138話 子どもが生まれる!
台風がやって来て、関東一円に被害が続出。
各地に浸水被害が出たようだが、ウチは大丈夫だった。
台風のときにハシゴから落っこちた大工の親方も、無事のようだ。
腰にヒビが入ったようだが、仕事はしてもらっている。
建築中の別宅は予定通りに完成するという。
一安心だ。
その別宅とは別に、第2秘密基地を用意しようとしている。
ゴニョゴニョするために、大通り沿いのアパートを使ったりしていたが、プライバシーが少々気になる。
それなら、自分でその目的の部屋を用意してしまおうというのだ。
川沿いに建っていたボロい倉庫を購入して、中に4畳半の部屋を作る。
スケベなことをやるだけの部屋なので、ベッドが置ければいいし。
幸い電気も通っているようなので、第1秘密基地の電気を解約して、第2のほうに回した。
どうせ、第1基地は解体する予定だし。
第1基地といえば、本当に相原さんと矢沢さんは、共同でスタジオを建てるつもりなのだろうか。
第2基地は1ヶ月ほどで完成するという話なので、別宅とほぼ同時期にできるかもな。
別宅は大家さんにまかせているので、俺は毎日散歩だと言って、第2基地の進捗を見に行った。
途中で婆さんがやっている不動産屋に寄る。
「紹介してもらったのは若い大工だったけど、こちらの要望を聞いてくれたし、やる気があるみたいでよかったよ」
「そうさ。腕もそれなりにあると思うから、仕事があるなら頼んでやってくれないかい?」
「いいけど、婆さんの知り合いなのかい?」
「兄弟の孫なのさ」
「ああ、なるほど」
聞けば、彼は中学もロクに行かずに、職人になったらしい。
筋金入りってやつか。
でも、あの歳で社長をやっているわけだからなぁ……。
不動産屋を出ると、途中の店でジュースやらお菓子を買い込んで差し入れだ。
別の大工を使っているなんて、ウチの建築をしている大工たちが嫌な顔をするだろうか?
でも、あっちもやってこっちもやるなんてできないだろうしな。
それに、相原さんと矢沢さんのスタジオを建てるつもりなら、また頼まないと駄目だろうし。
それとも、相原家で代々頼んでいるお抱えの大工などがいて、そういう連中がやって来るのだろうか。
「ありえる……」
俺はブツブツと独り言をいいながら倉庫に到着した。
トラックで材料を持ち込んで、若い大工が早速仕事を行っている。
現場にはもう1人若い子がいた。
「歩くときはつま先で歩け! ベタ足で歩くなよ! スッと行け! スッと!」
「オッス!」
大工が若い子に基本っぽいのを教えているようだ。
ウチの別宅を建てている大工たちは中堅からベテランって感じだろうから、見られなかった光景だ。
相手は高校生っぽいが……中卒か?
確かに、眼の前に仕事があって職人で稼げるなら、学校に行かなくてもいいように思える。
倉庫内の地面に束石になるブロックを置いて水平出し中だ。
レーザー墨出し器なんてないので、紐と昔ながらの墨出し器を使う。
それにしても、レーザーで墨も紐も使ってないのに、墨出し器なんておかしくね?
――と思うのだが、他の言葉がないのだと思われる。
未来じゃレーザーを使っているなんて知ったら、彼らはどういう顔をするだろうか。
「おはよう。すまんが、ちょっと離れた所に住んでいるから1日1回しか来られない」
「おはようございます! いや、いいっすよ。大丈夫っす」
「仕事で来られないときもあるが、大丈夫かな?」
「大丈夫っす!」
彼に前金の10万円を渡した。
「あとでいいから、篠原未来科学で領収書をくれよな」
「ありがとうございまっす!」
「それじゃ」
「あ、あの!」
彼がなにかあるようだ。
「なんだい?」
「ここの電気を使ってもいいっすか?」
「なんだ、工具でも使うのか?」
「そうっす」
彼は電動の丸のこや、ドリルを持っていた。
こういうのもすでに売っているらしい。
彼の話では、電動カンナも売っていると言うが、持っていないようだ。
別宅の建築では、電動工具はなかったからなぁ。
やっぱり、若いと新しいものには抵抗がないのかもしれない。
「わかった。電気が通じたら使ってもいいよ。そっちのほうが早くできるんだろ?」
「はい! ありがとうございまっす!」
電気の契約は、不動産屋の婆さんがやってくれた。
振り込みができるというので、それにしてもらった。
俺の住所に請求がくるので、銀行に行って払う。
コンビニなんてないから、駅前まで行くしかない。
まぁ、買い物などで絶対に行くからな。
そのときに払えばいい。
モモが暇なら、お使いを頼んでもいいしな。
俺は倉庫をあとにした。
一応、毎日見にやってくるつもり。
まぁ、用事があるときには無理だが。
来るときには、下り側の線路を新宿方面に歩いてきたが、帰りは上り側を歩いて帰る。
線路沿いを歩いていくと、見慣れたアパートがあった。
優しき巨人、岩山君の住処だ。
そのとき、アパート2階の玄関が開きお腹が大きい女性が出てきた。
よく見ればゆったりとしたワンピースを着た岩山君の奥さんだ。
籍を入れたのだから、もう恋人ではない。
岩山君から奥さんが妊娠していると聞いていたが、このお腹だともう臨月だろう。
「こんにちは~!」
「あ! こんにちは!」
向こうも俺に気がついたようだ。
怪訝な顔をされたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
丸顔の彼女だったが、妊娠して丸みが増したような気がする。
体調はよさそうだ。
「この前の台風は大丈夫だったかい?」
「は、はい――お陰さまで」
「あの日、岩山君は会社に行ったの?」
「早朝に出かけたのですが、会社でも荷下ろしなどができなくて、そのまま休みになってしまいました」
こういうときは、やっぱり電話がないと不便だよなぁ。
公衆電話や駅からかけてもいいだろうけど。
「まぁ、あの風や雨じゃねぇ。全部ずぶ濡れになってしまうし」
「はい」
川の氾濫も、ここまでは来ないという。
本当に川の周りの低い場所だけって感じか。
「あ、あの――結婚祝いと、出産祝いありがとうございました」
「はは、出産はちょっと早かったかと思うけど、受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます。大変助かりました」
「子どもが生まれるなら、金は必要だからねぇ――と、いうか、そろそろ生まれそうなんじゃない?」
「は、はい、予定日はそろそろなんですが……」
彼女から話を聞くと、仕事も順調らしい。
毎日忙しいようだ。
「岩山君の子どもだからなぁ。多分、めちゃ元気で強くて、たくましい男の子かなぁ」
「はい」
彼女が目を細めていたのだが――なにやら様子がおかしい。
「奥さん、どうした?」
「いた、いたい……」
彼女が大きなお腹を抱えるようにしゃがみこんでしまった。
「え?! まさか、陣痛とか……」
「うう……多分……」
いきなりの陣痛で生まれることってあるんだろうか。
「行きつけの病院とかは? 産婦人科?」
「は、はい……あの」
彼女から病院名を聞く。
そこは、俺に秘密基地を売ってくれたお婆さんが入院していた所だ。
「え~と、駅前まで行ってタクシーを拾ってくるか? ……いや! そっちより近い所がある」
「……」
彼女はお腹が痛いのか、うずくまっている。
「救急車呼んだほうがいい?」
「だ、大丈夫です」
「車持っている知り合いが近くにいるから、それまで待てそう?」
「は、はい」
まぁ、陣痛が始まっても、いきなり生まれるわけでもないだろう。
――そう思ったのだが、どうなんだろう?
いきなり頭が出てきたりするのか?
いやいや、待てよ待てよ。
俺は少々パニクっていたのだが、彼女のほうが落ち着いている。
母は強し。
ちょっと落ち着いたので、階段の所で待っててもらうことにした。
俺は秘密基地の倉庫に戻るために駆け出した。
若い大工がトラックを持っているから、そいつに乗せてもらおう。
乗り心地は悪いだろうが、一番近い。
息を切らしながら工事中の現場にたどりつくと、辺りに電動工具の音が響いている。
俺は、扉を開けて倉庫の中に入った。
「おおい!」
「あれ? どうしたっすか?」
「ハァハァ……し、知り合いの女の人がいるんだが、子どもが生まれそうなんだ。トラックに乗せて病院まで行ってくれないか? 礼は出す!」
「えええ~っ!? 一大事じゃないっすか!」
「そうなんだよ! 頼む!」
「それじゃ、仕事なんてしてる場合じゃねぇっす! おい! 作業中断! しばらく待ってろ! 材料に腰掛けるなよ?!」
大工が自分の部下に指示を出している。
材料を倉庫内に運び入れたり、整理などをさせるようだ。
「わーりゃした!」
彼は部下に指示を出し終えると、外に出てトラックに乗り込んだ。
俺も彼と一緒に助手席に乗り込む。
「そこの道を真っ直ぐに行った場所だ。すぐ近く」
「オッス!」
トラックがデカい音を立てて、大きな身体を震わせて走り出した。
俺は数分走ったが、車なら1分もかからない。
「あそこだ!」
「階段の所にいる女の人っすね!」
「そうだ」
トラックが止まると、俺は助手席から飛び降りた。
「奥さん! 大丈夫かい?!」
「は、はい」
お腹の大きな彼女の脇を抱えて、トラックの助手席まで案内した。
一番近くにいたとはいえ、トラックの助手席によっこらしょと、乗り込むのは大変そうに見えた。
俺は腰を落として、掌を出した。
バレーボールのレシーブの格好だ。
「ここに、足を乗せて!」
「で、でも……」
「大丈夫!」
彼女は車体に取り付けられた取っ手を握り、俺の掌に足を乗せた。
「よいしょ!」
窮屈そうだが、なんとか彼女が乗り込んだ。
「車だから、すぐに病院に到着できると思う――頑張ってくれ」
「は、はい」
「道案内はできるかい?」
「だ、大丈夫です」
「俺は荷台に乗るぞ」
「わかったっす!」
俺は後輪に足をかけると横のあおり板を乗り越え、リアウィンドウ部分の鳥居に掴まった。
「いいぞ!」
「いくっすよ!」
トラックはそのまま私鉄沿いを走り出し、数分で私鉄駅に到着。
そこを左折して踏切を渡ると、まっすぐ進み、再び左折。
俺たちがいつも通ってる道を進んで大通りに出た。
トラックは右折すると通りを進み始め、数百メートル進むとトラックが止まる――ここだ。
俺はトラックの荷台から飛び降りた。
「奥さん、大丈夫かい?」
「は、はい……」
ここからは細い通り――この先に病院がある。
ドアを開けて彼女を降ろすと、俺は路地を見つめた。
軽自動車がやっと通れそうなぐらい細い路地。
しかも店先などに荷物が山積みになっており、人もたくさん歩いている。
「この通りは細くてトラックは入れん! 歩けそうか?」
「は、はい……」
そういう彼女だが、かなりしんどそうだ。
距離的には100mほどなんだが、ちょっと厳しそうだな。
「どのぐらいの距離っすか?」
「100mぐらいだ」
「それじゃ、2人で抱えていくっすよ!」
「いいのかい?」
「そんなことを言ってる場合じゃないっすよ」
「悪いな奥さん、抱えて運んでいくから、岩山君には内緒な?」
「うふふ……ああっ!」
彼女がちょっと笑ったのだが、また痛みがやってきたようだ。
これはいよいよマズイ。
彼女の両手を2人の肩に回させる。
俺たちが握手した腕で椅子を作ると、奥さんの尻を乗せた。
周りの通行人たちが、こちらを見ているが、人の目なんてどうでもいい。
「大丈夫そうか?」
「大丈夫っすよ」
「おっしゃ! いくぞ!」
「押忍!」
2人で呼吸を合わせると、早足で病院に向けて進み始めた。
かなり揺れるので、乗り心地は悪いはずだ。
「奥さん、大丈夫かい?」
「……うう」
あまり大丈夫そうではないらしい。
急がないと。
そう思ったのだが、病院のドアが近づいてきて目の前だ。
「ほら、着いたぞ!」
「ううう!」
「どうした?!」
そのとき、彼女の尻の下になっていた俺たちの腕に生温かい液体が這い、下にも垂れている。
「う、生まれる……」
彼女の言葉から、もしかして破水したのかもしれん。
「わぁぁぁぁ!」
大工が、叫び声を上げた。
「うわぁ! マジで?! ドア! ドアを開けてくれ!」
俺は、近くにいたオバサンに声を荒らげてしまったのだが、彼女はすぐにドアを開けてくれた。
3人で病院の中に突進すると、中で叫ぶ。
「急患だ! 急患!」
「どうしました?!」
近くにいた白い制服を着てナースキャップを被った看護婦が近づいてきた。
そういえば、令和にはナースキャップってなくなってたな……。
いや、それどころじゃねぇ。
「子どもだ! 子どもが生まれる! 破水したっぽい」
「えええ!?」
「急いでくれ!」
俺たちがやって来たあとに、点々と液体のあとが残っている。
「ストレッチャーを持ってきて! 早く! 先生も呼んできて!」
「は、はい!」
すぐにガラガラと移動するベッドが運ばれてきた。
あれ、ストレッチャーって言うんだな。
そういえば、そんな話を聞いたような――まぁ、そんなことはどうでもいい。
すぐに、看護婦たちが集まってきて、奥さんをストレッチャーの上に乗せた。
「あ! もう頭が見えてるし! 分娩室に! 先生は?!」
スカートをめくり奥さんの股間を見た看護婦が叫んだ。
下着を穿いているはずだが、それでも解るってことだな。
「いますぐ!」
まさに戦場だが、俺たちの仕事はここで終了だ。
ストレッチャーに載せられた奥さんが、奥に運ばれていった。
残った看護婦が、雑巾で床を拭いている。
その光景を見て俺は大きなため息をついた。
「ふう~……仕事の邪魔をして悪かったな」
「は~――いえいえ、これじゃ仕方ないっすよ!」
「あ、そうだ! 手を洗おう」
「そ、そうっすね」
2人で便所に入ると、手を洗う。
洗う前にちょっとにおいを嗅いでみたが、なにもにおいはしない透明な液体だった。
手を洗いながら、俺は大工にねぎらいの言葉をかけた。
「ありがとな」
「いいってことっすよ!」
「ここは俺に任せて大丈夫だ。あんたもトラックを置きっぱなしだろ? 部下も待ってるし」
「あ、そうっす! いっけね!」
彼は慌てて、自分のトラックの所に戻っていった。
今の時代も駐禁ってあるのか?
あったとしても、未来よりはうるさくないかもしれないが……。
「あ、いや、そんなことより、岩山君に連絡を取らないと……」
この時代、もちろん携帯電話などない。
自宅に電話すら珍しい。
緊急事態だからといって、連絡を取るのは難しい時代だ。
よく使われたのが、電報。
「チチ キトク スグ カエレ」とか、そういうのだな。
サントクに電話をかけて、岩山君がいればいいんだが……。
あ、その前に――サントクの電話番号が解らん。
電話帳を借りて調べるか?
出かけるのなら、自分の手帳などを持ってきているのだが、今日は散歩のつもりだったからな。
まさか、こんなことに巻き込まれるとは……。
俺は、受付に頼み込んで紙切れと鉛筆を貸してもらった。
病院に設置された赤電話の受話器を取ると10円を投入。
自宅に電話をかけた。
さすがに家の電話は暗記している。
当時は覚えるしかなかったので、結構な数の電話番号を覚えていたんだがなぁ。
それが、携帯やスマホの機能に依存してしまっていた。
テクノロジーは進歩していたのだが、人間の機能的には劣化していたのではなかろうか。
俺はそんなことを考えながら、ジーコロロとダイヤルを回す。
すぐに電話が繋がった。
『はい、篠原未来科学です』
「ヒカルコか? ショウイチだ」
『どうしたの? どこにいるの?』
「今、病院なんだが、電話の所にサントクの電話番号が書いてあるだろ? それを教えてくれ」
『え?! 病院?! 怪我でもしたの!?』
病院という単語に反応して、ヒカルコが慌てているのが解る。
「違う違う! 俺の病気とか怪我じゃねぇ! すぐあとで説明するから、サントクの電話番号を教えてくれ!」
『本当に大丈夫なの?!』
「俺の怪我や病気なら、こんな電話をするはずがないだろ」
「……わ、わかった……」
今、説明してもいいんだが、それよりも一刻を争うことがあるし。
病院にいるって言わなきゃよかったか。
ヒカルコからサントクの電話番号を教えてもらい、一度電話を切った。
すぐに受話器を持ち上げて10円を突っ込む。
ダイヤルを回したのだが、いつもサントクには繋がらないからなぁ。
繋がらなかったらどうするか。
『はい、サントクです』
繋がった! よかった!
「いつもお世話になっております! 篠原と申しますが、岩山さんはいらっしゃいますかね?!」
『いつもお世話になっております――岩山は只今外出中ですが……』
「うわぁ! やっぱり! あのですね! 岩山君の奥さんなんですが、子どもが生まれそうでして、今病院に運び込まれたんです!」
『……』
「あの? もしもし!」
『えええ~っ!? 大変大変~! 社長~!』
電話を取った女性が、慌てて電話をそのままで、社長を呼びにいってしまった。
とりあえず待つしかないが、すぐに社長が出てくれた。
『もしもし、先生ですかな?』
「あ、社長! 挨拶抜きで申し訳ないのですが、岩山君の奥さんが分娩室に入ってしまいまして、もうすぐ子どもが生まれるんですよ」
『え?! 本当ですかな?!』
なんで、みんな聞いてくるんだ。
こんなことを冗談で言うはずがないだろう。
「もちろん! それで、彼に至急連絡を取りたいのですが……」
『今は外回りをしてまして……こちらから連絡の手段がありません。定時連絡を入れてくるはずですから、そのときに伝えるように、全社員には回しておきます』
「よろしくお願いいたします。彼が来るまで、私が病院にいますので」
社長に国鉄駅前の病院の名前を告げた。
『ありがとうございます。岩山にも伝えますので』
「よろしくお願いいたします」
電話を切る。
切ったところで、あることを思い出した。
「あ~そうか、もしかして104番を使えたのか?」
104番は電話番号を教えてくれるサービスである。
まぁ、もう電話をかけちまったし……。
俺は再び、俺の家に電話をかけた。
「ヒカルコ、説明するな」
「うん」
最初は岩山君の説明をする。
彼女は会ったことがなかったような気がするが……俺の勘違いだった。
「会ったことがある。すごく身体が大きな人でしょ?」
「あ、そうそう、その彼な」
「水不足で給水所で会ったし」
「あ~、あそこかぁ」
そういえば、そうだったような気がする。
「うん」
「その彼の奥さんが産気づいてな、俺が病院まで連れてきたってわけだ」
「なんでショウイチが……」
「散歩で岩山君の家の近くまで行ったんだよ。そこで奥さんに会ったんで世間話をしていたんだが、突然陣痛が始まっちゃったんだよ。べつに俺のせいじゃねぇ」
「……わかった」
なにか疑っている感がするが、岩山君の奥さんに手を出すはずがねぇだろ。
まぁ、信用がないのは、日頃の行いのせいだろうが。
フヒヒ、サーセン。
「岩山君が来るまで病院で待っているから、ちょっと遅くなるかもしれん。今のところ、連絡がつかないんだよ」
「うん」
納得してくれたようなので、電話を切った。
俺は、待合室の椅子に腰をかけて一休み。
「さて――どのぐらいで岩山君が来るかなぁ」
立ち上がると、病院の購買でアンパンと牛乳を購入。
むしゃむしゃと食べ始めた。
思えば、この時代にやってきてから、こればっかり食っていたよなぁ。
今は、普通に飯が食える状態になっているが。
ん~、マジで暇だ。
こういうときにネットがあれば、簡単に暇つぶしができるんだがな。
もちろん、そんなものは存在しない。
俺は再び、立ち上がると購買に向かう。
そこで、適当な小説を購入してみた。
俺の知らない作家だが、こういう機会がないと読んだりしないからな。
とりあえず、待合室で小説を読む。
「は~、どのぐらいで子どもって生まれるんだろうなぁ……」
頭が見えていたってことは、そんなにはかからないような気がするが……。
読む――意外と読めるので、気がつくと、2時間半ほどたっていたのだが――病院のドアが勢いよく開いた。
「ハァハァハァ……」
ちょっと逆光気味にドアの前に大きな黒い山が立っている。
大きく肩で息をするその様は、まるで熊だ。
その姿に、待合室にいた人たちが全員ビビっている。
そりゃ、心優しき巨人なのだが、見た目は怖いからなぁ。
「お! 岩山君! こっちだ!」
「篠原さん!」
走って来たのか、大汗をかいている。
「もう生まれるかもしれないから、看護婦さんに分娩室に案内してもらったら?」
「篠原さん! ありがとうございました!!」
病院中に響くようなデカい声で、お礼を言われた。
よく見れば、彼が涙を流している。
「まぁまぁ……」
「病院では静かにしてください!」
彼の声を聞いたのか、看護婦が飛んできた。
「おお、ちょうどよかった。看護婦さん、今分娩室に入っている女性がいるだろ? その人の旦那さんだ」
「え? あ、はい!」
「案内してやってくれないか?」
「わかりました」
「岩山君――俺は帰るからな」
「ありがとうございました」
今度はさすがに声が小さい。
「岩山君、両親に電話をしたほうがいいぞ? 君も会社をあまり休めないだろうし。手伝ってくれる人が必要だ」
「う、うす」
彼が少々困った顔をしている。
「実家は遠いのかい?」
「都内っす」
「親と仲が悪いとか?」
「そんなことはないっすけど……」
「彼女が一旦実家に戻るって手もあるがなぁ」
「……」
「まぁ、孫が生まれるんだ。とりあえず両方の両親に連絡する必要はあるだろ?」
「うす」
「あとは、どうするかは奥さんとの話し合いだな」
「うす」
彼に俺の住所と電話番号を書いたメモを渡した。
「なにか困ったことがあったら、相談に乗るから」
「……うす」
山のような大男が、またメソメソしている。
「おいおい、これから大変なんだよ。泣いている暇はないよ」
「うす!」
俺との会話を終えると、彼は奥さんの待つ分娩室に向かった。
俺は家に帰るとするか。
無事に生まれてくれればいいのだがなぁ。
コレばっかりは、俺にはどうしようもできないし。





