写真
「オードリーさん、どうかされましたか」
エヴァンの声にオードリーははっと現実に引き戻された。慌ててその声の聞こえた方を見やると、エヴァンがしゃがみ込んで心配そうにオードリーの顔を見つめている。オードリーは少し硬い表情のまま、躊躇いがちに口を開いた。
「あの……この方は……」
エヴァンは相変わらず気遣わし気にオードリーを見ていたが、静かに立ち上がるとオードリーの向かいに座った。
「オードリーさんは、何をそんなに驚いているのかね?」
穏やかではあるが、はぐらかすこともできないような声音であった。オードリーは何と言おうか悩みながら、恐る恐る言葉を紡いだ。
「……父に、似ているんです。私の記憶の中では、この写真より歳をとってはいますが、すごく似ています」
オードリーの言葉にエヴァンは目を見張った。そして少し考えるような素振りを見せた後、エヴァンは小さな声で「お父上の写真はありますかな」とオードリーに問うた。
オードリーにはエヴァンがその答えを知っていて尋ねているように思えた。
写真はかなり高価なものだ。機械に魔力が組み込まれているため、写真機はおろか1枚の写真を撮ることでさえお金持ちでなければ難しい。
平民であるオードリーには写真を撮る機会などなかったことくらい、エヴァンにはわかっているのだろう。「いいえ」とオードリーが首を横に振ると、エヴァンは変わらない調子で「そうですか」とだけ呟き目を閉じた。
エヴァンが何かを考え始めてからは、オードリーは無言で写真を見続けた。やはり、どんなに見返しても似ているとしか思えない。しばらくして、エヴァンが徐に口を開いた。
「彼の名は、フレドリック・レイナー。希代の天才と呼ばれた魔法使いです。そして20年前、彼は忽然と姿を消しました」
オードリーはエヴァンの後に続くようにその名を呟いてみたが、その名に聞き覚えはなかった。父フレッドと名が似ているくらいだ。
しかしそれと同時に、姿を消したということが気になった。魔法使いというのは魔力で国に管理されているのではなかったか。
「忽然と、ですか?」
「ええ、そうなのです。魔力も感知できなくてね、公には死んだことになっていましてな。ですが、実際には彼の生死はわからないのです。亡骸が見つかったわけではない」
エヴァンはそこでふうと1つため息をつくと、何かを決意したような顔つきになる。
「あなたのお父上のお名前は、フレッドと仰っていましたね。フレドリックと親しかった者は皆、彼をフレッドと呼んでいたのです。……ここからは推測であって、あくまで可能性の話になりますがね、彼の魔力を感知できなくなったことから、もし彼が生きて姿を消したのならば、方法はわからないけれども彼に魔力がなくなったとしか考えられない。それに彼は天涯孤独の身で、オードリーさんの親戚ということはありえません。そこに関しては彼がいなくなったときに国を挙げて調査しております。さらに言うと、彼が務めていたのは第四研究室、つまり魔法薬の研究室です。彼は薬学に精通しておりました」
オードリーはエヴァンが言わんとしていることを理解して、息を飲んだ。断言はできないけれど否定もできない話に、オードリーは言葉を失う。
一方でエヴァンは話している間に自分の考えに気が高ぶってきたようだった。戸惑いを隠せないオードリーをエヴァンは真剣な眼差しで見つめると、オードリーの考えているそれと同じことを興奮気味にはっきりと口にした。
「この写真に写っているフレドリックは、オードリーさんのお父上と同一人物かもしれませんぞ」