やばい
やばい。泣きそうかも…。
湖都は顔をこわばらせた。
その時、視線の先にいた雄大がこちらを見た。目があったのにサッと逸らされた。
胸がズキンと痛かった。
夢ならいいのに…。
今日の映画は失敗だ。
本当は雄大と二人きりで映画に行く約束をしていたのに、自分が友達を呼んでしまった。
同じクラスの雄大と映画の話になり、湖都の母親が映画の無料チケットをもらった話をすると、雄大も無料チケットを持っていると言った。
なら二人で行こうかと話は決まったのだが、好きな人と二人で映画を見るのは絶対無理! と判断した湖都は、友達の希和子を誘ってしまった。
雄大には言わずに誘ったので、最初、彼は面食らった顔をしていたが、すぐに二人は打ち解けた。
そして、映画が始まるまで時間を潰している間、彼の顔がいつもと違うのに気づいた。
顔はやけにうれしそうだし、言葉遣いも希和子にはずいぶん優しい。
湖都だったら鼻で笑われる話題も、希和子には親切に答えている。
茫然としていると、眉をひそめて雄大がこちらを見た。
「さっきから黙ってどうしたんだよ、湖都」
「べ、別に何も…」
それ以上、言えなかった。
知らなかった。
雄大って、希和子が好きなんだ――。
それまで二人が話しているところを見たことがなかったから……。
もしかして、ずっと前から好きだったのだろうか?
そうだったら、自分はなんて間抜けなんだろう。
「湖都、映画始まるよ」
希和子に呼ばれて我に返る。二人はいつの間にかチケットを切ってもらうために並んでいた。慌てて並ぶと雄大が言った。
「映画、楽しみだな」
それは湖都に言った言葉じゃなかった。
希和子が頷いている。
な、何だかいい雰囲気?
後ろをついて行きながら、みじめな気持ちになる。
帰りたい――。
その時、希和子が立ち止った。
「忘れてた。ジュースとか買う?」
雄大は首を振って、いや、いいよ、と答えた。
希和子が、湖都を見る。
「湖都は?」
「いい……。ありがとう」
上の空で答えた。
席に着いたが、真ん中に希和子が座ったので、雄大と話すこともできなかった。当然、映画の内容もぼんやりとしか覚えていない。
映画がようやく終わり気持ちだけへとへとになって出ると、希和子がケーキバイキングに行かない? と提案してきた。
「えっ?」
すぐにでも家に帰りたかったのに、二人は行く気満々で断れなかった。
ショッピングモールの中にあるケーキバイキングの店に入る。湖都は希和子と隣に座り、目の前に雄大が座ったが、なぜか目も合わせてくれない。むしろ、怒っているのかも? と思った。
「湖都、早く取りに行こうよ」
希和子が意気揚々と立ち上がり我先にケーキを取りに行く。湖都は、雄大をちらりと見た。
「……行く?」
「ああ…」
雄大はむすっとした顏で席を立った。
湖都はまだ座ったままテーブルの下で手を握りしめた。
ああそうですか! わたしが邪魔なんでしょ!
ネガティブな気持ちでムカムカしたが、せっかくケーキバイキングに来たのだからと顔を上げた。
席を立って、足を踏み鳴らすように歩いた。でも、陳列棚に並んだケーキを見ると、思わず目が輝いた。
色とりどりのケーキ。旬のフルーツをたくさん使ったケーキやチョコレート、モンブランやショートケーキもある。
ショートケーキをひとつ取った。赤いイチゴが嫌な事を忘れさせてくれる気がした。もうひとつ、ブルーベリーチーズケーキを取る。
遅れて席に着くと、二人はすでに食べて楽しそうだった。
「湖都、遅い! 先に食べてるよ」
希和子は満面の笑みで、チョコレートケーキをフォークですくって口に運んでいる。そのスピードの速いこと。たちまち、ケーキを四つぺろりと食べた。
雄大はにやにやしながら、
「見かけによらず、よく食べるね」
と笑うと、希和子は嫌な顔もせず、おいしいんだもん! と言ってから、再びケーキを取りに行くために立ち上がった。
湖都は座ってから、ショートケーキをじっくりと味わって食べた。
甘酸っぱいイチゴと生地はふんわりしていた。
「おいし…」
呟いて、ふっと目を上げると、雄大がじっと見ていた。
ドキリとする。
「お前さ…」
「え?」
思わず顔がこわばった。
「それだけで足りるの?」
「へ?」
「せっかく金払ってんだからさ、もっと食えば?」
「あ、あんただって、男ならもっとガツガツ食べなさいよ」
「俺はいいんだよ。男だから甘いもんなんかおかしいだろ」
「なら、何でここにいるのよ」
「誘われたから…」
ぼそりと言って、チーズケーキを食べ始めた。三つ平らげると、サッと立ち上がる。
入れ違いに、希和子が戻ってきた。
お皿には四つのケーキ。
「希和子、いくつ食べるの?」
唖然とすると、希和子はにっこり笑った。
「わたし、ケーキ大好きなんだ」
本当にうれしそうだ。その屈託のない顔を見ているとこちらも楽しい気持ちになる。
「太ってもいいの?」
「これがね、不思議と太らないのよ、わたし」
希和子は平然と言った。確かに希和子は痩せていて、色白のかわいい少女だ。
湖都はぷっと吹き出すと、希和子の食べっぷりと見ていると、うじうじしている自分がバカみたいに思えてきた。
「私も食べよっと」
ショートケーキをようやく食べると、ブルーベリーのチーズケーキに取りかかる。二つ目が終わる頃にはだいぶ満腹になっていた。
雄大が戻って来て、希和子の食べ方を見て、少しびっくりしていたが、笑顔に変わる。
ケーキバイキングに来たのは正解だった。
もし、湖都が暗い顔でばかりいたら、二人に嫌な思いをさせていたのかもしれない。
気分が変わると、少し明るい気持ちになった。
「もう一個、取りに行って来るね」
二人に言って、湖都は立ち上がった。
その日、希和子はケーキを九個も食べて、雄大は五つ、湖都は三つだった。
三つ目を食べている時、胸が一杯だった。それ以上、何も入らず、やっぱり、辛いって気持ちには勝てなかった。




