第11章 人形 中編
ミナが椅子の肘掛けに頬杖を付きながら、イーグルに声をかける。
「…で、さっきの話なんだけど」
「その、シルバーハンドってヤツに逆らえないってのは、どういう意味なの?」
イーグルは先ほど、”逆らわない”ではなく、”逆らえない”と言った。
確固たる仲間意識を持つ相手に向ける言葉ではない。
レイニーも言っていたが、やはりファーストは一枚岩ではないのだと、ミナは確信した。
リョウが言葉を繋げる。
「何か弱みでも握られてるとか…そういう感じか?」
レイニーは眉をひそめ、ため息をつきながらイーグルの方を見やり、答える。
「弱み、ねぇ… まぁ当たらずとも遠からずってトコかしら」
「アイツは、機械を遠隔操作できるのよ。 正確には、”無機物の構築と分解”ね。 それがアイツの能力」
追加注文されたふたつのコーヒーが運ばれてくると、レイニーは飲み終えたカップをテーブルの端に寄せ、店員に下げるよう促した。
「我々、ファーストの体内には、改造手術によってあらゆる機械部品が埋め込まれている。 …制御装置も含めてな」
イーグルは抑揚のない声で、さらに続ける。
「奴がその気になれば、この脳にある制御装置を少し弾くだけで、我々を殺せるのだ」
無機物を、触れることなく遠隔で操作や分解ができる能力。
作用させられる規模や精度によるが、それが恐ろしい力であることは明白だった。
「それで、従わざるを得ないってことか…」
リョウは目を細めて言った。
レイニーは小さな鏡を手に、前髪を指先で整えながら口を開く。
「別に、服従させられてるワケでもないわよ。わたしたちは特にアイツと敵対する理由もないし、向こうもたぶんそんな気なんて無いわ」
小物入れのような小さな手提げバッグに鏡を戻し、淡々とした口調で続ける。
「”何をしでかすかわからないアルファを回収して、管理下に置く”って言いだしたのはアイツだけど… それはわたしたちにしても当然の事だしね」
「ただ、ここまでの話をまとめると、どーにもキナ臭いのよねぇ…」
若干、目つきが鋭くなった。
同意を求めるような視線をイーグルに送る。
リョウはその視線を追い、イーグルに言葉を向けた。
「それはつまり、そいつがアルファについて俺たちよりも何か知ってるかもしれないとか… そういう事か?」
イーグルは飲んでいたコーヒーのカップを静かに置き、胸元からタバコを取り出し火をつける。
「…どうだろうな。 だが、奴は我々の中で誰よりも顔が広い。その可能性は高いだろう」
ゆっくりと紫煙を吐きながら、誰も歩いていない通りの方へ顔を向けて言った。
「…顔が、広い?」
リョウが真意を問うと、レイニーが答えた。
「アマギ・ケイ。 …シルバーハンドの本名よ」
ミナが、かすかに反応した。
レイニーは言葉を続ける。
「父親の名は、アマギ・ソウイチロウ… 聞いたことくらい、あるでしょう?」
リョウは記憶を辿るしぐさを見せる。
「アマギ…って、アマギ重工の…?」
──確か、アマギ重工のCEOだか会長だかの名前だ。
この国の有名な大企業のひとつ。
シルバーハンドが… ドールズが、そこの息子だって?
重機械工業大手といわれる3社、ミツバ重工、LHI、そしてアマギ重工。
重工業とは主に航空機や船舶、産業機械やエネルギー関連施設など、大規模な機械設備を扱う企業だ。
その大企業の中でもアマギ重工は、製鉄プラントや防衛装備品などに特化した事業形態を持つ。
防衛装備品とは、レーダー施設や装甲車、ミサイルなども含まれる。
今やこの灰の街の象徴と言っても過言ではない、そこかしこに鎮座する工業プラントのほとんどが、アマギ重工の施設だった。
「そのアマギ・ソウイチロウが、『お金持ちのオジサマ』。…わたしたちの『親』よ」
──ファーストの、生みの親。
父さんの『ドール計画』を買収し、私利私欲のために、ドールズを戦闘兵器として生み出した男、か。
俺でも知っているような大企業のトップだったとは…
「てことは、つまり… ファーストは、”アマギ重工の私設軍隊”…みたいなものだったのか」
リョウの言葉に、レイニーはかすかに怪訝な表情を浮かべながらも答える。
「まぁ、そんなところね… で、そのオジサマが居なくなっちゃったもんだから、”息子のケイ君”が、わたしたちを束ねてるってコト」
納得がいかない様子ではあるが、どこか冷めた視点で他人事のように話す。
静かに紫煙を燻らせながら、イーグルが話を繋ぐ。
「実子かどうかは知らんが… 奴はその立場上、この国の多くの企業に”顔が利く”存在なのだ」
いままで社会情勢などに興味を覚えた記憶すらないリョウでも、アマギ重工とそのトップの名は知っていた。
それほど一般的に認知されている企業の御曹司ともなれば、それなりに顔が利くのはごく当然の話だ。
リョウは顎に手をやり、何かを思案するように呟く。
「ドール計画を丸ごと買い上げた奴の、息子か… そして今は事実上、その会社のトップに立ってる…」
重工業会社のトップ、ドールズの一人目、そして、この異様ともいえるほどに工業化が進んでいる灰の街…
その街の至る所にある工業施設には、アマギ重工のロゴが刻まれていた事を、リョウは思い出した。
この街は、いつからこんなに薄暗い灰色になっていたのだろうか。
リョウの記憶の片隅に残る幼いころの空は、確かに青く、広かった。
あまりにも遠いその記憶を、重たく有害な雨が塗りつぶしているような感覚だった。
空が低くなり、蒼天がその姿を消し始めたのは、いつからだったか。
──五年前、かもしれない。
根拠と呼べるものはなかったが、リョウは確信めいたものを感じていた。
父ではなく、アマギ重工によるドール計画の開始と、この街の工業化が同時期だったとするなら──
その目的は、何なのか。
リョウは逡巡する。
レイニーがイーグルに向き直り、声を張った。
「ねえイーグル、やっぱりなんか怪しいわよ。”任務の報告”がてら、探りを入れましょう? わたしたちを利用しようとしてたってんなら、お尻ペンペンじゃ済まないわよ」
冗談めかした言い回しだが、その目は冷酷なドールズのものだった。
イーグルはタバコを揉み消すと、低い声ではっきりと答える。
「…確かに、気になる点がいくつかある。 だがまだ不確定な要素が多い、迂闊なマネはするなよ」
釘を刺すように言い放つイーグルだが、彼女の身を案じている様子が伺えた。
ため息混じりにレイニーは答える。
「わかってるわよ。…面と向かってケンカ売ったら、相打ちがせいぜいだもの」
そう言って、小脇に置いていた大きな女優帽を被り立ち上がった。
帽子のつばを調整し、手櫛で髪を整えながらミナに視線を送る。
「じゃあ、わたしたちはそのケイ君に”報告”してくるわ。 また後で会いましょ」
可愛らしくウインクすると、レイニーはテーブル上の伝票をすっと取り、そのままイーグルに差し出して店内へ向けて歩き出す。
イーグルも立ち上がり、顔だけでリョウたちの方へ向き直る。
「では、また連絡しよう。 用心は怠るなよ」
ミナとリョウが制止しようとするが、イーグルはすでに受け取った伝票を手に店内へと消えていた。
「…行っちまったな」
「……」
「しかしミナって、めちゃくちゃ強いんだな。…いや、特訓のときにだいたいわかってはいたけどさ」
リョウは、例の施設でイーグルと”観戦”していた一部始終を告げた。
ミナはまだ自身の能力に実感が無い様子で、しきりに首を傾げている。
「うーん… ていうか、トラだのライオンだの、私はそんなにアブナイ奴に見えるってーの?」
目を細め、憮然とした表情でリョウを睨む。
「あ、いや、アブナイというか… 戦闘力が高いって意味だよ、うん」
「戦闘力、ねぇ…」
まだ腑に落ちない様子のミナ。
リョウはミナに対して率直な意見を述べているつもりだったが、なにやら不服そうにしている彼女を見て困惑する。
人付き合いというものにあまり慣れていないリョウは、言葉選びに苦慮していた。
──ドールズとはいえ女の子だ。腕っぷしの強さを褒めるのはよろしくないのか?
でも、怖いぐらい強いのは事実だしなぁ…
まして年頃であろう女の子の扱いなど、知る由もなかった。
出来ない事を考えるのはやめて、リョウは思ったままを口にする。
「頼りがいがあるというか、頼もしいというか… 実際、あいつらが言うように他のドールズが襲ってきたら、俺だけじゃたぶん、何もできない」
自信無さげに話すリョウを、黙って見つめるミナ。
だがそこに軽蔑や落胆といった負の感情は読み取れない。
浮かべるのは、哀れみに似た感情だった。
ミナは、リョウと初めて会話した時のことを思い出す。
──無理もない話だ。
リョウは数日前まで闘争などとは無縁の、ただの人間として生きてきたのだ。
私たちドールズとは違い、訓練も受けていなければ、その心構えすら何も教わっていない。
異能を使えるからといって、戦闘ができる訳でもない。
事実、リョウの異能は戦闘に向いているとは言い難い能力だった。
「だから、ミナは頼りにしてる。 でも、それだけじゃ…ダメなんだ」
リョウの目が、決意を帯びた色に変わっていた。
「俺がドールズのオリジナルだってんなら、いま何が起こっているのかは俺が知らなきゃいけない。そのためにはまずアルファと… 父さんを、見つけること」
この数日、自身に起きた事が多すぎて、咀嚼できずにいたリョウ。
だが、自分の中の真実を知り、人に触れること──
あるいは人に触れられることで、いままで意図して避けてきた”自分という人間”に目を向ける事ができた気がしていた。
それにより、自らが歩くべき道も、かすかではあるが見え始めたのだ。
「それまでに、そのドールズにやられましたってんじゃあ話にならないからな。…強く、ならないと」
それは、肉体的な意味もあったが、自分の心に言い聞かせているようだった。
「……お父さんのこと、私に聞かないの?」
ミナが目を伏せながら問う。
自分が助手であったことも、リョウは知らない。
隠す気など無かったが、ミナ自身も、なぜ自分がその立場に居たのか説明できなかった。
それ以外の、カラサワ博士のことは何も知らない。
リョウを無闇に混乱させるだけだという、ミナの判断だった。
「…父さんは生きてて、どこかに居るはずなんだろ? だったら今はそれだけでいい。 ”あの時”の事は何だったのか、父さんに直接聞いてみるさ」
ミナはリョウの言葉を聞いて、深く頷く。
「…うん」
「リョウならきっと、辿り着けるわ。 …何があろうと」
夜の帳が落ちる合図のように、舗道が灯りをともし始める。
静寂に響く喫茶店のドアチャイムが、閉店を告げているようだった。




