真実
人間の祖先が誕生する遥か昔に精霊は誕生した。
精霊は木や花、水、土、風、火、光、闇など自然のありとあらゆるものから生を受けた。
精霊は自由だった。
姿形は様々なれど、会えば仲間だとすぐにわかった。しかし、偶に会話を交わすくらいで、殆どの時間を個々で過ごしていた。何の為に生まれたのかわからない。精霊にわかるのは、自身が何から生まれたのかと、何に使えばよいのかわからない能力の使い方だけだった。
精霊たちは居心地の良い自然の中で、ただただ、そこに存在していた。
どのくらいの時間がたったのだろうか。ある時、知能を持った生き物がいることに精霊たちは気が付いた。火をおこしたり、石を削って獲物を捕ったりと、明らかに他の生き物とは異なっている。初めて『興味』を覚えた精霊たちは面白半分で彼らに近づき、こっそりと彼らの手伝いを行った。
火をつきやすくしてみたり、獲物が転ぶようにしてみたり。彼らは精霊たちが見えておらず、それが偶然でないなどとは気がつきもしなかった。
彼らが言葉を操るようになってからは、彼らはそれを偶然とはみなさないようになった。「神様が助けてくれたのだ」と言うようになったのだ。彼らが何を話しているのか、精霊たちは何故だか理解できた。そのため、彼ら自身が『人間』で、精霊は『神』であると認識した。
暫くして、精霊が見える人間が現れた。彼女は貧しい村人だったが、心優しい女の子だった。精霊たちは彼女を好み、こぞって周りに集まった。何もないところに向かって話す彼女を他の村人は気味悪がったが、精霊が力を使って存在を示すと、彼女は巫女と呼ばれるようになった。
彼女との会話で、精霊はおのれが『神』ではないことを知った。人間の言う『神』は人間を創造した、この世界を創造したものを表し、精霊のことではなかった。しょんぼりとした精霊に向かって、『精霊』と名付けたのは彼女だった。
時が経ち彼女が息を引き取ってからは、精霊を見る人間が中々現れなかった。一度楽しみを知ってしまったためか、人間と話せないことが精霊たちは退屈で退屈で仕方がなかった。漸く次の人間が現れたとき、歓喜に湧いた精霊たちは、自身の力を分け与えることにした。その力の影響か、彼の緑の瞳は赤く、栗色の髪は黒く染まった。そしてその力を使った異質な姿の彼もまた、彼女と同じように特別な人間として、人間たちに崇め奉られることとなった。
彼に与えた力の影響か、彼の住む小さな村では精霊が見える人間が増えていった。精霊たちは喜んだ。嬉しくなって、彼らにも力を分け与えた。するとさらに見える人間が増えていく。見える人間には、どんどん力を分け与えた。
力を与えたのが問題だったと気づいたのは、力をもつ人間が村の半数近くにまで及んだ時だった。その村の力を知った村の外の人間が、その力を求めて村へ押し寄せてきたのだ。村のものたちは、『王命』によってどこかへ連れていかれてしまった。残された村人の話から、『王様』という最も偉い人間が精霊の力を利用しようとしていることを把握した。
村には精霊が見えるものがいなくなり、精霊たちは退屈だった。時々村に遊びに行っては、精霊が見えない村人たちの会話を盗み聞く。すると、この村以外の精霊たちも同じように人間に力を与えており、それを人間が争い事に役立てるつもりなのだと話しているのが聞こえてきた。
精霊の力は、何かを陥れるためのものではない。
人間に無暗に力を与えると、悪事に利用する人間が現れる。善良な村人に囲まれていた精霊は、ここでやっと気が付いた。自分たちは、与えすぎたのだということに。
『怒り』を覚えた精霊は、彼らが連れ去られた『王都』というところまで、彼らを奪い返しに行った。そこには多くの人間が集められており、彼らを奪い返しに他の場所に住む精霊たちもやってきていた。精霊たちは自身の村の人間を取り返すと、彼らを村の森に連れ去った。もう2度と人間に利用されないように。
精霊に守られた環境の中で、力を持った人間たちの生活が始まった。おのれの力が悪用され得ることを理解していた人間たちは、素直にそこでの生活に馴染んでいった。
300年程経った頃だった。力の影響を受けて人間より長い生を生きるようになった彼らは、子、孫、ひ孫、……と数が増えていた。精霊に与えられた力は子孫に受け継がれ、誰もが生まれた時から当たり前に力を使える場所になっていた。そして長い時を経て危機感も薄れ、村人たちは外の世界へと思いを馳せるようになった。出ていきたいと訴える若者に、精霊たちは渋々折れた。
髪と目の色を変えること。
力を使わないこと。
精霊のことを人間に話さないこと。
条件を付けて、彼らが人間の村に出ていくことを許可した。しかし、やはり精霊は人間のことをわかっていなかった。人間の村に出向くようになると、今度は人間と恋に落ちるものが現れた。そして、村人は人間との間に生まれた子に、我が子可愛さで力を分け与えた。それは禁止されていなかったからだ。
精霊はその事実を知ると、慌てて人間たちの様子を観察した。その力は、精霊が与えた力を与えたものだったため、あまり強いものではなかった。子孫に引き継がれることもなく、人数が少なかったこともあり、昔のように大きな問題に発展してはいなかった。
力を分け与えたいと思う気持ちは、過去にそうしてきた精霊には理解できた。精霊は村人を『精霊』と名付け、『真の精霊』を公にしないことと人間に力を与えすぎないことを条件に、村人に自由を与えた。
「これが、この村に伝えられている話じゃ。『真の精霊』から話を聞いて書いたと、史実として書物に残っておるが、遥か昔の話故、どこまでが本当かは知る由もない。しかし、精霊がわしらでないことは間違いようのない事実。『真の精霊』は存在し、この村は守られておる。わしらは隠れ蓑のようなものじゃ。ただし、わかるのはこの村の話だけじゃ。黒い髪に赤い瞳も、他の地域だと違うのかもしれん。昔、この村に迷い込んだ人間に、『精霊』のことを話したことがあると聞く。恐らく、それが口伝で人間に伝わったのじゃろうが、基本的に『精霊』のことを人間に教えることはないのじゃ。人間に近いが故に、人間が力を悪用することを理解しているからの」
エヴァンは楽しそうにヴィンスを見つめ、話を聞いていた。時々、「ほうほう」だの「へぇ」だの「なるほど」だのと相槌をうつ。対してオードリーとレオンは、どう反応したらよいのかわからず、ヴィンスが話し終えるまで静かにしていた。小説の中の話のようで、そうなのか、程度の感想しか出てこない。しかし、レナードとアンガスも真剣な面持ちで、これが嘘ではないことだけが理解できた。
「あの、公にしないということですけれど、私たちに話しても良かったんですか?」
話が途切れたのを見計らって、心配そうにオードリーが尋ねた。ヴィンスはオードリーに微笑みを向けるととゆっくりと頷く。
「なあに、ここだけの話じゃからの、許してくださるでしょうて。それに許されなければ、今頃止めに入られているじゃろう」
「では、あなた方には精霊が見えているんですかね?」
興奮気味にエヴァンが口を開く。その子供のような表情に、ヴィンスは苦笑いを浮かべた。オードリーの隣ではレオンも顔を引きつらせている。
「わしらは『精霊』ですからな。恐らく見えなくなったとき、わしらは人間になるじゃろう」
口を開こうとするエヴァンに、ヴィンスは掌を向けて制止を促す。
「さて、話は以上。これ以上話せることはないのじゃ。ではエヴァン殿、2人の事をよろしくお願い申し上げる」
渋々といった様子でエヴァンは頷き、レオンはヴィンスがエヴァンを上手くあしらったことに安堵の表情を浮かべた。




