141話 来ちゃったかぁ~
8月になり、再び特許料や著作権料が入金された。
これらのよい点は、売上が続くかぎり入金が継続されるところだろう。
実用新案は10年、特許料は20年という期限はあるのだが。
本は増刷すればその分が入ってくるし、レコードもそうだ。
多分ヒット曲になれば、未来にカバーやリメイクになっても金が入ってくるはず。
本の著作権は70年だっけ? まぁ、死ぬまで少しずつでも入ってくるかもしれない。
俺の本命は、それらを元金にして投資や投機で稼ぐことなんだけどな。
金も入ったので、株の買い足しなどをしていると、第2秘密基地が完成した。
暗い倉庫の中に佇む、背の高い4畳半の部屋である。
真夏でも天井が高いと熱が籠らない。
夏のお寺に入ったことがあるだろうか?
ひんやりしてとても涼しいのだが、あれは天井が高いせいだと思っている。
扉を開けて中に入ってみると、すでに床にはベッドが置かれて、天井からは蛍光灯が吊り下げられている。
小さな棚とゴミ箱、壁には小さな黒板。
黒板は、道端に捨てられていたものを拾ってきたものである。
どこかの商店で使われていたものだろうか。
俺の思っているとおりの部屋に仕上がった。
前の秘密基地に置いてあった玩具なども、こちらにすでに持ち込んである。
「いや~ありがとう。これ、残金の10万円と、ご祝儀で1万追加してあるから」
「ありがとうございまっす!」
「知り合いの妊婦さんを運んだりして、世話になったしな」
「あれは仕方ないっすよ。自分もいい経験になったっす」
「結婚して子どもができたときの予行演習だな」
「ははは……」
この若い大工には世話になったし、中々腕もいいと思う。
なにか細工ごとがあれば、頼むことにしよう。
さて、せっかく秘密の部屋ができたんだから、一発やってみるか。
――と、いうわけで、小桜を第2秘密基地まで引っ張ってきた。
こいつからは儲けを回収できてねぇからな。
人の儲け話に乗っかっているなら少しは遠慮すべきなのだろうが、こいつにはまったくそれがなかった。
そうなれば、こっちも遠慮する必要がないってことだ。
「なんですか? ここ!」
彼女がボロい倉庫の前に立っている。
倉庫の外側は直してもらってないし、そのままだ。
まぁ使うこともないだろうし。
本当に倉庫として使うことができたら、そのときに直しても遅くない。
「秘密の場所だよ。中に入ってみろ」
「……」
俺に引っ張られて、彼女が倉庫の中に入った。
「倉庫の中に部屋?」
「まぁな」
アルミのドアを開けると、小桜を押し込んでベッドに押し倒した。
「わざわざ、そのためにこんな場所を用意したんですか?!」
「まぁな。前に行ったアパートの連れ込み部屋だと、声とか色々と心配だろ? あそこのオッサンもなにを考えているのか不気味だったし」
「馬鹿じゃないんですか?!」
「他の奴らには内緒な? あ、モモには言ってもいいぞ。多分、ここに来るだろうし」
「本当に馬鹿ですよね?!」
「いいから尻を出せ!」
「ぎゃー! このスケベ! 変態!」
まぁ、ここまで来て止めるつもりはない。
「ははは、ここは周りから離れているし、二重構造になっているから声は漏れねぇ。お前が儲けた分を少しでも回収しないとな」
「この守銭奴!」
「なんとでも言え、ははは」
それから1時間ほど、小桜とたっぷりとゴニョゴニョした。
それはいいが――色々とやったから随分とシーツが汚れちまったなぁ。
こういうのはすぐに洗濯をしたほうがいいんだろうが、これ専用の担当を雇うわけにはいかねぇし。
未来ならドラム式の洗濯乾燥機があれば、突っ込んでスイッチポンなんだが。
小桜やモモは、仕事を真面目にやっているから、変な仕事を押し付けるのもなぁ。
だいたい、今の雇い主は八重樫君だし。
なにかいい方法は、ねぇかなぁ……。
秘密基地で楽しんだあと、家に帰って来た。
コーヒーを飲みつつ、ウチにあるレコードプレーヤーでムサシの主題歌を聞く。
「うんうん」
やっぱりいいな。
未来じゃ大人がアニソンを聞くのも普通になっていたのだが、この時代は完全に子どものものだ。
その証拠に、この手のレコードは、ジャンルが「童謡」になっている。
少年少女合唱団がメインだったり、子どものコーラスが入っていたり。
作っているほうも童謡を意識しているのだろう。
そこに金銭的な理由も絡んでくる。
レコードってのは贅沢品ってことで、15%の物品税がかかるのだが、子ども用の童謡にすると、それがいらないのだ。
もうちょっと時代が進むと、「たいやきの歌」がミリオンセラーになるのだが、それも童謡のジャンルで販売された。
大ヒットしたのに、物品税を取れない国税と揉めたりしてというのを、ネット記事で読んだ気がする。
「この歌は童謡だから非課税だ! 童謡だという証拠に塗り絵もついている」VS「いや、これは童謡じゃない! 体制を批判した歌謡曲だから、物品税を払え!」
――の対決だ。
最後まで読んでなかったので、結末はどうなったか知らないが、たいやきの歌を体制批判の歌謡曲と言い張るのは、いくらなんでも言いがかりが過ぎるのではなかろうか。
まぁ、200万枚ぐらい売れたという話だから、そりゃいちゃもんつけてでも税金取りたいよな。
そんな漫画やアニメの主題歌は子どものものって時代に、ムサシのレコードは普通の歌謡曲として発売されて、しっかりと売れた。
この事態に、他のレコードメーカーも考えを変えてくるかもしれない。
------◇◇◇------
――第2秘密基地が稼働し始めた。
今のところ、利用しているのは小桜とモモだけだけどな。
ヒカルコは家でやればいいし。
まぁ、モモのアパートでやればいいのかもしれないが、そういうことをしていると大家さんの耳にも入るだろうし。
そうなれば、ヒカルコの耳にも入る。
おそらく知ってはいるだろうが、あからさまにやられればいい顔はしないだろう。
その前に、俺がそういうことを止めればいいんだけどな。
フヒヒ、サーセン。
第2秘密基地から少々遅れて、建設中だった別宅も完成した。
すぐに大家さんの引っ越しが始まったのだが、本当にやるんだな……。
いや、家の建築費まで半分出したのだから、当たり前っていえば当たり前なんだが。
引っ越しも俺の出番はなく――大家さんの一声で、どこからか男たちが集まってきてあっという間に作業も完了した。
それに持ってきた荷物も一部屋分だけ。
元々俺の作業スペースとして建築するつもりだったのだから、小さい家なのは当然だ。
大家さんの部屋は8畳で、廊下に台所がある昔ながらのアパートタイプ。
俺の部屋は2階で8畳、トイレは共同で1つだが、ほぼ大家さん専用で、多分俺はあまり使わないだろう。
その他、変わったところでは、6畳の仏間がある。
そこに第1秘密基地にあった仏壇と、大家さんが持ってきた仏壇が並んでいる。
一応、大家さんの知り合いのお寺さんにお願いして、魂抜き→移動→魂入れ――という、手続きを踏んだ。
そのうち、俺の家の仏壇も置かれることだろう。
仏間には仏壇が3つ並ぶことになるなぁ。
もう本格的に納骨堂にしたほうがよくないか?
まぁそうなると、色々な各種手続きが必要になるだろうから、難しいとは思うが。
俺の家と別宅は、渡り廊下で繋がっており、天候に左右されず行き来できる。
トイレは別だが、お風呂はウチに入りにくる予定だ。
俺もヒカルコもコノミも、それでいいのだが、本当に彼女はそれでいいのだろうか?
多分、いいんだろうなぁ……。
「ふ~、あっという間に終わったわぁ……」
引っ越しが終わり、大家さんが汗を拭っている。
まだまだ暑いからな。
「でも、本当によかったんですか?」
「なにがぁ?」
「持っていた家財道具もほとんど処分されてしまったでしょう?」
デカいトラックがやってきて、家財道具を山のように積み―― 一山いくらで売ってしまった。
家電などは、ムサシプロで使ってもらい、TVだけ持ってきたようだが。
もう本当に必要なものだけを厳選して、引っ越したという感じ。
未来でいうところの断捨離――というやつだろうか。
「もう要らないのよぉ。私1人しかいないのに、あんな大きな家も沢山の荷物もね」
まぁ、娘さんも帰ってくるつもりもないみたいだしなぁ。
彼女は、ウチの別宅の件がなくても、そのうち自分のアパートの一室に引っ越すつもりだったらしい。
それが、少々早まってウチにやってきた――ということのようだ。
大家さんがいなくなったあの家は、上も下もムサシプロダクションとして使用するようだ。
2階は作画ルームで、1階は小桜やモモがいる事務所と、仮眠ルーム。
台所も使えるし、風呂もある。
最高じゃないか。
この前、新しい秘密基地でゴニョゴニョした、その小桜だが、しっかりと仕事をこなしているという。
どうにも心配だったのだが、八重樫君の目は確かのようだな。
俺みたいな変なオッサンとも、人生を賭けたつき合いをしているしな。
おっとりしているのか、根性が据わっているのか。
よく解らんところがあるのだが、己の人生を勝ち取る力を持っているのは確かだろう。
その先生が、編集の女の子といい関係になって、小桜はどうするかな?
それが少々心配だ。
一番最初に、好みじゃないとちゃんと伝えてあるし、もう諦めて踏ん切りもついていると思うのだが。
金を持って逃げたりしないよなぁ……。
一応キャリア志向でもあるみたいだし、頭もいいはず。
せっかく掴んだ仕事でもあるし、自分から人生を棒に振るようなことはないと思うのだが……。
ここから逃げて、なにか仕事があるかと言えば、そうでもない。
そもそも、詐欺みたいなことをやって、お天道様の下を歩けないような感じだし。
それでも、あまり悲壮感がないのは、図太いのか、それともアホなのか。
大家さんの引っ越しのついでに、第1秘密基地に置いてあった金庫を運んでもらった。
3人がかりで、別宅の2階に設置してもらう。
わざわざ秘密基地の小屋にコンクリまで打って、金庫を置く場所を作ったのに、もう移動だ。
まぁ、まさか別宅を作るのに、大家さんまで乗ってくるとは思わなかったし。
秘密基地に置いてあった写真の道具なども、すべて引っ越す。
俺が持っていた銃は、金庫の中。
軍刀は、夜の間にひっそりと別宅に持ち込んだ。
今度の部屋は暗室も完備しているし、完全な趣味のための俺の城だ。
そして役目が終了した、いままでの秘密基地は、そのまま解体されることになる。
家を譲ってくれた婆さんには悪いけど、バラックなのでいずれは解体することになったはず。
建物を解体した跡地には、相原さんと矢沢さんのスタジオが立つ予定だ。
いやまぁ、それはいいのだが、本気なのだろうか?
実際、相原さんは自宅を売ってしまうようだしなぁ……。
今年も盆がやってきて、盆踊りに行ったりした。
――別宅が完成した、そんなある日。
皆で朝飯を食べたあと、俺は残った荷物を運ぶために秘密基地に向かったのだが――。
戸の前に誰か座り込んでいるのに気がついた。
なんだかボロボロの格好をした髪の長い女性が、体育座りをして顔を伏せている。
寝ているのだろうか?
「行き倒れか?」
この時代、行き場所がなくなる――なんてことは、まぁある。
それでも景気はいいので、仕事を選ばなきゃなんとかなるはずだと思う。
俺が最初に住んでいた、ああいう場所を利用する手もあるしな。
まぁ、そんなことはいい。
とりあえず、どかさないと――俺は女に話かけた。
「おい、そこにいられると、家に入れないんだが?」
俺の言葉に、女が顔を上げた。
「!」
「ん?」
随分と汚れているようだが、パッと明るくなった女の顔に、なんだか見覚えがあるような……。
「篠原さん!」
彼女が俺に抱きついてきたのだが、顔だけじゃなく、その声にも聞き覚えがあった。
「は? ……もしかして、隣にいた奥さんかい?」
「はい、藤原です!」
「なんでここに? 旦那さんの会社が潰れて、夜逃げしたって聞いたけど……?」
「は、はい……そうです……」
隣の奥さんだっていうのは解ったが、抱きつかれて、かなりにおいがする。
すえた酸っぱいにおいが俺の鼻に漂ってくるし。
「ああ、わかったから、ちょっと離れてくれないか?」
「ご、ごめんなさい……」
離れた彼女だが、本当にボロボロだ。
いや――元は結構いい服だったのだろうが、着の身着のままで、なんとかここまでたどり着いたって感じ。
当然、化粧もしておらずすっぴんだし、風呂にもしばらく入ってないように思える。
それぐらいににおう。
相手は女性なので、それを口に出しては言わないけどな。
「旦那さんは?」
「……」
俺の言葉に、彼女は下を向いてしまった。
「まぁ、とりあえず話を聞くよ。まんざら知らない仲でもないわけだし」
「……あ、ありがとうございます……ううう」
彼女が泣き出してしまったのだが、俺は隣の白い家を指した。
「あなたが夜逃げしたあと、銀行に差し押さえを食らってずっと売家だったんだけど、俺が買ったんですよね」
「……え?! そうなんですか?!」
「ええ、なので今は俺の家です」
彼女を連れて、自宅に向かう。
「隣に家が……」
「そっちは、俺の別宅ですよ。仕事部屋などに使う予定です。1階には知り合いが住んでますが……」
俺は、彼女を家の中に招き入れた。
「ああ……ずっとこの家に住んでいたのに……」
家の中を見た彼女が、また泣き出してしまう。
自分が住んでいた家から追い出されて、他人に買われてしまったのだから、心中は察する。
「だれ?」
俺が戻ってきたと思ってヒカルコが出てきたのだが、女を見て不満気な顔をしている。
「昔の知り合いだ。風呂に入れてやりたい。それと洗濯だな」
「……」
「申し訳ございません。ご迷惑なのは重々承知しております」
彼女が深々とお辞儀をしたのを見て、ヒカルコが黙って居間に戻った。
勝手にしろ――ということだろう。
女を拾ってくるのはいつものことだしな。
まぁ、しゃーないが、俺だって好きで拾っているわけじゃないぞ?
奥さんを洗濯機の前に連れていくと、服を脱がせた。
「シルクとかそういうのじゃないか?」
「大丈夫です……あ、あの……」
彼女が恥ずかしがっているのだが、今更って感じだ。
「ちょっと待ってな」
俺の書斎から、シャツを持ってくると彼女に渡した。
「……」
「とりあえず、着るものがないんだ。シャツと下はタオルで我慢してくれ」
「は、はい……」
「風呂が沸くまで客間に居てくれ。玄関入って左だ」
前の家の持ち主であるが、部屋の使い方は以前と違うかもしれん。
「は、はい」
それにしても――ブラもしてないしなぁ。
以前よりかなり痩せたように見える。
やっぱり、身なりのとおり、かなり苦労したんだろう。
風呂場に行くと、水を張った。
「30分ぐらいで沸くだろう」
「あ、あの……本当にありがとうございます」
「まぁいいよ」
「あの……」
彼女がなんだかモジモジしている。
「なんだ? 便所か? それとも腹が減ってるのか?」
「え? あの……」
そのとき、彼女の腹が鳴った。
「なんだ、腹か」
「……」
彼女の顔が真っ赤になった。
本当に育ちのよさが出てるし、いいところのお嬢さんなんだよなぁ。
経験したこともないような生活になって、さぞかし苦労しただろう。
実家は駄目だったんだろうか?
それはあとで聞くことにしよう。
「ああ、わかったわかった」
俺が彼女を置いて台所に行こうとすると、引き止められた。
「あの……」
「ん? なんだ?」
「さっきの女の方って……」
「一応、内縁だよ」
「そうですか……」
彼女が少し残念そうな顔をしたように見えた。
まぁ、ヒカルコと出会う前なら、彼女と一緒に暮らす未来もあった――のかなぁ?
だって彼女は人妻だしなぁ。
不倫はアカン――と、いいつつ俺はやってしまったが。
そりゃ、目の前に美味しそうな女がいたら、そりゃもうやるっきゃないぜ。
奥さんを客間に連れていくと、俺は台所で食事の準備を始めた。
ヒカルコに用意してくれと言ったら、もっとへそを曲げるかもしれん。
俺が拾ってきたんだから、俺が面倒をみなくてはならないだろうし。
飯は朝炊いたものがあるなら、おにぎりにするかぁ。
食材を探すと――ネギがあった。
鰹節も削ったものがあるから――。
「よし――おにぎりの具は、ネギ味噌オカカだな」
とりあえずネギを刻む。
味噌とみりんとごま油、鰹節を合わせて混ぜる。
それをフライパンで炒めて水分を飛ばしたら完成――簡単だ。
ニンニクやらショウガがあっても美味いと思うが、手元にないからこれでいいだろう。
あと、朝に食べた味噌汁も少々残っているし、メニューは決まったな。
ネギ味噌ができたので、おにぎりを握っていると、ヒカルコがやってきた。
「!」
なにを思ったのか、俺の肩をパンチしてくる。
「あいたた――なんだよ! お前が作りたくないと思っているから、俺がやっているのに」
「私に、そんなの作ったことないのに!」
「ええ? ヒカルコが忙しいときに、食事の準備をしてやってるだろ?」
「そんなの作ってもらったことないし!」
彼女が言ってるのは、ネギ味噌おにぎりのことらしい。
そういえば、作るのは初めてか。
なんだよ面倒クセェ。
「ほら! それじゃ、お前が一番最初に食えばいいだろ?」
俺はでき上がったネギ味噌オカカのおにぎりの一つを、ヒカルコに押し付けた。
しょうがないので、もう1個作ることにしたのだが、おにぎりを握っているとコノミが2階からやってきた。
「あ~、なにか食べてる!」
「お客さんが来たから、おにぎりを作ったんだよ」
「コノミも食べる……」
「さっき、朝にご飯食べただろ?」
「食べる……」
ブルータスお前もか。
「それじゃ、ヒカルコのやつを半分もらいな」
「うん」
ヒカルコも朝飯食ったし、そんなに入らんだろう。
彼女も、素直におにぎりを半分にして、コノミに渡した。
一応これで、ヒカルコとコノミが一番に食べたことになるはずだが?
「美味しい!」
コノミも、ネギ味噌オカカを気に入ったようだ。
「そうか、それじゃまた作ってやるよ」
「本当?!」
「ああ」
俺はむくれているヒカルコをよそに、トレイにおにぎりと味噌汁、そして大家さんからもらった沢庵を添えて、客間に向かった。
戸を開けると、俺のシャツを着た奥さんが居心地悪そうに座っていた。
「こんなのしかないが、食べてくれ」
「……ありがとうございます」
彼女は申し訳なさそうに礼をすると、すぐにおにぎりを食べ始めた。
「ははは、俺が作ったから口に合えばいいけどな」
「はぐはぐっ!」
俺の話を聞いているのか、聞いていないのか、奥さんはすごい勢いでおにぎりを食べ始めた。
よほど腹が減っていたのだろうか?
「ちょっと、そんなにいきなり食べて大丈夫か?」
「はぐはぐ……んぐ!」
どうやら喉が詰まったらしい。
彼女が慌てて味噌汁を飲んでいる。
あの上品そうな奥さんが、ここまで落ちるとはなぁ。
髪の毛はボサボサだし……貧すれば鈍するってのはよく言ったものだ。
やっぱり苦労すると老けるんだな。
彼女がおにぎりを食べる様子を見ていたのだが、廊下を奥にパタパタと走っていく音がする。
多分ヒカルコだと思うが、それからすぐに客間の戸が開いた。
「まぁ! 篠原さん! またなのぉ?!」
大声で入ってきたのは大家さんだ。
後ろにヒカルコがいるので、どうやら告げ口をしたらしい。
また――と言われるのは、ちょっと心外だ。
そう言われても、行き倒れを放置するわけにいかんでしょうが。





