第47話:ガチ勢の領域
街の喧騒を背に、俺たちは『リベリア』の北西に位置する、険しい崖の麓へと辿り着いていた。
そこには、周囲の明るく平和な景色から切り離されたかのように、どっしりと重苦しい空気を感じさせる石造りの巨大な入り口が開いている。これが公式クエストの舞台、『忘却の地下迷宮』だ。
入り口の脇には、プレイヤーの警戒を促すように赤い警告色のシステムウィンドウが明滅していた。
『WARNING: 推奨レベル10。現在のパーティー平均レベル(Lv.3)では、攻略は極めて困難です。突入しますか?』
「『極めて困難』、ね。ゲーム運営からすれば、私たちみたいなレベル3の集団がここに来るのは、自殺行為に見えるんでしょうね」
メグが腰のポーチを軽く叩き、不敵な笑みを浮かべる。彼女の表情には不安の色など微塵もなく、むしろ「格上の相手をどう料理してやろうか」という、第一部でも見せた戦闘狂(ガチ勢)としての情熱が宿っていた。
「レベルという数字がすべてを決める世界なら、そもそも私たちのような人間がここに呼ばれるはずがありません。WISTERIAさん、扉を開けましょう。俺たちの本当の価値を、この世界に知らしめてやる時です」
闇風が短剣を抜き、その刃先をわずかに震わせる。それは恐怖ではなく、強敵を前にした武者震いだ。
「ああ。数字に踊らされる必要はない。行くぞ」
俺が重厚な石の扉に手をかけると、ズゥゥンという地響きと共に迷宮の内部が姿を現した。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような冷気と、澱んだ魔力の匂いが鼻をつく。訓練所で覚えた【気配察知(Lv.1)】が、即座に俺の脳内に周囲の状況をフィードバックしてきた。
(……いるな。四方八方の影の中に、少なくとも10以上の殺気)
「早速お出ましだ。カレン、12時方向の影に突進。闇風、3時と9時の通路から回り込もうとしている気配を潰せ。メグは俺の背後に回って、いつでもフラムポーションを投げられるよう待機だ!」
「了解しましたっ!」
カレンの身体が、爆発的な踏み込みと共に前方へ躍り出た。
影から飛び出してきたのは、全身を錆びた鎧で固めた『ボーン・ウォリアー』だ。推奨レベル10に相応しいそのステータスは、俺たちのHPを一撃で半分以上削り取るほどの攻撃力を持っているはずだった。
だが、どれだけ数字が高かろうと、その剣筋は俺の【予測演算(Lv.3)】からすれば、あまりに稚拙で単調な「決まりきったモーション」に過ぎない。
「カレン、そのまま二合交わして右へ回れ! 鎧の合わせ目が空くぞ!」
「はいっ!」
カレンは敵の重量級の剣をレイピアの腹で滑らせ、流れるような動作で脇の下を刺し貫いた。システムが「Weak Point!」という巨大な文字をポップアップさせる。本来ならレベル3の攻撃など通用しないはずの防御力を、彼女は急所への「必殺の点突き」によって無効化してみせたのだ。
「遅いっ!の指示通り動けば、当たることなんてありません!」
闇風の声が左右の通路から響く。
彼は新スキル【影踏み】を使い、暗がりに潜んでいたスケルトンたちの背後を、まさに「影を踏む」ような音のない挙動で取っていた。一瞬で2体の首を落とし、ジャスト回避の「Perfect」エフェクトを置き去りにしながら、俺たちの元へと戻ってくる。
「……信じられないわね。これ、本当に推奨レベル10のダンジョン? 私たちのレベルが上がったのかしら」
メグが呆れたように言いながら、フラムポーションを闇風の背後から迫る増援へと投げつける。
「いや、違う。俺たちが『ゲームのルール』を無視して、現実の技術を強引に反映させているだけだ」
俺は冷静に分析しながら、さらに奥へと進む。
レベル10の推奨難易度は、プレイヤーが「システムのアシスト」に従って戦うことを前提としている。しかし、俺たちはシステムの予測ラインが出る前に相手の殺気を【気配察知】で捉え、システムが推奨するコンボではなく、現実の急所を的確に突いている。これこそが、ガチ勢による「仕様(数字)へのハッキング」だ。
迷宮の最深部、上層のボス部屋を目前にした回廊で、俺は再び「あのノイズ」を感じた。
街で感じた、黒く塗りつぶされたような計算不能のエリア。それが、曲がり角の先の踊り場に陣取っている。
「……止まれ。ここから先は、さっきまでのモンスターとは別物だ」
俺が制止すると、3人が即座に臨戦態勢に入った。
踊り場の中心に立っていたのは、迷宮のモンスターではない。
黒い全身タイツのような装備に身を包み、顔を無機質な仮面で覆った、プレイヤーキャラクターのような容姿の3人組だった。
「……何よ、先客? それとも迷子?」
メグが挑発的に声をかけるが、相手は一切の返答もしない。ただ、冷徹な殺意だけが、彼らの手にする黒い武器から放たれていた。
俺の【気配察知】が、警鐘を鳴らし続ける。
こいつらには、他のプレイヤーにあるような「名前」も「レベル」も表示されていない。ただ、足元に不気味な錆びた歯車の紋章が、システムを浸食するようにぼんやりと浮かんでいた。
俺は杖を構え、軍師としての視線を研ぎ澄ませた。
読んでいただきありがとうございました!もし面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援してもらえると励みになりま
す!




