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観測者たちの夜  作者: 双鶴


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第2部 予測不能な現象

 音が消えた。


 湾岸道路にいた全員が、同じ“無音”の中に閉じ込められた。


 光が歪む。

 空気が押し出される。

 地面が沈むように揺れる。


 ミナの視界が白く弾けた。

 誰かの手が離れる感触だけが残る。


 リョウは叫んだつもりだったが、声が出ていない。

 耳鳴りだけが世界を満たす。


 榊原は測定器を抱えたまま、膝をついた。

 画面の数字が乱れ、光の粒のように散っていく。


 母親は子どもを抱きしめ、目を閉じた。

 子どもの小さな手が、服を強く握る。


 佐久間は、海の方へ引き寄せられるように倒れ込む。

 悠斗が手を伸ばすが、距離が縮まらない。


 海が、形を持ったまま迫ってくる。

 波ではない。

 “巨大な壁”のような水塊。


 光が走る。

 影が揺れる。

 世界が折れ曲がる。


 そして──

 第二波が街に触れた。



 ──音が戻らない。


 23時21分。

 第二波が街を呑み込んでから、数分が経っていた。


 だが、世界はまだ“無音”のままだった。


 ***


 三枝悠斗は、瓦礫の隙間で目を覚ました。

 耳鳴りが続き、視界が揺れる。

 頬に触れたアスファルトは濡れて冷たい。


 「……佐久間……」


 声は出ている。

 だが、自分の声が自分の耳に届かない。


 悠斗はゆっくりと立ち上がった。

 道路は崩れ、車は横倒しになり、街灯は半分以上が折れている。

 しかし──


 “静かすぎる”。


 瓦礫が崩れる音も、遠くの叫びも、風の音もない。

 ただ、湿った空気だけが肌にまとわりつく。


 胸の奥に、低い振動だけが残っていた。


 ***


 ミナは、倒れた自転車の下で目を開けた。

 腕に擦り傷、膝に血。

 呼吸が浅い。


 「……リョウ……ユウト……」


 声は震えている。

 だが、音が世界に届かない。


 ミナは立ち上がり、周囲を見渡した。

 道路は歪み、看板が倒れ、ガラスが散乱している。

 だが、どこにも“人の声”がない。


 「……誰か……」


 その言葉も、空気に吸い込まれて消えた。


 ***


 リョウは、車の下敷きになりかけた場所で目を覚ました。

 肩が痛む。

 足が震える。


 「……ミナ……ユウト……」


 声は出ている。

 だが、耳には届かない。


 リョウは気づく。

 “音が消えている”のではない。

 “音が届かない”。


 空気が、まだ圧縮されたままなのだ。


 ***


 ユウトは、コンビニの前で倒れていた。

 ガラスが割れ、棚が崩れ、商品が散乱している。


 彼は震える手でスマホを拾い上げた。

 画面は真っ黒。

 電源も入らない。


 「……数字が……全部……」


 ユウトは空を見上げた。

 雲が低く垂れ込め、街灯の光が歪んで見える。


 “光が揺れている”。


 空気の密度がまだ不安定なのだ。


 ***


 榊原は、泥の中で測定器を抱えたまま倒れていた。

 画面は割れ、数字は消えている。


 「……データ……」


 声は震えている。

 だが、音は届かない。


 榊原は立ち上がり、海の方を見た。


 海は静かだった。

 第二波が去った直後とは思えないほど、静かだった。


 波がない。

 風がない。

 音がない。


 “前兆の静けさ”が、まだ続いている。


 榊原は呟いた。

 「……これは……終わっていない……」


 ***


 避難所の体育館。

 母親は子どもを抱きしめたまま、周囲を見渡した。


 人々は口を動かしている。

 泣いている者もいる。

 叫んでいる者もいる。


 だが──

 “音が聞こえない”。


 母親は震えた。

 「……なんで……声が……」


 子どもが母親の服を握りしめる。

 「お母さん……耳が……変……」


 母親は気づく。

 これは耳の問題ではない。

 空気そのものが、まだ“押しつぶされている”。


 第二波の“圧力”が、まだ街に残っているのだ。


 ***


 悠斗は、道路の中央に立ち尽くした。

 空気が重い。

呼吸が浅い。

 胸の奥で、低い振動が続いている。


 「……佐久間……どこだ……」


 返事はない。


 だが──

 遠くで、何かが“動いた”。


 音は聞こえない。

 しかし、空気の揺れだけが伝わってくる。


 悠斗は振り返った。


 海が、わずかに“呼吸”していた。


 波ではない。

 海面が上下している。

 まるで、巨大な生き物が息をしているように。


 悠斗は息を呑んだ。


 「……まだ……終わっていない……」



 ──風が止んだ。


 23時28分。

 第二波が去ってから、まだ十分も経っていない。


 だが、海は再び“息を潜めていた”。


 ***


 三枝悠斗は、湾岸道路の中央に立ち尽くしていた。

 耳鳴りは少しずつ薄れてきたが、音はまだ戻らない。

 世界が、薄い膜に覆われているような感覚。


 空気が重い。

 湿度が異常に高い。

 胸の奥で、低い振動が続いている。


 「……嫌な静けさだ」


 自分の声が、自分の耳に届かない。


 海の方を見る。

 波がない。

 風がない。

 ただ、海面がゆっくりと上下している。


 呼吸するように。


 ***


 ミナは、倒れたガードレールに手をつきながら歩いていた。

 足が震え、視界が揺れる。


 「……誰か……返事してよ……」


 声は出ている。

 だが、音は届かない。


 海の方から、冷たい空気が流れてくる。

 風ではない。

 “吸い込まれるような流れ”。


 ミナは思わず腕を抱いた。

 「……寒い……」


 気温は下がっていない。

 だが、空気の密度が変わっている。


 ***


 リョウは、道路の亀裂をまたぎながら進んでいた。

 足を引きずり、肩を押さえ、息を荒げながら。


 「ミナ……ユウト……」


 声は震えている。

だが、耳には届かない。


 リョウはふと気づいた。

 自分の吐く息が、白く見える。


 「……は……?」


 気温は高い。

 なのに、息だけが白い。


 空気の成分が変わっているのだ。


 ***


 ユウトは、コンビニの前で空を見上げていた。

 街灯の光が揺れている。

 光が“波打って”見える。


 「……屈折率が……変わってる……?」


 空気の密度が不安定なのだ。

 第二波の“圧力”がまだ残っている。


 ユウトは震える手で壊れたスマホを握りしめた。

 「……数字が……全部……消えてる……」


 彼は気づく。

 “計測できない世界”にいるのだ。


 ***


 榊原は、泥だらけの姿で海へ向かって歩いていた。

 測定器のメモリだけを握りしめて。


 海面が上下している。

 波ではない。

 “巨大な肺”が動いているような、規則的な上下。


 榊原は呟いた。

 「……呼吸している……?」


 彼はメモリを取り出し、割れた測定器に差し込んだ。

 画面は割れているが、内部データは読み取れる。


 波形が乱れ、密度が跳ね上がり、

 海底の地形が“押し広げられている”痕跡がある。


 「……第二波は“押し出し”……

  なら……次は……」


 榊原は顔を上げた。


 海が、わずかに後退した。


 砂浜が露出する。

 海底が見え始める。


 「……引き戻しだ……」


 声は震えている。

 だが、音は届かない。


 ***


 避難所の体育館。

 母親は子どもの手を握りしめたまま、外の様子を見ていた。


 人々はざわついている。

 だが、音は聞こえない。


 外の空気が、ゆっくりと“吸い込まれている”。

 風ではない。

 空気そのものが、海へ向かって流れている。


 子どもが母親の袖を引いた。

 「お母さん……海が……息してる……」


 母親は息を呑んだ。

 「……行こう。ここにいたら……危ない」


 ***


 悠斗は、海の前に立った。

 榊原が隣にいる。


 海面が、ゆっくりと沈んでいく。

 海底が露出し、光が揺れる。


 榊原が言った。


 「三枝主任……

  第三波が来ます。

  しかも……第二波とは“性質が違う”。」


 悠斗は海を見つめた。


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 「……まだ……終わっていない……」



 ──海が、沈んでいく。


 23時33分。

 第二波が去ってから十数分。

 海は静まり返り、風は止み、空気は重く、光は揺れている。


 榊原は、割れた測定器のメモリを握りしめたまま、海岸線へ向かって歩いていた。

 足元の砂が、わずかに“吸い込まれる”ように沈む。


 「……これは……潮の引き方じゃない……」


 声は震えている。

 だが、音はまだ世界に届かない。


 ***


 海岸線に着くと、海は異様な姿を見せていた。


 波がない。

 風がない。

 ただ、海面がゆっくりと上下している。


 呼吸するように。


 榊原は膝をつき、割れた測定器にメモリを差し込んだ。

 画面はひび割れているが、内部データは読み取れる。


 波形が乱れ、数字が跳ね上がり、密度が異常値を示している。


 「……密度が……上がって……いや、違う……

  “変わっている”……?」


 榊原は眉をひそめた。


 水の密度は、温度や塩分濃度で変化する。

 だが、この波形は──


 “水分子そのものの配列が変わっている”。


 そんなことは、理論上ありえない。


 「……第二波の前……海底地形が……押し広げられている……?」


 榊原は画面を凝視した。


 海底が削られたのではない。

 “押し広げられた”痕跡がある。


 まるで、巨大な何かが海の下から押し上げたように。


 「……これは……地震でも……津波でもない……」


 ***


 そのとき、背後で砂が崩れる音がした。

 音は聞こえない。

 だが、空気の揺れで分かる。


 ミナがふらつきながら歩いてきた。

 顔は青ざめ、腕は震えている。


 「……海が……息してる……」


 榊原は振り返った。

 ミナの声は聞こえない。

 だが、唇の動きで分かる。


 榊原は頷いた。

 「……そうだ……呼吸している……」


 ミナは海を見つめた。

 海面が上下し、光が揺れ、海底が露出している。


 「……これ……波じゃない……」


 榊原は答えた。

 「波じゃない。

  “水に見える現象”だ」


 ミナは息を呑んだ。

 その表情は、恐怖よりも“理解できないことへの拒絶”に近い。


 ***


 少し離れた場所で、リョウが道路の亀裂をまたぎながら歩いていた。

 足を引きずり、肩を押さえ、息を荒げながら。


 彼は海を見て立ち止まった。


 「……なんだよ……これ……」


 声は届かない。

 だが、空気の震えで榊原には分かった。


 リョウの吐く息が白い。

 気温は高いのに。


 空気の成分が変わっている。


 ***


 ユウトは、海岸線の少し上の道路から海を見下ろしていた。

 街灯の光が揺れ、海面が歪んで見える。


 「……屈折率が……変わってる……」


 彼は呟いた。

 音は届かないが、榊原にはその口の動きが読めた。


 ユウトは震える手で壊れたスマホを握りしめた。

 「……数字じゃ……説明できない……」


 ***


 榊原は立ち上がり、海を見つめた。


 海底が露出し、光が揺れ、空気が吸い込まれている。

 海が深く息を吸い込んでいる。


 「……第二波は“押し出し”……

  なら……第三波は……」


 榊原は息を呑んだ。


 「……“引き戻し”だ……」


 その瞬間、海がわずかに沈んだ。


 砂浜がさらに露出し、海底の岩が姿を現す。


 ミナが震える声で言った。

 「……来る……?」


 榊原は頷いた。


 「来る。

  しかも──

  第二波とは“性質が違う”。」


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 第三波の影が、静かに迫っていた。



 ──空気が、海へ向かって流れている。


 23時36分。

 第二波の静寂が続く中、街のあちこちで、生存者たちが動き始めていた。


 ***


 ミナは、倒れたガードレールに手をつきながら歩いていた。

 足は震え、呼吸は浅い。

 だが、止まることはできない。


 海の方から、冷たい空気が吸い込まれるように流れてくる。

 風ではない。

 “引き寄せられる流れ”。


 ミナは腕を抱いた。

 「……寒い……」


 気温は下がっていない。

 だが、空気の密度が変わっている。

 肌に触れる空気が、重く、湿っている。


 遠くで、誰かの影が揺れた。

 ミナは思わず声を張る。


 「リョウ! ユウト!」


 声は出ている。

 だが、音は届かない。

 それでも、ミナは走り出した。


 ***


 リョウは、道路の亀裂をまたぎながら進んでいた。

 肩が痛み、足を引きずり、息を荒げながら。


 「……ミナ……ユウト……」


 声は震えている。

 だが、耳には届かない。


 リョウはふと気づいた。

 自分の吐く息が白い。


 「……なんだよ……これ……」


 気温は高い。

 なのに、息だけが白い。


 空気の成分が変わっている。

 第二波の“圧力”が、まだ街に残っているのだ。


 リョウは前方に見える光を見つめた。

 海の方角だ。


 「……あっちに……何かある……」


 彼は足を引きずりながら、海へ向かった。


 ***


 ユウトは、コンビニの前で立ち尽くしていた。

 街灯の光が揺れ、空気が歪んで見える。


 「……屈折率が……変わってる……」


 彼は呟いた。

 音は届かないが、自分の声の振動だけが喉に残る。


 ユウトは壊れたスマホを握りしめた。

 画面は真っ黒。

 数字は消えたまま。


 「……数字じゃ……説明できない……」


 彼は海の方を見た。

 光が揺れ、海面が沈み、海底が露出している。


 ユウトは息を呑んだ。

 「……あれは……」


 彼は足を動かした。

 海へ向かって。


 ***


 避難所の体育館。

 母親は子どもの手を握りしめたまま、外の様子を見ていた。


 空気が、海へ向かって流れている。

 風ではない。

 “吸い込まれる流れ”。


 子どもが母親の袖を引いた。

 「お母さん……海が……息してる……」


 母親は震えた。

 「……行こう。ここにいたら……危ない」


 避難所の人々はざわついている。

 だが、誰も動こうとしない。

 “音が聞こえない世界”では、判断が遅れる。


 母親は子どもの手を強く握り、外へ走り出した。


 ***


 榊原は、海岸線で測定器のメモリを握りしめていた。

 海面が沈み、海底が露出し、光が揺れている。


 「……第二波は“押し出し”……

  第三波は……“引き戻し”……」


 彼は呟いた。

 音は届かないが、唇の動きで自分の言葉を確認する。


 榊原は立ち上がり、海を見つめた。


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 「……来る……」


 そのとき、背後で足音がした。

 音は聞こえない。

 だが、空気の揺れで分かる。


 榊原が振り返ると──

 三枝悠斗が立っていた。


 泥だらけの姿で、息を切らしながら。


 「……主任……!」


 榊原は駆け寄った。

 悠斗は海を見つめたまま、低く呟いた。


 「……佐久間が……いない……」


 榊原は息を呑んだ。

 だが、悠斗は続けた。


 「……でも……探すのは後だ。

  今は……これを見ろ」


 悠斗は海を指差した。


 海面が、さらに沈んでいる。

 海底が広がり、光が揺れ、空気が吸い込まれている。


 榊原は震えた。


 「……第三波が……来ます……」


 悠斗は頷いた。


 「分かってる。

  だから──

  みんなを集めるぞ」


 その瞬間、遠くで影が揺れた。


 ミナが走ってくる。

 リョウが足を引きずりながら続く。

 ユウトが海を見つめながら歩いてくる。

 母親が子どもを抱きしめて走ってくる。


 散り散りになった群像が、

 “第三波の予兆”に導かれるように、

 再び同じ場所へ集まり始めていた。


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 第三波の影が、すぐそこまで迫っていた。



 ──海が、沈んでいく。


 23時42分。

 第二波の静寂が続く中、海はゆっくりと“形を変え始めていた”。


 ***


 三枝悠斗は、海岸線の手前で立ち尽くしていた。

 海面が沈み、海底が露出し、光が揺れている。


 「……これは……」


 言葉が喉で止まる。

 音はまだ世界に届かない。

 だが、空気の震えだけが胸に響く。


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 波ではない。

 潮の満ち引きでもない。

 “巨大な肺”が動いているような、規則的な上下。


 悠斗は息を呑んだ。


 「……第三波が……形を持ち始めている……」


 ***


 榊原は、海底の露出した部分を凝視していた。

 砂浜が広がり、岩が姿を現し、海水が薄い膜のように残っている。


 だが──

 その海底が、光っている。


 「……光源が……海の下……?」


 榊原は震える手でメモリを握りしめた。

 割れた測定器の画面には、断片的な波形が表示されている。


 密度が跳ね上がり、

 空気が吸い込まれ、

 光が揺れ、

 海底が押し広げられている。


 「……これは……水の動きじゃない……

  “構造物の動き”だ……」


 榊原は呟いた。

 音は届かないが、唇の動きで自分の言葉を確認する。


 ***


 ミナは、海岸線の少し上の道路で立ち止まった。

 海が沈み、光が揺れ、空気が吸い込まれている。


 「……なに……これ……」


 彼女の髪が後ろへ引っ張られる。

 風ではない。

 “空気そのものが引き寄せられている”。


 ミナは腕を抱いた。

 「……寒い……」


 気温は下がっていない。

 だが、空気の密度が変わっている。


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 ***


 リョウは、足を引きずりながら海へ向かっていた。

 肩が痛み、息が荒い。


 だが──

 海の光を見た瞬間、足が止まった。


 「……なんだよ……これ……」


 海底が光っている。

 青白い光が、海の下から滲み出るように広がっている。


 リョウは息を呑んだ。

 「……波じゃねぇ……」


 ***


 ユウトは、海岸線の上から海を見下ろしていた。

 街灯の光が揺れ、海面が歪んで見える。


 「……屈折率が……また変わってる……」


 彼は呟いた。

 音は届かないが、喉の振動だけが残る。


 海底の光が、規則的に脈動している。

 まるで、巨大な心臓の鼓動のように。


 ユウトは震えた。

 「……これは……生き物の……」


 言葉が途切れる。


 ***


 避難所から走ってきた母親は、子どもを抱きしめたまま海を見た。

 海が沈み、光が揺れ、空気が吸い込まれている。


 子どもが震える声で言った。

 「お母さん……海が……息してる……」


 母親は息を呑んだ。

 「……走るよ……絶対に離れないで……」


 ***


 海が、さらに沈んだ。


 砂浜が広がり、海底の岩が露出し、光が強くなる。

 空気が吸い込まれ、髪が後ろへ引っ張られる。


 榊原が叫んだ。

 声は届かないが、唇の動きで分かる。


 「──引き戻しだ!!」


 その瞬間──

 海底の光が、一気に“形”を持った。


 光が線になり、

 線が面になり、

 面が“壁”になった。


 水ではない。

 “光る構造物”のような壁。


 悠斗は息を呑んだ。


 「……第三波が……形を持った……」


 海が、深く息を吸い込んでいる。


 次の瞬間──

 海が戻る。


 光る“壁”が、街へ向かって迫ってくる。


 第三波の“形”が、ついに姿を現した。



 ──海が、戻る。


 23時45分。

 海底の光が脈動し、空気が吸い込まれ、世界が歪んだ。


 そして次の瞬間──

 海が、一気に“戻ってきた”。


 ***


 三枝悠斗は、海岸線の手前で立ち尽くしていた。

 海底の光が線になり、面になり、巨大な“壁”になって迫ってくる。


 「……来る……!」


 声は出ている。

 だが、音はまだ世界に届かない。


 光る壁が、海底から剥がれるように立ち上がる。

 水ではない。

 “水に見える構造物”だ。


 その表面には、細かい光の粒が走っている。

 まるで、巨大な回路のように。


 悠斗は息を呑んだ。

 「……これは……自然現象じゃない……」


 ***


 榊原は、測定器のメモリを握りしめたまま叫んだ。

 声は届かないが、唇の動きで分かる。


 「主任!! 空気圧が……跳ね上がって……!」


 空気が爆発的に押し出される。

 髪が前へ吹き飛び、砂が舞い上がる。


 榊原は目を見開いた。


 「──第三波は“押し戻し”です!!」


 光る壁が、海から離れた。


 ***


 ミナは、道路の上で立ち尽くしていた。

 海の光が、夜空を照らしている。


 「……なに……これ……」


 光る壁が迫ってくる。

 波ではない。

 “形を持った光の塊”。


 ミナは叫んだ。

 「走れぇぇぇぇ!!」


 声は届かない。

 だが、リョウとユウトはその表情だけで理解した。


 ミナは全力で走り出した。


 ***


 リョウは足を引きずりながらも、ミナの腕を掴んだ。

 「行くぞ!!」


 声は聞こえない。

 だが、ミナは頷いた。


 光る壁が迫ってくる。

 地面が震え、街灯が折れ、電線が唸る。


 リョウは振り返った。

 「……速すぎる……!」


 第三波は、第二波よりも速い。

 重い。

 静かだ。


 “音のない破壊”。


 ***


 ユウトは、海を見つめたまま立ち尽くしていた。

 光る壁が迫ってくる。


 「……数字じゃ……説明できない……」


 彼は震える手で壊れたスマホを握りしめた。

 画面は真っ黒。

 数字は消えたまま。


 ユウトは呟いた。

 「……これ……生き物の……」


 言葉が途切れる。


 光る壁が、道路に触れた。


 ***


 避難所から走ってきた母親は、子どもを抱きしめたまま叫んだ。

 「目を閉じて!! 絶対に離れないで!!」


 声は届かない。

 だが、子どもは母親の腕の震えで理解した。


 光る壁が迫ってくる。

 空気が押し出され、地面が沈む。


 母親は子どもを抱きしめ、全力で走った。


 ***


 悠斗は、光る壁を正面から見つめた。

 その表面には、細かい光の粒が走っている。

 まるで、巨大な回路のように。


 「……これは……“情報”だ……?」


 榊原が叫んだ。

 「主任!! 離れてください!!」


 だが、悠斗は動けなかった。


 光る壁が、街に触れた。


 空気が爆発し、地面が揺れ、光が弾ける。

 世界が白く染まる。


 悠斗は最後に、佐久間の姿を思い浮かべた。


 「──佐久間……!」


 光が、すべてを呑み込んだ。


 第三波が、街を襲った。


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