お誘い
それから2週間、特に何もないまま時間が過ぎて行った。
基本的に昼夜問わず図書館から借りてきた本を読む毎日で、オードリーにとっては中々に幸せな時間だった。日中は第三研究室に詰めてはいるがやっぱり本を読む時間が長く、時折グレイスたちの質問に答えたり、調査の為にと様々な薬を作ったりしていた。
第三研究室内には6つの扉があり、そのうちの1つがオードリーの使用を許可された実験室だ。それ以外の5つの扉の中に何があるのかは今のところオードリーにはわからなかったが、どうせここからいなくなるのだからと聞かないでおいている。
研究所での生活にも慣れ、第三研究室のメンバーとも楽しく雑談ができるようになった。蝋燭の元で赤く色づく瞳も、レオンが言っていたように気味悪がられることなく受け入れられた。研究所内でその瞳を晒して歩いても、オードリーを気にする素振りをする者は誰もいなかった。
初めてその瞳を隠さず歩いた日はビクビクしていたものだが、あまりにも気にされないためオードリーもそのうち気にすることをやめた。ただ、魔法と同じくこの環境に慣れることで、元の生活に戻った時に余計に辛くなることが不安だった。
オードリーには誰も何も言わないが、ここ2週間毎日のように調査を進めても解決の糸口が全く見つからないようだった。グレイスの笑顔には日に日に僅かながら焦りの色が強く見られるようになっている。
かと言って、オードリーも自分の薬に対して意図的に何かをしている訳でもないため、自身が何をしたらよいのかもわからなかった。
その日もオードリーは、昼食を終えてから第三研究室のソファに座って新しい薬学書を読んでいた。普段ならこのまま夕方まで本を読み続けるのだが、この日は珍しく、廊下に繋がる扉からコンコンコンと音がした。
この時室内にはオードリーとアビーしかおらず、オードリーはアビーを見た。オードリーには扉を開けることはできないし、入室の許可も出せはしない。アビーは不思議そうな顔をしながら、扉に向かって歩いていく。
「はーい、どちら様ー? ……って所長、お疲れ様です」
アビーの声にオードリーが振り向くと、2週間前に1度だけ顔を合わせたエヴァンがにこにこと穏やかな笑みを浮かべて廊下に立っていた。アビーは慌てて道を開け、所長を室内へと招き入れる。オードリーも薬学書を閉じ、その場に立ち上がって頭を下げた。
「いきなり尋ねてすみませんな。ちょっと、オードリーさんをお茶にお誘いしようと思いましてな。なに、グレイスには許可をとっております。安心していらしてくだされ」
「は、はい」
グレイスさんに許可をもらったと仰っているし、所長さんだし、レオンさんがいないけど行ってもいいのよね?
現在、オードリーの行動は基本的にレオンが管理することになっていた。しかし今ここにレオンがいない。オードリーは緊張気味に頷くと、確認するようにアビーの方をちらりと見た。
アビーはその視線に気づくと、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに理解したように頷いた。
「オードリー、レオンには私から言っておくから安心してね。いってらっしゃーい」
アビーがふにゃりと笑ってそう言うので、オードリーは少し安心して廊下へと向かうエヴァンについて行った。




