第41話:リベラルワールド
現実世界で命がけの超常決戦を繰り広げ、世界を救ってきた俺たち。そんな壮絶な修羅場をくぐり抜けてきたはずの俺たちが次に放り込まれたのは、驚くほど平和で、驚くほど美しい王道ファンタジーMMORPG『リベラル・ワールド』だった。
見渡す限りの瑞々しい大草原。遥か彼方には雲を突き抜けるほどに巨大な白亜の城塞都市がそびえ立ち、空には二つの月が幻想的な輪郭を描いている。風のざわめきや草木の香りまでが五感を心地よく刺激する。ここが、新しく俺たちの舞台となるゲーム世界だ。
「わあ……! すごい、本当にファンタジーの絵本の中に飛び込んじゃったみたい!」
カレンが初期装備の革鎧をパタパタと叩きながら、少女らしく無邪気に声を弾ませる。第一部での張り詰めた表情から解放された彼女の笑顔は、見ていてこちらまで救われる気がする。
「ちょっと青真、誰か説明して! なんでこのゲーム、敵に近づくだけで『あと何メートルで気づかれます』って親切なメーターが空間に浮き出るわけ!? 索敵の緊張感が秒で崩壊したわよ!」
一方、メグは空間に浮き出た半透明のメーターを睨みつけながら、あまりに親切すぎるインターフェースに早速キレのあるツッコミを入れていた。
「落ち着けメグ、それはただの親切設計だ。ゲーム側が初心者にくれた優しさだよ。……ひとまず、各自ステータスウィンドウを開いて現状を確認しよう」
俺――青真がそう言って目の前の空間を軽くタップすると、ピン、と小気味いい音を立てて青い半透明のウィンドウが目の前に展開された。
名前:WISTERIA
レベル:1
職業:戦術士(見習い)
所持スキル:【予測演算(Lv.1)】
よし、職業は前衛ではなく、俺の得意な軍師スタイルである『戦術士』だ。初期スキルも俺の思考を拡張してくれる【予測演算】。これならいつも通りの立ち回りができる。
「本当だ、レベル1に戻っちゃってますね。スキルも初期のものしかありません」
カレンも自分のウィンドウを出して、物珍しそうに眺めている。
「WISTERIAさん。こちらの初期装備ですが、現実の武器に比べて重量バランスが完璧に調整されすぎていて、かえって手応えが薄く感じられます。実戦の感覚からすると少々物足りないのですが、どう対処すべきでしょうか……」
一歩後ろに控え、神妙な面持ちで報告してくるのは闇風だ。ゲーム特有の扱いやすさに素直に戸惑い、いつもの弱気そうな視線を俺に向けているが、その言葉には変わらない深い敬意と忠誠心が籠もっている。
「なるほどな。だが闇風、その軽さは連続攻撃の速度を限界まで引き上げる強みに変えられるはずだ。お前の技量ならすぐに馴染ませられる」
「なるほど……! さすがWISTERIAさん、そこまで瞬時に見抜くとは。お任せください、すぐに適応してみせます」
闇風はハッとしたように目を輝かせ、深く頷いた。現実世界で俺を師匠と仰いだ時と同じ、純粋な憧れの眼差しだ。
そんな俺たちのやり取りを遮るように、草むらを大きく揺らして、牙を剥き出しにした大型の野生獣『フォレスト・ボア』が現れた。
「青真くん、来ます!」
「よし、まずは初期スキルのテストを兼ねてサクッと片付けるぞ。――スキル発動、【予測演算】!」
俺がスキルを発動した瞬間、脳内にボアの「1秒後の突進ライン」がクッキリと赤い軌跡として弾き出された。レベル1なだけあって予知時間は短いが、軍師としての俺の頭脳をサポートするには十分すぎるデータだ。俺は即座に最適な布陣を弾き出し、声を発する。
「闇風、左へ二歩! カレン、奴の右側面の死角へ! メグは動きが止まった瞬間に、初期スキルのポーションをぶち込め!」
「……御意」
その瞬間、闇風の空気が一変した。
さっきまでの弱気な雰囲気が完全に消え去り、瞳からスッと光が失われる。システムのアシストを力ずくでねじ伏せた、現実のアサシンそのものの無駄のない冷徹な体捌き。突進を紙一重でかわした闇風の刃が、ボアの首筋を容赦なく撫でる。あまりのジャスト回避に、ゲーム側が焦ったように「Perfect!!」と派手な文字を空間にポップアップさせた。
「そこですっ!」
カレンが自身のウィンドウにある【一刹】のスキルアイコンを意識しながら、卓越した剣速の突きを放つ。ボアの方向転換のラグを正確に捉え、最もダメージの通るクリティカル部位へと吸い込まれた。
「いっけぇ! 『フラムポーション』!」
動きの止まったボアへ向けて、メグが初期装備のフラスコからサッと調合した、錬金術師の初期スキル薬品を投げつける。それがボアの身体に触れた瞬間、激しい炎が爆発的に巻き起こり、完璧なタイミングで直撃した。
ボアは俺たちに一度も触れることすらできず、光の粒子となって霧散した。
画面に躍る【VICTORY!】の文字。
「……何よこの、戦ったのに一切汗もかいてない感覚」
メグが自分の綺麗な手を眺めながら呟く。
「WISTERIAさん、指示通りの位置で的確に仕留めました。俺の動き、お役に立てたでしょうか」
戦闘が終わった瞬間、闇風はスッといつもの気配に戻り、背筋を伸ばして俺の評価を待つように見つめてきた。戦闘力はとっくに俺を超えているのに、この忠実な弟子っぷりは相変わらずだ。
「ああ、完璧だったよ、闇風。助かった」
「ありがきお言葉です!」
闇風は嬉しそうに小さく一礼し、短剣を流れるような動作で納刀した。
こうして、世界を救った最強の4人による、過保護すぎるファンタジー世界の大冒険が幕を開けたのだった。




