祖父母
「フレッドもバーバラも、自分の好きな道を歩めたんじゃなぁ。オードリーの話を聞いて安心しましたぞ。まぁもちろん、2人なら幸せにやっていけると信じてはおりましたぞ?」
ヴィンスは茶目っ気たっぷりに笑ったが、すぐに顔を曇らせる。
「……しかしのぉ……オードリー、本当に大変じゃったの。それは生きにくかろうて。その歳で1人になってしもうて……」
ヴィンスは複雑そうに顔を歪めた。その瞳には同情の色が浮かんでおり、いつもの目だ、とオードリーは思わず苦笑する。
「思い出が、ありますから」
オードリーはそっと両手を胸にあてると、その目元を柔らげた。その表情にヴィンスも安心したように笑みを浮かべる。
「そうか、そうか」
「ええ、だから、私は大丈夫なんです。……あっ……」
穏やかな表情で話していたオードリーは、突然何かに気づいたように声を上げた。その頬はほんのりと紅潮し、目は大きく見開かれている。
「あの……私のおじいさんとおばあさんもここにいるんですよね? 天涯孤独だと思っていたので、気づかなくて……」
オードリーは珍しく興奮気味に問いかけると、期待の眼差しで精霊たちを見回した。しかし、誰もオードリーに言葉を返さない。加えて、皆オードリーから俯きがちに目を逸らす。
いないのかしら……それとも、私には会いたくないの……?
家族がいるのだと歓喜した分、オードリーのショックは大きかった。動揺を隠すことができず、顔が強張っていく。そんなオードリーの様子に、レオンは何も言わずオードリーの肩を抱く手に力を込めた。
ヴィンスは申し訳なさそうに顔を顰めると、大層言いづらそうに口を開いた。
「……オードリー、残念じゃが……2人は言い出せないじゃろう」
言い出せ、ない……?
オードリーはヴィンスの言葉を心の中で反芻するも、声を出すことができなかった。それを察してか、レオンが代わりに口を開く。
「言い出せない、とは……?」
「オードリー、君は人間じゃ。おそらくこの村を出たら、もうここにやってくることはない。名乗り出て顔を合わせたら、オードリーにとっても2人にとっても別れがつらくなるだけじゃ」
あ、とオードリーは声を漏らしたが、結局何も言えずに口を噤んだ。確かに、調査が終わればオードリーは王都を離れる。二度と戻ることはないだろう。『友呼びの呪文』を意図して使うこともない。レナードをうっかり呼び寄せた際、人が駆けてくる程の騒ぎとなったのだ。使うことなどできはしない。
「わかってくれるね?」
オードリーを気遣うように優しく問いかけるヴィンスに、オードリーは神妙な面持ちで静かに頷いた。
「ありがとう。何か他に聞きたいことはあるかの?」
そう言ってヴィンスは微笑んだが、オードリーはやはり言葉を発せず俯いた。気持ちの置き場がわからず、考えもまとまらない。どうしたらよいのかがわからない。
膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめていると、不意に頭をポンポンと優しく触られた。大丈夫だと言われているようで、ほんの少しだけ気持ちがやわらぐ。そのオードリーを気遣ってくれる優しさに、オードリーはふうと息を吐き、暫し身を委ねた。
「少し休憩しようかの」
ヴィンスは2人を微笑まし気に見ながら優しく告げると、アンガスにお茶の用意を命じた。




