好奇心
「私からも質問させては貰えませんかね?」
温かい紅茶を飲みながら、エヴァンはヴィンスに問いかけた。落ち着いた声音ではあったものの、その瞳は好奇に満ち溢れている。ヴィンスは柔らかな笑顔を浮かべて、その内容を尋ねた。
「精霊は黒い髪に赤い瞳を持つんでしたな? 遠い地には黒髪の多い国があると聞きます。どこかに赤い瞳をもつ部族がいるという話もありますな。しかし、その者たちが精霊とは聞いたことがないのです」
ヴィンスは眉を顰めたが、無言で先を促した。エヴァンは臆することなく話を続ける。
「その両方を持つレオンが精霊かと言えば、それも違うのでしょう。では、精霊とは一体何なのでしょうな? 精霊と聞くと、もっと神秘的な存在を想像しておりました。しかし、人間より生が長いと伺っておりますがね、あまりにも人間に近しいと思うのですよ」
レオンとオードリーは思わず顔を見合わせた。2人は彼らに『精霊』だと名乗られて、それをそのまま受け入れた。そういうものなのだと、疑問すら抱こうとはしなかった。寧ろ、自分たちが彼らの子孫というところに、囚われ過ぎていたのかもしれない。
人間の倍の時間を生きるという事実だけを見ても、それはもはや人間とは呼べない。しかしながら、確かに彼らは人間に近い存在であることに間違いはない。成長と老化がゆっくりと進んでいくだけのようにも見え、精霊だと言われて拍子抜けするのは仕方がないだろう。そのことに疑問を持つエヴァンは、根っからの研究者なのだと感じられた。
エヴァンの問いに対し、ヴィンスはにっこりと笑みを向ける。
「そうですのぉ。わしらのような種族を『精霊』と呼ぶ。そんなものだと思っていただければ」
「そんなもの、ですか」
エヴァンはふむふむと頷いたが、とても納得している顔ではなかった。それを見たレオンの顔がさっと青くなる。不安気に顔を覗き込むと、固い表情のままレオンはオードリーにこそりと耳打ちをした。
「所長のしつこさは研究所内1だ。簡単にはひかないだろう。精霊から怒りを買わなければいいが……」
「そこまで?」
『怒りを買う』という言葉にオードリーは目を剥いたが、2人のやり取りを余所にエヴァンの質問は進んでいく。
「しかしですね、寧ろあなた方を『魔法使い』と呼ぶべきのように思うのですよ。何故『精霊』なのでしょう?」
「大昔からのこと故、何故と仰られましてもの。何故お前さんたちは『人間』なのかと問われても困るじゃろう?」
「では何故、同じ言語を話し同じ王都にいるのに、共存しようとしないのですかな? 今の人間は『精霊』という言葉自体知りませんぞ」
「そういう種族でしてねぇ。いやはや、エヴァン殿は嫌に好奇心が旺盛ですのぉ」
「いやぁ、興味を持ったものにはとことん向き合うたちなものでしてね」
ヴィンスは笑顔を崩さなかったが、その頬が僅かにぴくりと動く。ああ言えばこう言うエヴァンとのやり取りにうんざりしてきたようだった。
「おい、こいつは面倒だぞ。諦めた方が早い」
レナードがどこか生気を吸い取られたような目でヴィンスを見る。ここに連れて来るまでの出来事が、レナードの中で嫌な記憶に成り下がっていた。この盤面も、エヴァンが引き下がる訳がないことをよく理解していた。
一方で、ヴィンスはその表情に目を見張った。自由気ままなレナードが対応に困る程の相手というのは非常に珍しいことで、それは無視してもしつこくくらいついてくることを意味している。ヴィンスは額に手を当てると、大きくため息をついた。
「ここで聞いたことは、他言しないと誓えるかの? 魔法使いの誓約書を作成できるか?」
「勿論、墓場まで持っていきます。あくまで私の好奇心を満たしたいだけですのでな。誓約書くらいいくらでも」
何でもないことのように笑うエヴァンに、ヴィンスは片眉を上げた。そして諦めたように頷くと、アンガスに急ぎ用意させた用紙とペンで、エヴァンに一筆したためさせる。それを確認すると、再度大きく息を吐いた。
「オードリーとレオンも他言しないように」
無事に収束したことに安堵していたオードリーとレオンは、ヴィンスの言葉に慌てて視線を向けた。ヴィンスはオードリーとレオンにも忠告していたものの、その口元には柔らかく笑みが浮かんでいる。2人のことは信頼していると言われているようで、オードリーも口角を上げた。力強く頷くと、ヴィンスもゆっくりと1つ頷いた。
「わしらの祈りを覚えているかね?」
その問は、オードリーとレオンに向けられたものだった。エヴァンはきょとんとしており、その話を聞いてはいないようだ。
「ええ、確か、『真の精霊のご加護を』と言われて……。それから……親指を胸に当てていたような」
オードリーが記憶を辿りながらたどたどしく返す。ヴィンスは満足気に頷くと、オードリーの言葉に同意した。
「まさにその『真の精霊』が、本来の『精霊』なのです」




