お茶会
第三研究室を出ると、オードリーはエヴァンの後ろを静かに歩いた。エヴァンも特に言葉を発することなくゆっくりと歩いている。
オードリーは所長室がどこにあるのかさえ覚えてはいなかったが、たどり着いてみるとそこは研究所の最上階であった。エヴァンは鍵を使って扉を開けると、オードリーを優し気な目で見てどうぞ、と入室を促した。
オードリーがエヴァンに軽く会釈をして中に入ると、応接台にはすでにお茶の用意がされてあった。それはオードリーが経験したことのないほど豪華なものだった。ティーセット以外にスコーンやクッキー、数種類のケーキが並んでいる。
「そちらにお掛けなさい。いやはや、折角お誘いをするのでお菓子をと思ったんですがな、何分好みがわからなかったものでね。思わず色々準備をしてしまいました」
エヴァンは恥ずかしそうに微笑むと、自身もソファに腰かけた。そして自らポットを手に取るといそいそとお茶の準備を始めた。オードリーはどこか楽しそうにお茶を入れているエヴァンの手元を静かに見つめた。お茶を入れるのは慣れたもののようで、黄金色の紅茶がティーカップに注がれる。
「これでも紅茶を淹れるのが上手いと、言われるんですぞ。とりあえず飲んでみてくだされ。……いかがですかな?」
オードリーは紅茶を口に含むと自然と笑みを浮かべた。その紅茶はオードリーが普段飲んでいるものより香りが高く、自身が淹れてもここまで上手く淹れられないだろうと思われた。
「おいしいです。こんなにおいしい紅茶は初めてです」
「それはよかった」
エヴァンは嬉しそうに笑うと、自身もカップに口をつけた。そして目の前にあるお皿を一通り見てから、スコーンを1つ自分のお皿に取り分けた。
「オードリーさんも遠慮なさらずお好きなものをどうぞ。……もちろん、全部食べたって大丈夫ですぞ」
エヴァンは茶目っ気たっぷりにウインクをすると、スコーンを口に運ぶ。オードリーはエヴァンの言葉に思わず笑うと、パウンドケーキを1つお皿にのせた。それをオードリーが口に運ぶのを見ると、エヴァンは徐に口を開いた。
「話には聞いていましたが、本当に緑色の瞳をしていますな。本当に珍しいことだ」
「ええ、私自身、理由は全くわかりませんが」
「そうでしょうな。生い立ちについては報告書を読んでいます。お父上とお母上のことは、本当に残念です。特にお父上には私もお会いしてみたかった」
「なぜ……ですか?」
オードリーは訝しげにエヴァンを見つめた。そんなオードリーを気にせずエヴァンは続ける。
「オードリーさんの薬の師匠はお父上でしたね。そしてお父上は王都にも近づこうとなさらなかった。彼なら何かを知っていたのではないかと思うのですよ」
「そう……ですね。父なら何か知っていたのかもしれません」
エヴァンの言葉に、オードリーは静かに頷いた。そして、父は何故何も教えてくれなかったのだろう、という疑問が頭の中をよぎった。頑なに何も話そうとしなかったフレッドは、何かを知っていたのかもしれないと今更ながらに感じてしまう。
暗い顔をして俯いたオードリーに、エヴァンは少し焦ったように、しかし相変わらず優しい声音で話しかけた。
「余計なことを申しましたな。気になさらないでくだされ。今更どうしようもないことを考えても、何も解決しませんからな。これは私たちが頑張るべきことですよ。引き続き、ご協力をお願いしますぞ。……このケーキは王都で有名なお菓子でしてな、お1ついかがですかな?」
エヴァンはオードリーに向かって微笑みながら、次のケーキを進めてくる。
そうよね、わからないものはいくら考えてもわからないわ……
オードリーは無理矢理笑顔を作ると、エヴァンに進められるがまま次のケーキに手を伸ばした。
しばらく他愛もない話をしていると、オードリーはふとエヴァンの執務机の上に写真立てが1つ置かれていることに気がついた。何の気無しに尋ねてみる。
「ご家族の写真を飾られているんですか?」
すると、オードリーの視線の先を見たエヴァンの動きが一瞬止まった。エヴァンはすぐに元に戻ったが、その笑顔は少し寂しそうな、それでいて悔しそうなものだった。エヴァンはソファから立ち上がると、執務机の方に歩いて行った。
「いいえ、昔の同僚です。彼はかなり優秀な人物だったんだがね。もうこの世にはいないのです。これは戒めとして置いてあるだけでね。この話は研究所内では有名ですので、オードリーさんも耳にするかもしれませんな」
エヴァンはその写真を手に取ると、静かにオードリーの元に歩いてきた。そして、オードリーにその写真を手渡した。
「これはもう20年も昔の写真です。私も若いでしょう」
ほっほっと恥ずかしそうに笑うエヴァンは、オードリーが何の反応も返さないことに最初は気づかなかった。しかし、しばらくしてオードリーの様子がおかしい事に気がつくと、オードリーの顔を心配そうに覗き込んだ。
オードリーは目を見開きぽかんと口を開けたまま、呆然と写真を見つめていた。




