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柘榴石の瞳  作者: 美都
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終焉

 エヴァンとの話し合いから3日後の深夜、レナードに連れられてエヴァンは精霊の村へと戻ってきた。その手にはオードリーとレオンの鞄が握られている。口元には笑みを湛えているものの、オードリーとレオンに対面した時のエヴァンの目は、寂しそうに細められていた。



 3日前、オードリーは掌にナイフを当て、レナードによって調達された衣服に血痕をつけた。死んだ証拠、というにはお粗末なものではあったが、無いよりもあった方が都合がいいというエヴァンの判断だった。自ら皮膚に傷をつけるなど初めてのことだ。しかし、未来の為と思うと、不思議なことにあまり躊躇いはなかった。痛みに顔を顰めながらも、口角を上げ、ダラダラと流れる血を衣類に零していく。


 思ったよりも溢れる血液に動揺したのは周りの者たちだった。オードリーが思い切りナイフを滑らすなど、誰も想像していなかった。その焦り様が滑稽で、オードリーはクスクスと笑いを零した。


 隣で研究所より支給されたローブに血液を垂らしていたレオンは自身の傷も忘れてオードリーの手を掴み、レナードは目を白黒させて立ち尽くしている。オードリーのどこか吹っ切れたような面持ちも、余計な困惑を生んでいるようだった。


 アンガスは珍しく眉を顰めながら薬箱を持って来て、口の端を歪めながら止血を始めた。その手つきは優しく、オードリーを気遣ってくれていることがわかる。漸く血が止まると、塗り薬をつけ丁寧に包帯を巻いてもらう。その間、ヴィンスも離れた椅子に座ったまま、心配そうにオードリーを見つめていた。


 オードリーの想像以上に、精霊の薬はよく効いた。翌朝目が覚めると、寝る前に感じたはずの痛みが消えていた。首を傾げながら包帯をほどくも、そこにあるはずの傷は存在しない。朝食の席で顔を合わせたレオンも戸惑いを隠せておらず、2人の情けない表情を見たレナードは声を立てて笑った。


 レナードにつられるように、オードリーとレオンも顔を見合わせて吹き出した。急に、色々なことが馬鹿らしく思えたのだ。オードリーの薬の異質さなど大したことではなかったのだと、何故あんなに大騒ぎをしたのだろうかと、2人で思い切り笑いあった。



「思っていたよりも早く片がつきましてね、2人は死亡という形で処理されました」


 エヴァンは穏やかな口調で、研究所の現状を教えてくれる。


 結局、レナードの思惑通りに事が運んだ。2人の衣服が見つかったことも早期解決の一端をなしたが、やはり狼男の存在が大きかった。魔法取締局はオードリーとレオンのことなど忘れたように、2度と現れることのない狼男の調査に躍起になっている。オードリーにもレオンにも身内はいない。レオンの魔法使いとしての登録を抹消し、2人の荷物を引き上げれば完了だった。


「第三研究室の皆さんには、まだ2人のことを伝えておりません。悲しむ者がいなければ怪しまれますからね」

「私の勝手で、皆を悲しませてしまいました」


 レオンは苦しそうに言葉を紡ぐと、唇を噛んだ。自身で決断したこととはいえ、何年も共に過ごした仲間を裏切るような形となっているのだ。


 オードリーは初めから別れを前提に研究所で過ごしてきた。そのため、彼らに対して寂しさや「死」を突き付けた申し訳なさはあっても、未練は全く感じていない。オードリーは肉親以外に心を開いてこなかったため、レオンの胸中を推し量ることもできなかった。


 レオンの様子をそっと伺う。罪悪感に苛まれているような表情に、オードリーは申し訳なさが募る。同時に、オードリーと共に歩むことを後悔しているのではないかと不安が押し寄せた。レオンを見ていられなくなり、オードリーは俯いて膝の上においていた手を思わず強く握る。


 ふぅ、と大きく息を吐くのが聞こえた。


「ほとぼりが冷めた頃に、皆には謝罪文を送ります」


 幾分か落ち着いた声音だった。オードリーがパッと顔を上げると、レオンはエヴァンを真っすぐに見据えている。「お手数をお掛けします」と頭を下げるレオンに、エヴァンは口元を緩めた。


「それが良いでしょう。存分に怒られなされ。彼らなら許してくれましょうぞ」

「本当に、仲間には恵まれました」


 レオンは顔を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべる。


 すっきりとした笑顔のまま、レオンはオードリーの方へ首を回す。レオンの変化についていけていないオードリーは、呆けた顔でレオンを見上げる。レオンは可笑しそうに目を細めると、先ほどまで固く握りしめていたオードリーの両手にそっと自身の手を重ねた。


「オードリー、君も一緒に怒られてくれ」


 パチパチと瞬きを繰り返し、よく分からないままこくりと頷く。


「ええ。私も皆さんに謝罪とお礼をしたいです。ですが……」

「何か心配事でもあるのか?」


 言葉を詰まらせたオードリーに、レオンは労わるような視線を向けた。「何でも言って欲しい」と続け、オードリーに先を促す。


「本当によろしいのですか? 後悔、していませんか?」


 レオンは一瞬きょとんとしたが、すぐに真剣な顔つきに変わる。オードリーの心情を察したようだった。蝋燭に照らされた緑の瞳を、深い赤の瞳が見つめる。重ねた手は、しっかりと握り直された。


「不安にさせてすまない。確かに、第三研究室の面々とは長い付き合いだから、色々と思うことはある。しかし、これは俺が決めたことだ。後悔なんてしていない。俺は、オードリーと一緒に行きたい」


 はっきりと伝えられた言葉に、オードリーの心に渦巻いていた負の感情が消えていった。心がポカポカと温かくなり、自然と笑みが浮かぶ。


「嬉しい」


 無意識に、ぽろりと言葉が零れた。レオンは柔らかく目を細め、その口元は嬉しそうに弧を描いた。

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