第五十八話 会長ラプラスとベルナール
そして時は少々遡る。
それは大会表彰式、及び閉会式も終わり、
観客は全て会場を後にし、
運営スタッフも片付けで大忙し、というタイミングの頃である。
ラプラス商会会長ラプラスは、
後片付けの指示を終え、
自らは大会運営の為に借り受けた、
会場すぐ隣の公民館で、執務室へと戻ろうとしていた。
ふと彼は、背後に誰かの気配を感じ取る。
振り返ると、そこにいたのは大会参加者であるダークエルフのベルナールだ。
「おや、これは珍しい場所へ。
どうなさいました、ベルナール様、
・・・おっと、先にお祝いを述べるべきでしたかな?
入賞おめでとうございます。」
ラプラスは少し怪訝そうな表情を見せるも、その態度はいつもと同じ平常通りだ。
また、対するベルナールも無愛想さで言えば平常通りという事か。
「フ、出来れば優勝して、堂々と交渉に来たかったのだが、今回はしてやられた。
少し後ろめたいというか、気不味い気がしてね、
こんな不躾な訪問になってしまった。」
「はは、今回は私にしても想定外な事態が多々ありましたからな、
だからこそ面白いと私は思うのです!
・・・しかし交渉とは?」
「言葉の通り、
出来れば優勝賞品と交換してでも欲しい物があったのでね、
そのつもりで来たんだが、
残念な事に、各属性付与矢羽では釣り合いが取れそうもない。
そこで只のお願いに参ったのだよ。」
「ほう?
私どもラプラス商会で入手出来るものならご協力は致しますぞ?
まあ、金額は詰めさせて頂きますがね?」
「金か、
金で解決できるのならそれでもいいが、会長はそれで納得出来るのかな?」
「・・・時は金なりと申しましてね、
あまり勿体ぶった交渉は時間も労力も無駄となりがちです。
どうぞあなたの欲する物を仰ってください。
意外と労せず目的を達する事ができるかもしれませんよ?」
「なるほど、確かに無駄な時間をかけることもないな。
ではお言葉に甘えるとしよう、
私の欲する物、
それは・・・ダークエルフの至宝、深淵の黒珠!!」
「・・・ほほう。」
ラプラス会長のモノクルが光った。
(視点変更ケイジに)
オレたちは会場に戻ってきた。
隆起した土地はそのままだった。
まあ、元に戻す魔法は・・・聞いたことないな。
フードを被ったダークエルフ達は、懸命にスタッフ達から聞き取りを行なっているが、
決定的な成果はないようだ。
もしかしたら鑑定スキルを使っているのかもしれないが、
誰一人、ダークエルフの至宝について情報を持っている者などいないのだろう。
オレ達はノードス兵団長の所に合流した。
「観客の中に犯人がいたというなら、
捜索は困難を究めるのだが・・・。」
そうだろうな、
犯人一味が、オレらの宿屋に泊まっているというなら簡単に調べられるかもしれないが、前日の気配が宿泊客でなく、周辺を歩いていただけの者だと言うなら、手掛かりはないに等しい。
だが、オレはもう確信めいたものがあった。
根拠はない。
独断と偏見と言われればそれまでだ。
昨夜、オレを疑ったヒルゼン副隊長やらと同じレベルとまで言われても言い訳できない。
だが、恐らく間違いないだろう。
「ノードス兵団長、
ラプラス会長には聞き取りしたのか?」
「む? い、いや、まだだが・・・。
何か心当たりでも?」
「根拠といえるような大層なもんでもないけどな、
深淵の黒珠とやらが、時々しか波動を発散させていないってのは、
例えば封印かなんかされているのを、
時々、封印が外れかかっていると考えていいのか?」
「そ、それは、そうだな、
それは十分考えられる。」
「それは例えば、
魔力を遮断する事も出来るマジックアイテムの袋を、開け閉めすることで、魔力が漏れてしまうって事でもあり得るか?」
もう、答え出してしまったようなもんだな。
兵団長もアガサもリィナも目を丸くしている。
「ケイジ殿!
それは、そのマジックアイテムを、見たのか!?」
「ああ!
あの布袋とかいうどでかいおっさんが抱えている白い包み、
あの中に深淵の黒珠が隠されているとしたら!」
そう、
あの大会賞品の矢羽セットは、
布袋の布袋の中から出てきた。
どれだけの容量があるのか分からないが、あの袋の中は魔法空間になっているのかもしれない。
そして、深淵の黒珠があの中に隠されているとしたら、
その魔力はマジックアイテムたる白い袋に覆われて、その魔力を解放できない。
ただし、何らかの理由で袋紐を緩めた時だけ、その魔力を溢れさせてしまうのだとオレは考えたのだ。
そして再び、ラプラス会長とベルナール。
「深淵の黒珠・・・
聞いたことがあります。
魔法都市エルドラの至宝・・・内在する魔力は術者の魔力を増幅し、
魔法都市において、都市を包む防御結界をはじめ、様々な恩恵をもたらすそうですね?
ですが、市場に流通する物ならこのラプラス商会で関与することができますが、
門外不出のお宝では、我々にもどうすることも出来ませんよ?」
「・・・私も先ほどの会長の言葉を使わせてもらおう。
時は金なり、だったかな?
無駄な探り合いは勘弁してくれないか?
弓術大会の賞品を授与されたとき、
あの大男が抱えている袋から、深淵の黒珠の波動が漏れ出でていたぞ?
あんな至近距離で封印が外れてしまえば、ここにありますよと、大声でアピールしているようなものだ。」
ここでもラプラス会長は頭を抱える。
「ああ、もう、あの人は大雑把でいけませんねぇ?
魔法はあんな精密に操れるのに・・・。」
ため息をついて俯く会長。
「正直、あれだけの魔力と術式には驚いたよ、
さすが魔法都市の神殿から宝を盗もうとするだけの事はある。
恐らく、あなたのボディガードでもあるのかな?
ならば、大量に魔力を減らしている今がチャンスだと思うんだ。
私も無駄な血は見たくない。
大人しく深淵の黒珠を渡してもらえないかね?」
「ベルナール様、あなたは先ほど交渉と仰いましたね?」
「無論、交渉できる余地があるなら、そうしよう。」
「ではいくつかお聞きしたい。
魔法都市エルドラの捜索隊が、このビスタールに入り込んでいることは承知しております。
ですが、あなたはそのメンバーではないでしょう?」
「いかにも。
私には関係のない話だ。」
「つまりベルナール様は、魔法都市エルドラとは無関係に、深淵の黒珠を手に入れようとしていらっしゃる。」
「その通りだ。」
「では何のために?
理由をお聞かせ願いたい。」
「仕事だよ。」
「は? お仕事・・・ですか?」
「あんたも人を使う立場の人間だろう、
なら理解できるはずだ。
魔法都市エルドラから外に持ち出された深淵の黒珠を手に入れる、
そう指示を受けただけさ。」
「シンプルなお答えですな、
では質問を変えましょう。
あなた方は深淵の黒珠を手に入れて何をしようというのですか?」
「さてね、
ああ、確か深淵の黒珠は闇属性アイテム、
魂を集めるのに役に立つとか言ってたかな?
まぁ、生きてる人間や社会には影響ないそうだから、
誰にも被害はない。
というわけで余計な心配は不要だそうだ、
安心してほしい。」
「魂を集める・・・ですと?
そんないったい・・・
なるほど、あなたのバック・・・読めました。
これはあなたに渡すわけにはいかないようですな。」
「む?
今のやりとりで把握したというのか?
これは失言・・・というより会長を見くびっていたようだ。
あなたこそ何者だ?
ただの商人ではあるまい?」
魔力感知能力のある第三者がここにいれば、この状況に戦慄を覚えるだろう、
・・・二人の魔力が急激に昂まってゆく!!
「ご存知なのでは?
世界有数の盗賊と?」
「それもまた仮の姿ではないのか?」
「それ以上はあなたの知るところではありません。」
「では問答は終わりにしよう。
・・・いくぞ。」