。
俺はしばらく考えて、頭に浮かんだ言葉を口にした。
「……警察に行くか?」
この時代の警察が、どれだけ信用できるのかも少々疑問だが……。
いよいよなれば藁にもすがるしかない。
「でも、大騒ぎして――ひょっこり帰ってきたりしたら、ご近所様にも迷惑だと思うし……」
昭和ってのは、とりあえず世間体を気にする。
大家さんの言うことにも一理ある――たしかにお昼に帰ってこないだけで大騒ぎするのも……。
だが、心配は心配だ。
もしかしたら――ってこともある。
「それじゃ、夕方まで帰ってこなかったら、警察に行くってことで……」
「そうねぇ……そうしましょうか……」
大家さんも心配そうだが、この段階で大騒ぎするのも早いような気がするし……。
「とりあえず俺は、コノミの写真を持って町内をぐるぐると回ってみるよ」
「私も行く!」
「それじゃ、大家さんは留守番をお願いできますか?」
「わかったわぁ。私の知り合いにも電話をかけて聞いてみるからぁ」
「お願いいたします」
俺は大家さんに頭を下げた。
俺は書斎からコノミの写真を持ち出すと、別宅のフミとA子の所にも行く。
「どうしたんですか?」「なにかあったんですか?」
「悪いが、コノミが帰ってこないんだ」
「え?!」「ええ?!」
「町内をぐるぐる回って捜してみてくれないか?」
「「わかりました」」
人手はほしいが、八重樫君や矢沢さんの所は忙しいだろう――迷惑はかけられん。
皆がコノミが行きそうな場所を捜して回る。
公園、細い路地などは、子どもが好きそうだ。
秘密基地の近くを流れている川の縁も、ずっと歩いてみた。
こんなゴミとヘドロのドブ川だが、意外と子どもたちがいる。
半ズボンにボロボロのシャツ、坊主頭のガキが多い。
どうやら、川に浮かんでいる瓶に向かって石を投げて遊んでいるようだ。
コノミの写真を見せて、聞いてみた。
「知らない」「見たことない」
ここらへんは学区が違うのだろう。
見たことがない子どもばかりだ。
「そうか、ありがとう」
そのまま歩いてみたが、これだと新宿方面に行ってしまう。
いくらなんでも、子どもの行動半径を超えている。
そのまま通りに出ると、いつもの商店街に行ってみた。
もしかして、本屋にいるかもしれない。
いつも本を買っている店主は、顔見知りだ。
コノミの顔も知っている。
「いや、今日は来てないねぇ」
「スマンね」
外に出ると、フミに会った。
「いたか?」
「いいえ」
「そうか――やっぱり学校のほうかな? 俺は学校に行ってみる。フミは駅前に行ってみてくれ」
「わかりました」
まさか、1人でデパートってことはないだろうが……。
「駅前にデパートがあるんだが、屋上に遊ぶ所がある」
「ああ、子どもって、そういう所が好きそうですねぇ」
「あんな所には行かねぇと思うが……」
「いえ、行ってみます」
「悪いな――帰りはタクシーを使ってもいいぞ」
「いいえ! 大丈夫ですよ」
駅前方面はフミに頼んで、俺は学校の方面に向かった。
途中、ヒカルコに会ったが、いなかったそうだ。
彼女は、俺がやって来たのと反対方向に進んだ。
路地を歩いて学校に到着したが……。
「行ったことがない、学校の反対側に行ってみるか……」
いつもは、学校と自宅の間を行ったり来たりしているわけだが、学校を挟んで向こう側に行くわけだ。
俺も行ったことがないので、迷子になりそうだが、大丈夫か。
道行く人に、コノミの写真を見せて尋ねてみるが、反応はなし。
「ふう……」
暑い中、歩き回っているので、汗だくだ。
途中に見つけた駄菓子屋で、サイダーを買って飲む。
塩分もいるだろうから、塩味のお菓子を買った。
駄菓子屋の店番をしている婆さんにも、コノミの写真を見せた。
「この辺じゃ、見かけない子だねぇ」
やっぱり、この辺には来たことがないのか。
そうだなぁ――ガキ大将どもと違って、あまり活動的なタイプじゃないしなぁ。
家にいて、本を読んでいるのが多い子だし……。
「ありがとう」
サイダーの瓶を返した。
そのままぐるぐると辺りを回っていると、日が傾いてくる。
「ふう……」
通りに出ると交番がある。
一応、話してみるか――。
「あの~」
俺は交番の前で立番をしている警官に話しかけた。
「なんだね?」
「娘が帰ってこないんですが……」
「帰ってこないって、いつから?」
「朝出かけて、昼飯どきにも戻ってこなくて」
「ははは、子どもが飯も食わずに遊ぶのは普通だろう。そうだな――夜になっても帰ってこなかったら、もう一度来なさい」
「はぁ……」
まともにとりあってくれない。
やっぱり昭和の警察だ、こういう反応か。
俺はため息をつくと、再び学校に戻ってきた。
グランドで遊んでいる子どもたちがたくさんいたので、コノミの写真を見せて聞いてみた。
「知らない」「見てない」「わかんない」
皆そっけない返事だが――。
「あ、その子知ってる!」
3年か4年生ぐらいの男の子が手を挙げた。
「知ってる?! 今日、どこかで見たのか?!」
「うん」
男の子の所にいって、しゃがみ込む。
「どこだ?!」
「この近くで車に乗っていたよ」
「車?! どんな車だ?!」
「う~ん、黒くて大きい車」
「大きいって、トラックとかそういうのじゃないのか?」
「違うよ」
黒くてデカいといえば、ク◯ウンか。
「タクシーみたいな車か?」
「そう!」
俺はその言葉を聞いて、めまいを起こしてその場に倒れそうになった。
コノミが車に乗るなんてありえない。
俺の脳裏には、昔聞いた話がフラッシュバックした。
親が病気で倒れたといって学校に迎えがやってきて、それで誘拐された――という話だ。
「その車、どんなやつが乗っていた?」
「う~ん、背の小さいおじさんと、すごく大きな人」
「どんな格好だった?」
「う~ん、会社に行っているお父さんみたいな……」
「背広か?」
「う~ん?」
小学生の答えだ、どうにも的を射ない。
スーツで、黒いク◯ウンってのは間違いないらしい。
俺は、子どもたちに礼を言うと、慌てて家に戻った。
居間には、ヒカルコと大家さん、フミとA子が帰っていた。
「ショウイチ、みんな戻ってきたけど、いなかったって……」
「ガキの1人が、コノミが車に乗るのを見たと言っていた」
皆に、学校で聞いたことを話した。
「な、なんてことなのぉ……」
大家さんも絶句している。
「……そ、それって、誘拐……?」
話を聞いたヒカルコが、フラフラして倒れそうになっているので、支えてやる。
「そうかもしれん……」
「け、警察?! 電話?!」
「そうよ篠原さん、これは警察に電話したほうが……」
「……」
定石では警察なんだろうが……。
なにが目的だ? 金か?
金が目的なら、払ってやればいい。
家を買ったりしていたので、金持ちだと目をつけられたんだろうか?
確かに――こんな時代にいるのに、用心が足りなかったと思うが――。
一応、知らない人にはついていっちゃいけない。
――などという定番の注意はしてあったが、俺の名前を出されたので、車に乗ってしまったのかもしれない。
俺はしばらく、考えを巡らせていた。
なにか引っかかる……。
「みんな、俺に任せてもらえるか?」
「いいけど……」「もちろんだけど、篠原さんどうするの?」
「……まずは、相手の出方を見る。なにが目的なのか解らん。金が欲しいなら払ってやればいい」
「そりゃ、コノミちゃんの身が一番大事だけど……」
大家さんも顔を青くして、いまにも倒れそうだ。
「う~ん……」
行き当たりばったりの、場当たり的な犯行か。
それとも、用意周到に練られた計画か。
正直、俺も考えがまとまらない。
この状態でバタバタと動いても、いい結果にならないような気がする。
どうも刑事ドラマのシーンがチラチラするのだが、あれは作り話だ。
実際に誘拐事件がどう展開するかなんて、当たり前だが経験したことがない。
「ショウイチがそう言うなら……」
ヒカルコが、心配そうに俺に抱きつく。
「俺だってコノミが心配だ」
「うん」
「敵は背広を着て、ク◯ウンに乗っていたらしいんです。そこら辺のチンピラや、無宿者じゃない」
「それじゃ、8○3とか……?」
大家さんがつぶやいた。
「その可能性はありますね。そんな奴らが、ウチを調べてわざわざコノミを狙ったんだ。なにか目的があるはず」
くそ――どこで、8○3なんかと繋がったんだ。
ただの金目的で、8○3が誘拐なんてするか?
なにか、目的があるはずだ。
もしかして――俺の持ってる特許か?
特許を取られた企業が、8○3を使ってクンロク入れにやってきたのか?
それなら、特許を放棄すればいい。
交渉の余地がある。
そういう連中なら、入念な下調べもしているはずで、ウチの電話番号も当然知っているだろう。
そのうち接触してくるに違いない。
徐々に思考がまとまってきた。
やはり、相手の出方を見てから、交渉の一手だな。
どうも単純な金目的ではない気がする。
「「「……」」」
皆で顔を見合わせて沈黙していると――廊下の電話が鳴った。
「ショウイチ! どうしよう……」
ヒカルコがオロオロしている。
もしかしたら、コノミをさらった犯人かもしれない。
「大丈夫、俺が出る」
「篠原さん!」
大家さんも心配しているのだが――俺は廊下に出て、深呼吸をしてから受話器を取った。
「はい、篠原未来科学です」
緊張していたが、なんとか声を絞り出した。
少々震えていたかもしれない。
『篠原ショウイチさんいるかい?』
30歳ぐらいの男の声だ。
「はい、私ですが……」
『渡良瀬コノミを預かっている』
やっぱり、コノミは誘拐されていた。
緊張で震えていたのに、一気に心に火が点いた俺だが、電話口から聞こえてきた言葉に混乱した。
相手は、篠原コノミではなく、「渡良瀬コノミ」と、彼女の本名を口にしたからだ。
向こうは、コノミの素性を知っている。
「お前は誰だ?! コノミをどうするつもりだ?!」
『どうもしねぇ――そちらの持っているものを、渡してくれればいい』
「持っているもの? 金か?!」
『金なんていらねぇ、ははは』
敵が欲しがっているのは、なんだ?
意味が解らん。
「なにが欲しいんだ! はっきりと言え!」
ヒカルコがドアからこちらを見ているので、そのままでいるように合図をした。
『マキが持っていた、音や絵が出るガラスの板だ』
「マキ? マキとは?」
『預かっているガキの母親だ』
こいつらは、コノミの母親のことも知っている。
そういえば、そんな名前だったような……もしかして――コノミの母親が、昭和にやって来て絡んだやつらか……?
なんで今さら……。
「なんで、ここにあることを知っているんだ?」
『なんでもいいだろ? 渡すのか? 渡さねぇのか?』
俺は、状況を整理するためにしばし考えた。
「……渡すのはいいが、あの板は動かないぞ? それは知っているんだろ?」
コノミと母親が住んでいたらしい家には、充電器がなかった。
俺と違って、昭和に持ってきたスマホはすぐにバッテリー切れで使えなくなったはずだ。
充電器があって使えるなら、色々と役に立つ。
子どもの玩具にはさせないだろう。
もちろん、これは推測に過ぎないし、相手に対するカマかけでもある。
『……ち、それはこちらでなんとかする』
これからなんとかするということは、その方法が今の段階では解っていない――と、いうことだ。
それなら交渉に使える。
「渡してもいいが! 俺が直接そちらに行って、コノミと引き換えだ! それじゃないと渡さんし、そのまま警察に連絡する」
『そんなことをすれば、ガキの命はねぇぞ?』
「取引だ! 俺は、お前が欲しがっている板を動かす方法を知っている。そちらに行って、直接板を渡して動かしかたを教える! そして俺がコノミを引き取る! それが条件だ」
『…………』
どうやら敵は、俺の出した提案に悩んでいるようだ。
「どうした?!」
『本当に動かしかたを知っているのか?』
「ああ」
『……ち、しょうがねぇ……』
「それじゃ、こちらも準備をする。どうやって合流すればいい?」
『迎えをやる』
「それじゃ、国鉄の駅前にデパートがあるのを知っているか?」
『……ああ』
「デパートの前に、タオルを頭に乗せたオッサンが待ってる」
『……わかった、タオルを頭にだな』
「ああ、今からでいいのか?」
『早いほうがいいだろ』
「おい! コノミの声を聞かせろ!」
電話が切られた。
「くそ!」
俺は叩きつけるように受話器を置いた。
他にも聞きたいことがあったのに。
なぜ、コノミの母親のことまで知っているんだ。
母親は、奴らから逃げていたのか?
「ショウイチ……?」
ヒカルコが心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ。俺が、やつらと交渉して、なんとかする」
「篠原さん! 無茶よ! それに板ってなに?」
大家さんの言うことももっともだが、質問に答えることはできねぇ。
奴らが欲しがっているのは、コノミが持っていたスマホだ。
あれがなにか知っているのだ。
手にいれれば、金になると思っているのだろう。
そりゃ、大金を稼げるのかもしれないなら、はした金なんていらんわな。
バッテリー切れになっているのに、どうやって動かすのか解らんが。
「大家さん、明日の夜になっても帰ってこなかったら、警察に連絡をしてください」
どこにいるのかもわからんのに、警察に言ってもどうしようもないと思うがな。
刑事ドラマのような逆探があるかどうかも解らんし。
「篠原さん!」「ショウイチ!」
「いいから、心配するな。コノミは俺が連れて帰ってくるから!」
時間がない。
早速準備をする。
まずは、コノミが持っているスマホだ。
彼女の部屋に入ると、宝箱を開けた。
悪いが、非常事態だ。
俺が彼女に買ってあげたアクセサリーやら、色々なものが入っている。
いつぞや買ったプリズムもある。
俺はそれを見て、改めて気合を入れた。
「絶対に俺が助けてやるからな!」
コノミの宝物を取り出すと、一番底に目当てのスマホが入っていた。
当然、充電していないので動かないだろうし、充電している時間もない。
それに、俺が試しに動かしてから結構時間がたっている。
もう動かないかもしれない。
これじゃ交渉に使えないだろう。
俺は、コノミのスマホを持って、渡り廊下から別宅に向かった。
2階に上がると、作業部屋に入る。
ここはフミがしばらく使っていたが、今は増築が済んでそちらに引っ越した。
鍵のかかった小部屋を開けて、中に入る。
目当ては、ここに置いてある金庫だ。
ダイヤルを回すと、金庫を開け、中に置いてあったスマホを取り出した。
こいつは、たまに俺が使っていたから、まだ電池が残っている。
交渉に使えるだろう。
一応、充電器も持っていくか。
カバンを用意すると、スマホやその他を突っ込む。
それだけではない。
俺は覚悟を決めて、金庫の中のものを取り出した。
「こいつの出番がついに来たか……」
旧日本軍の14年式拳銃である。
婆さんから買ったバラックで見つけたときには、油紙で巻かれていてベタベタだったが、きちんと手入れをして動くようになっている。
ずっしりとした鉄の塊。
人を殺すための道具だが、こんなに心強いものはない。
色々と整備はしたが、発射テストはしていない。
残っている弾は7発である。
終戦から20年もたっているし、発火するかどうかも不明だが、いよいよの場面で使うしかない。
弾は出なくても、脅しぐらいには使えるだろう。
薬室が空なのを確認してから、後部のボルトを引っ張る。
ボルトが飛び出したままで固定されるから、弾倉を引き抜いた。
この拳銃はボルトストップのリリースレバーがない。
ボルトが戻るので、引き金を引く。
拳銃から小さな音がする――しっかりと動作している。
俺は、拳銃の弾倉に弾を込め始めた。
7発全部入れてから、再びボルトを引っ張って、一発装填。
左側についている安全装置を半回転させる。
これで安全装置を再び回せば即時発射可能な状態になった。
正直、こんな拳銃で装弾したまま持ち歩くなんてしたくないのだが、こうしないと咄嗟のときに発射に間に合わない可能性がある。
「南無三……」
無神論者だが、願うしかない。
苦しい時の神頼み。
神様に許してもらおう。
俺は、弾を込めた拳銃をカバンの中に入れた。
これで準備完了だ。
俺は戻ってこれないかもしれないので、金庫は開けっ放しにしておく。
なにかあってもそちらのほうがいいだろう。
「あとは――風呂場でタオルだな」
2階から降りると、渡り廊下で自宅に戻った。
風呂場からタオルを拝借。
カバンに入れた。
「ショウイチ……」
ヒカルコが廊下で心配そうにしているので、抱いて頭をなでてやる。
「大丈夫! 俺に任せろ」
「うん……」
「篠原さん」
大家さんも心配しているのだが、なるようにしかならん。
「大家さんも抱っこしますか?」
「もう! 冗談言っている場合じゃないのよ!」
俺の冗談に彼女が口を尖らせた。
皆が心配するまでもなく、電話口の感じからすると話が通じる相手のように思えた。
本当に、スマホが欲しいだけなのかもしれない。
それでも疑問はある。
やつらが、どうやって俺にたどり着いたかだ。
やつら、コノミの母親、コノミ、俺、どこでどう繋がったのだろう。
それに、コノミを保護してから結構な時間がたっている。
今まで接触がなかったのに、なぜ今になって。
解らないことだらけだが――やつらに聞けばいいか。
教えてくれるか、解らんけどな。
「それじゃ行ってくる」
「ショウイチ……」
「そんな心配そうな顔をするな。やつらの欲しいものは解った。それを渡せばいい」
「うん」
みんな空気を読んでくれているのか、「奴らの欲しがっているもの」については、聞いてこない。
俺も口に出してないから、解ってくれているのだろう。
俺は、外に出た。
すぐに接触してスマホを渡せば、今日中に帰れるだろう。
相手が帰してくれるかだが――そのときには、カバンに入っているものが火を噴く。
躊躇をするつもりはねぇ。
相打ちになってもいい、コノミが助かればいいんだ。
通りに出ると、タクシーを捕まえた。
後部座席に乗り込むと、国鉄の駅前に向かう。
ガード下で降りて、駅前にあるデパートに到着。
頭にカバンから出したタオルを乗せた。
珍妙だが、わかりやすいだろう。
これなら、一目で変なオッサンだと解る。
「さて、どのぐらいでやってくるかだな……」
そんなに近くにはいないだろう。
すくなくとも都内ではないな。
それでも、都内に近くて人目が少ないところ――埼玉だろうか。
この時代、関東でも23区を外れると、畑や田んぼが広がっている。
都内でも練馬辺りは畑だらけだ。
もしかしたら、成増辺りかもな。
それにしても、どうしてこうなった。
俺が歴史を変えるような好き勝手やってたせいか?
美人母娘の弱みを握って、親子丼などとヒャッハーしていたせいか?
――などと考えながら、40分ほど待っていると、黒塗りのク◯ウンがやってきた。
タクシーではない。
降りてきたのは、中折れ帽を被って縞柄のスーツを着た大男。
キョロキョロと辺りを見回している。
警察がいたりしないか確認しているのかもしれないが、あまり知的そうには見えん。
ゴリラみたいな男だ。
ここに警察がいて、こいつを捕まえたとしても、こんなやつは下っ端だろう。
使いが帰ってこないと解れば、コノミの命の危険がある。
そんな手は使えん。
そういえば、コノミが車に乗ったのを見たというガキは、大男がいた――と、言っていた。
それがこいつかもしれないな。
俺は、そいつに解るように、手を挙げた。





