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幕間 アルマゲスター

薄暗く、天井の高い広間。


礼拝堂を思わせる、5メートルはあろうかという大きなステンドグラスの前に、逆光を帯び鎮座する人影。


そこに据えられた机は、その黒い鏡面仕上げのカーボン素材が差し込む光を反射し、まるで浮遊しているかのようだった。



ステンドグラスというものは、かつて人々の祈りのために作られたものであっただろう。

しかし今、その荘厳で抽象的な色彩は、工業製品の冷たい光沢に溶けている。


静かな空間に、乾いたノックの音が響いた。


「失礼します。ミツバ様のご子息から、お電話が入っております。火急の用件との事ですが… いかが、いたしましょう」


静寂を保ちながらも、はっきりと良く通る力強い男の声。

対照的に、座する人影は気だるそうにゆっくりと返す。


「…あのドラ息子か。どうせまたカネの話だろう?」

「取り次ぎはいい。あとで遣いを送る、と伝えておいてくれ」


ドアの方を見ることもせず、他人事のようにあしらう。


「かしこまりました。では、そのように」


即答する男の声。


「いつもすまないね、こういう事はどうにも慣れないんだ」


「…いえ。では、失礼いたします」


男がそう言うと、ほどなく廊下に革靴の音が響き、やがて気配と共に静寂(しじま)に消えた。


「…ふぅ。まったく困ったものだよ、人間というのは」


広間に座するその人影は、独りごちた。


目にかかるほどの長めの銀髪、白いワイシャツに黒のスラックスといったフォーマルな装いと、静かで落ち着いた物腰は社会的な地位の高さを想起させる。


しかし、色白で華奢な体つきと端正な顔立ちは、”美少年”といっても差し支えない容貌だった。


背後の大きなステンドグラスの中央には、ローマ字の『A』をモチーフとしたロゴがデザインされている。


アマギ重工の現CEO、アマギ・ケイ。


その人影は、一人目のドールズ── シルバーハンドと呼ばれる男だった。


「欲深く、浅ましい権力者は特にね。 …いや、そうでもないと権力など得られないこの世界が、『困ったもの』ということか」


その男は浅くため息をつくと、無駄な装飾の無い、機能的にデザインされた椅子をわずかに右に回す。


「…何か見えるかい、マリア?」


声をかけた視線の先には、大きな楕円形のガラステーブルに向かい座る女性の人影。


マリアと呼ばれたその女の気配はひどく(うつ)ろで、蜃気楼のように頼りなくおぼろげだ。


黒一色の飾り気のないドレスに、顔全体を覆う黒のヴェール。

西洋式の喪服と思われる衣装に身を包んだマリアの視線は、眼前のガラステーブルに注がれているようだった。


テーブルには、魔方陣のような模様が描かれた布の上に規則的に並べられたカードが4枚。

タロットカードのようであるが、描かれている絵柄は点と線を軸にした抽象的でシンプルなデザインである。


喪服の女── マリアは、その並べられたカードのひとつひとつに手をかざし、消え入りそうな声で囁く。


「獅子の王… 戦の乙女… 猛禽(もうきん)の射手… そして、勇士オーリーオーン…」


静まり返った広間に、女のか細い声が響く。

シルバーハンドは少し間を置き、言葉を発する。


「…オリオン座、か。 12星座(ゾディアック・サイン)ではないんだね」


12星座(ゾディアック・サイン)とは、古代オリエントにより定義づけられた『黄道十二宮』と呼ばれる星座群のことであり、基本的には牡羊座から魚座までの12個の星座を指す言葉である。


星座や天球上の領域に関する定義の起源は、はるか5000年前ほどにまで(さかのぼ)る。


メソポタミアの古代文明を起源とし、2世紀ごろにはギリシャのプトレマイオスが記した『アルマゲスト』により48個の星座にまとめられ、やがて時を経た現代に於いては全天の領域を網羅した88個の星座に統一された。


オリオン座はそのひとつである。


シルバーハンドは、ゆっくりとマリアに問いかけた。


「特異点というやつなのかな? …いったい誰のことを指している?」


「……」


マリアは何も答えない。

鼓動すら感じさせないほどに希薄なマリアの気配は、まるで人形だ。


返事がないことも意に介さず、シルバーハンドは言葉を続ける。


「フフ… 君の星占い(ホロスコープ)── いや、占星術(アストロロジー)というべきかな? それは本当に面白いね。 ”異能”ではないようだが… それがまたいい。 とても、素敵だよ」


頬杖をつき、優しく微笑むシルバーハンドの言葉は、本心からのようだった。

慈しむような眼差しをマリアに向けながら、なおも続ける。


占星術(アストロロジー)… かつて人は、決して手の届かない夜空の星にその運命を重ねた。自分の力が及ばない場所にこそ”未来”があると信じて」


「だが、それがもし届き得ることが出来たなら… 人が、その”能力”を得たならば」

「人類は、星の瞬きに、何を見出すのかな?」


マリアは背筋を伸ばした姿勢のまま、ゆっくりと顔だけをシルバーハンドへ向けて答える。


「…天の意思は、”(うつ)ろわざる神”そのもの。 人の身に、介する余地などありませぬ」

「たとえ、あなた様であろうとも」


儚げな声音ではあるが、はっきりとした意思を感じる物言いだ。

シルバーハンドは深く息を吸い、天を仰ぐ。


「神か… その器たるアルファは、君の言う”神”にあたる存在なのかな? それとも、それも所詮は”人の業”なのかい?」


「……」


マリアは、答えを返さない。


「早く会ってみたいものだ、アルファ… 君は、どんな姿をしているのか… 本当に、楽しみだよ」



正午を告げる荘厳な鐘の音が、広間に響く。


星の瞬きが見える時間ではなかった。


だが空を覆う曇天はいつからか、星明りを通すほどに薄くなっていた。


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