結末
「それを両親は実行したのですね」
「ああ、その通り。だがね、2人には大きな問題があったんじゃ」
「大きな問題、ですか?」
「魔法使いだったからだろう。俺たちは国に管理され、常に監視されているからな」
オードリーが不安げな表情で尋ねると、レオンが複雑そうな顔をして呟いた。
「まさにその通りじゃよ。人間は大変じゃのぉ。まぁ当時は監視されてはいないようじゃったが……。でなけりゃフレッドはこの村に通えなかったはずじゃ。この村は人間には感知できないからの」
ヴィンスはやれやれと言った様子で首を振ると、話の続きを語り始めた。
フレッドは魔法使いだ。当時は今ほど魔法使いへの束縛は強くなかったが、強制的に国に仕えさせられており、仕事を辞めることなど不可能だった。
魔力さえ失ってしまえば、『逃げる』ことは可能だ。人間は、というより精霊を含めても限られた者しか、魔力を消す方法が存在することを知らない。しかし逃げたが最後、王国は国を挙げてフレッドを探しだそうとするだろう。最悪の場合、裏切者としてお尋ね人になるかもしれない。魔力がなくなったからといって、フレッドの容姿が変わる訳ではない。2人は王都から遠く離れた地で、国外に出ることもできずに隠れて生活を送ることになるだろう。
このことを、もちろんバーバラの両親は憂慮していた。4人での話し合いが行われた日、愛する娘にそんな思いをさせたくないと、バーバラとフレッドに涙ながらに訴えた。今の状態を続けるのでは駄目なのか、精霊と人間が結婚してもいいではないか、と。
フレッド自身もバーバラにそんな生活をさせたくはなかった。他の方法を考えよう、とバーバラを優しく諭したものの、バーバラは頑として頷かない。
「バーバラ、お母さんたちはね、貴女が堂々と幸せに暮らせるならば人間になったって構わないの。フレッドと一緒になることに反対するつもりはないのよ。でもね、一生逃げ続けなければならないかもしれないのよ? それに王都に近づけなくなると、私たちに会うことすらできなくなるわ。お願いよ、考え直して頂戴」
バーバラは母親の懇願に言葉を詰まらせたものの、すぐに首を横に振った。
「お母さん、お父さん、ごめんなさい。私はそれでもフレッドと共に歳を重ねていきたいの。どんなに茨の道だって構わない。絶対に幸せになってみせるわ」
泣きそうな顔ではあったが、揺るぎない決意が感じ取れる芯の通った声だった。次にバーバラはフレッドの方を向くと、半ば睨みつけるようにフレッドを見つめた。
「フレッド。私は貴方といたいの。このままでは、貴方はいつか私を置いて死んでしまう。そんなのは嫌よ」
「でもね、バーバラ。私は追われる身になるかもしれない。運良く死亡扱いになったとしても、知人のいる王都には一生戻ってこられないだろう。私は君を愛している。だけどそれと同じように、君のご両親も君を愛しているんだ。君には愛してくれる人たちの中で笑っていて欲しいんだよ」
「フレッド! それじゃあ私の気持ちはどうなるの? 確かに、お母さんたちには申し訳ないと思うわ。でも、私は貴方といられるなら、国から追われようとも一生逃げ続けてやるわ! 貴方は私の為と言いながら、私と一緒に幸せになる自信がないだけよ! いい加減に腹をくくったらどうなの!」
バーバラはそう叫ぶと、ガタンと勢いよく椅子から立ち上がり部屋を出て言った。フレッドはバーバラの言葉に驚いたように目を見開き、ただただバーバラが立ち去っていくのを呆然と眺めていた。
「ごめんなさいね。昔から気の強い子で……」
「いえ……バーバラには、私の弱さが見えていたんですね。確かに、彼女の為と言いながら、自分に自信がなかっただけかもしれません」
フレッドはふぅと深く息を吐くと、真剣な表情でバーバラの両親を見つめた。先ほどまでの笑顔は消え、覚悟を決めた面構えだった。
「バーバラを私にください。彼女を必ず幸せにします。守り抜いてみせます」
そう言って、フレッドは頭を下げた。バーバラの両親は暫く何も答えなかったが、頭を下げ続けるフレッドを見て諦めたように息を吐いた。
「確かに、私たちもバーバラの考える幸せではなく、私たちの考える幸せを押し付けていたのかもしれないね」
「えぇ、あの子だって、色々考えた上で決めたことでしょう。優しいあの子のことだもの、私たちのことを想って悩んだはずだわ」
「フレッド、頭を上げてくれ。必ず2人で幸せになってくれ。私たちは君のことだって家族のように思っているんだ。娘だけでなく、君にも幸せになってもらいたいんだよ」
フレッドは静かに頭を上げて優しく微笑む2人を見ると、もう一度深く頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず2人で幸せに生きていきます」
「フレッド、その決意を早くバーバラに伝えてあげてくださいな。あの子は貴方の言葉を待っているんだから」
フレッドは力強く頷くと、バーバラの元へと走っていった。
その1ヶ月後、村の広場で2人の結婚式が執り行われた。結婚式はこれまでの2人のままで行いたいという、バーバラの願いからだった。2人はそれはそれは幸せそうだったが、きっとバーバラの両親の、そして村人たちの気持ちを鑑みてのことだったと思われる。
パーティーの最後に、それは実行に移された。この日、フレッドはこっそりと必要な荷物をまとめ精霊の村にやってきていた。国から逃げるという決意とともに。
村人たちが心配そうに2人を見守る中、フレッドは魔法を行使する。すると、花嫁衣装に身を包むバーバラの黒かった髪は茶色く染まり、赤い瞳は透き通った緑色へと一瞬で変化してしまった。そして、2人からは魔力の一切が消え失せた。
この時、バーバラはこの日1番の笑顔だった。バーバラとフレッドはきっと2人で幸せを掴むと、未来を期待させるものがあった。
旅装束に着替えた2人は、森の入口で皆に別れを告げた。バーバラは笑みを浮かべていたものの、その瞳は両親を映しゆらゆらと揺れていた。
「バーバラ、泣かないの。幸せに、なりなさい。貴女の幸せをいつも願っていますからね」
「ありがとう」
涙を浮かべながら微笑む両親に、バーバラはそっと抱きついた。両親もバーバラをぎゅっと抱き寄せる。バーバラはふふっと嬉しそうな声を出すと、両親から離れ目尻を拭って笑みを浮かべた。
「行ってきます」
バーバラはそう言ってフレッドの元に駆け寄り、しっかりとフレッドの手を取った。そして2人は笑顔を浮かべると森へと足を踏み入れ、振り返ることなく歩いて行った。




