天秤が傾く
かつて関西でいくつものシェルターを支配し、嘉山との争いに敗れた西城は現在その嘉山の元で部下として働いていた。
それは嘉山からの温情なんて事はなく、優秀な人間をただ拘束しておく余裕などなかったからだった。各自で掲示板の利用が可能となり、シェルターの数が選別された今、嘉山達の管理するシェルターの存在は様々な意味を持っていた。
嘉山達の管理するシェルターは自衛隊という担保された戦力を持つ事で、内部統率が取れており治安という概念が残っていた。そのため、かつての暮らしを取り戻せなくとも、シェルターの中は確かに「社会」が存続されていた。
西城は窮屈だと感じていながらも、かつての野望を捨て去った今、ここで役に立つ事が最も利のある事だと理解していた。そのため、嘉山とは【契約魔法】で自身との契りを行い、裏切りの不安を消した。嘉山を含む、シェルター、人民に危害を加えようとしたとき、西城は死ぬ。強い縛りだが、それをしなければ西城に与えられる仕事は些末なものになっていた。
シェルター1501にかつての面影はない。現在は嘉山ではなく、天谷がシェルターの管理を行なっていた。それは嘉山がこのシェルター1501圏全体の統率者となった事で、存続を許された圏内のシェルター4つをそれぞれ管理する者が必要になった。
天谷はその一人に選ばれ、シェルター1501を受け持っているのが、ここは現在大規模シェルターに分類され、全部で6万人に住民がいる。
元からの住人、自衛隊とその家族、空に新しく入ってきた大多数。彼らの生活を安定させるために天谷は文字通り休みなく働いていた。そして、現在までどうにかこの人数の暮らしを保っていられるのは西城の力があったからだった。
天谷の右腕として西城は働く。西城は天谷のことを認めていた。優秀な者同士の奮闘によりどうにかシェルターは生き続けられていた。
そんなある日のこと、西城は一つのミッションが目に留まった。ありえない報酬の良さ、依頼主を見るとこれもかつての敵だった《マーク》の名前。ここ最近はダンジョンから得られる物資も減ってきて、新たなダンジョン探索をしなければと計画していたところだった。
ミッションの報酬が入ればしばらくの物資は安定する。そうすれば探索にだけ労力を割ける。長らく悩んでいた問題がスッと解決するような気持ちになった。
急いで伝えなければ、と天谷のいる元市役所の執務室へ向かった。
「ダメだ、」
天谷は珍しく荒ぶった様子で西城の言葉を却下した。普段なら嫌味や皮肉の一つを残す西城もあまりの様子に素直に従うしかなかった。
天谷にとって《マーク》は最も打ち倒したい対象であり、幾つもの復讐の矛先だった。普段の天谷なら敵であってもどう利用するか思案するが、こと《マーク》においてはただただ、排除と抹殺。それだけしか頭になかった。
——————————————————————————————————
【崩壊魔法】と【切断魔法】。最強の矛と矛。
有栖がこの世界でらしくあれるのは圧倒的な個に理由があった。誰にも靡かず、従わず。そんな拘りを貫くだけの強さがなければとっくの前に犬死にしていただろう。
そんな有栖は一つの局面に立たされていた。これまで譲ることのなかった強い意志。それを天秤にかけることを突きつけられている。
木々が紅葉を始め、朝の冷たさで少し湿った土の上に色付いた落ち葉が広がっている。一つ一つ歩幅を進めるためにとてつもない集中力と慎重さが求められる。腰を低く落とし、呼吸の音すら操縦下にある。
理由は一つ。目の前にいる対象。かつては神社だったこの山に住んでいる招かれざらぬ者達。
一見すると背丈の高い者達。しかし、その違和感はすぐに芽生える。鋭い爪、発達した犬歯、自在に動く尻尾。まさに異世界勢力そのもの。いわゆる獣人と呼ばれる存在だろう。彼らは倒したばかりであろう鹿と、猪の解体を川で行っていた。獣人の数は四人。急襲すればどうにか対処出来る数ではある。しかし、有栖の抱える葛藤は彼らとどう戦うとか、どんな強さを隠しているかというものではなく、もっと根本的な話だった。
敵対するべきか否か。有栖はここ数日、このようにして彼ら獣人達を眺めるだけ眺め、何もせず去っていくのを目で追うしか出来ずにいた。何かの命を奪う事なんて何も感じないはずなのに。
今日はいつもと空気が違っていた。快晴とも呼べる天気は湿った土とそこに広がった落ち葉を乾かせる。つまり、今まで以上に慎重さが求められる。
バレてしまい、攻撃されたのなら大義名分が出来る。自分を納得させる材料を作ってくれと心の中で叫びながらも、普段以上に一つ一つの動きを洗練させる。
カサッ
張り詰めていたものがパンッと断ち切られる感覚になる。だが、この音の主人は自分では、と意識を巡らせているうちに一つの爆発が起きた。
「よっしゃぁ!これでミッションクリアだぞ!」
野太い叫び声と、それに同調して喜ぶ声。
その可能性も当然理解していた。同業者がいないはずなかった。こんなに好条件の内容。対象を見つけて躊躇う猶予など当然用意されてるはずなかった。そんなのわかっていた。
少しの後悔と、それとは別に言い難い感情が湧き上がる。
が、そんな有栖の思いとは裏腹に巻き上がった爆風が落ち着くと同時に叫び声が轟いた。咆哮とも呼べるそれは獣人の遠吠えだった。それは仲間に危険を伝えるものか、それとも己を鼓舞するものだったか。轟音は地鳴りのように響き、勝利を噛み締めていた蛮族に恐怖を与えた。しかし、そんな恐怖でさまざまを諦めるような者はここにいなかった。
スイッチを切り替えて、獣人達に襲いかかる。四対十二、三といったところだろう。人数差は3倍以上。しかし、そんな不利など知らないように獣人達は蛮族の攻撃を払い除ける。一時は優勢とも言える動きだったが、突然の爆撃、一対三を続ける疲労により徐々に戦況は悪化していく。
決定的な一撃が出るのも時間の問題だった。有栖ははぁ、とため息を漏らすように呼吸を整える。どうせ乗るなら勝ち馬だ。今まで慎重を第一に意識していたが、無遠慮に落ち葉を踏み締める。サクッサクッと小気味のいい音を刻みながら、加速する。ザッザッザッと近づいてくる音に皆の視線が有栖へ集まった。
「俺も仲間に入れてよっ!」
有栖の放った一撃は三つの首を刈った。
「この子が一番弱かったんでしょ、もう気にせず戦っちゃっていいよ。」
獣人が四人と言ったが、正しくは大人三人と子ども一人。背丈にそこまで差はないものの立ち振る舞いでなんとなく察せられる。大人達はそのせいでなかなか一歩踏み込めずに戦っていた。その不安を取り除いた。
やや劣勢だった戦況は一瞬で覆された。大人獣人達は瞬時に三人を斬り伏せて、戦いは終結した。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。




