最終話 蒼き星
人は、
いつか必ず終わる。
命も。
記憶も。
時代も。
それでも。
誰かを想った願いだけは、
世界のどこかに残り続ける。
HYDRA CHRYSALIS
新章:ORIGIN
最終話 蒼き星
白かった。
世界が。
音もない。
光だけが広がっている。
榊は浮かんでいた。
感覚が曖昧だった。
身体があるのかも分からない。
「……終わったのか」
小さく呟く。
返事はない。
だが。
静かだった。
あれほど暴れていた終焉の気配が、
消えている。
深海も。
黒い闇も。
何もない。
ただ白い。
その時。
足音が響く。
コツ。
コツ。
振り返る。
そこには、
白髪の女が立っていた。
起源個体。
もう、
恐怖の気配はない。
静かな顔。
穏やかな瞳。
「――終わった」
榊が苦笑する。
「……マジかよ」
女が少しだけ笑う。
「――あなたが止めた」
榊は空を見る。
真っ白な世界。
「……実感ねぇな」
女が榊へ近づく。
ゆっくり。
「――あなたは消えかけている」
榊が自分の身体を見る。
透けていた。
深海色の粒子になっている。
「……そりゃそうか」
静かな声。
不思議と恐怖はなかった。
むしろ。
やり切った感覚の方が強い。
「――後悔してる?」
女が聞く。
榊は少し考える。
都市。
人々。
戦い。
苦しみ。
全部思い出す。
そして。
笑った。
「……いや」
小さく。
でも。
はっきり。
「守れたならいい」
女の瞳が揺れる。
初めて。
涙のような深海粒子が浮かぶ。
「――ありがとう」
榊が苦笑する。
「お前、感情あったんだな」
「――あなたが教えた」
静かな返答。
その瞬間。
白い世界に、
青い光が広がる。
海。
地球。
宇宙。
全部が見える。
榊が目を細める。
「……綺麗だな」
女が頷く。
「――あなたの星」
沈黙。
穏やかな時間。
戦いが終わった世界。
その時。
遠くで声が聞こえる。
「……榊」
かすかに。
「――戻れ」
管理体。
必死な声。
榊の目が揺れる。
「……まだ呼んでんのか」
女が榊を見る。
「――戻る?」
榊は黙る。
そして。
空を見る。
青い星。
人間達。
弱くて。
不器用で。
馬鹿ばかり。
でも。
嫌いじゃなかった。
「……帰るか」
女が少しだけ笑う。
寂しそうに。
「――私はもう行けない」
榊が振り返る。
「……一人で大丈夫か」
女は空を見る。
もう孤独ではない顔で。
「――大丈夫」
深海色の光が舞う。
「――あなたが残してくれた」
榊が笑う。
「そっか」
その瞬間。
白い世界が崩れ始める。
光が溢れる。
管理体の声が強くなる。
「――榊!!」
榊の身体が落ちる。
白から。
青い光の中へ。
海。
空。
雨。
全部が戻ってくる。
そして――
「っ……!!」
榊が目を開ける。
病室だった。
白い天井。
心電図の音。
雨の匂い。
「――起きた!」
管理体。
いや。
白衣の女。
人間の姿。
泣きそうな顔で、
榊を見ている。
榊が目を細める。
「……生きてんのか、俺」
女が笑う。
涙を流しながら。
「――馬鹿」
榊が小さく笑う。
窓の外を見る。
雨が止んでいた。
雲の切れ間。
青空。
その瞬間。
遠い海の向こうで、
小さな深海色の光が瞬いた。
まるで。
誰かが笑ったように。
榊は静かに目を閉じる。
世界は続く。
傷つきながら。
それでも。
未来へ。
―――END
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
HYDRA CHRYSALIS ―ORIGIN― は、
“孤独”と“繋がり”、
そして“人であること”をテーマに描いてきました。
榊が最後まで抗い続けたように、
弱さを抱えながらも前へ進む姿を、
少しでも感じてもらえたなら嬉しいです。
物語はここで一区切りとなります。
ですが、
海の底には、
まだ語られていない秘密が眠っています。
またいつか、
この世界で会いましょう。




