まほー
目の前に現れた鳥。ダチョウのように羽や身体特徴から飛行能力が退化した代わりに、地上生活に適合し強靭な両脚と嘴を持っている。
ダンジョン以外であれば中型モンスターに該当するであろう、目の前のガチョウもどきは偵察に出していた[スコル]の分身体全てを倒しきり、その次の気配である綜馬達の元へ向かってきた。
五感も鋭いのだろう。綜馬が[スコル]の分身体から消滅した刺激を得てからそれほど時間を要さずに綜馬達を見つけて突撃してきた。血に飢えている獣、ガチョウもどきの眼光は鋭く、見下ろす綜馬達をただ餌としか認識していない様子だった。
「ここはミケアに任せて。」
一人称が自分の名前であるミケアが、背に担ぐ弓を構える。矢はどこにもなく、ただ弓の弦を強く引っ張っているだけ。小さく何かを呟いて手を離したその瞬間、全身を巻き上げるような突風が吹き、ガチョウもどきの首と胴体を抉り断つ空洞が生まれた。
「あの獣は多分頭わるい。それなら先手必勝あるのみ、」
ミケアはイタズラっぽく笑って見せた。
そんなミケアの表情に綜馬ついつい口元が綻んでしまう。目の前の美しい少女の中に潜む圧倒的な暴力の存在と、それを否定するような柔らかな表情。翡翠色の瞳に見つめられると、意識ごと吸われてしまいそうな魅力に包まれている。
「ミケア、凄いな。あんな強そうなモンスターを一撃なんて、」
「なんでかわからないけどここに来てから体の調子がいい。それに、あの程度のことソーマも出来るよ。やろうとしてないだけ。」
ミケアは何か言いたげな様子だったが、綜馬の顔を覗き込みその言葉を飲み込んだ。綜馬はその素振りにすら気付いておらず、的外れな謙遜を返した。
県境のダンジョン17階層。空間魔法から地図を取り出し右端の16に横線を引いて、その下に17と刻む。階層の感覚と、軽いマッピングを忘れないように10階層からやっているルーティーンだった。
「ソーマ!それは何!??」
出会った時と同じか、それ以上の驚きを見せるミケア。
「これは地図で、」
「それじゃない!その空中に浮いてる穴の話だよ!」
「あぁ、そうか、」とミケアの前で空間魔法を初めて使う事に今気がついた。
「これは魔法の能力だよ。『空間魔法』っていう空間と空間を繋げたり、空間を生み出したり、細かいルールは自分でもわかってないんだけど、今僕がやってるのは倉庫みたいな空間を元々作っててそこへの入り口をここに生み出してる。」
ミケアにわかりやすいように、綜馬は空間魔法の入り口を広くしたり、狭くしたり、また別に空に浮く不思議な立方体を作って見せた。
「ソーマは召喚士かと思ってたけど、マギアでもあるの?」
「マギア?」
時々、綜馬とミケアの会話では片方が理解できない翻訳ミスが生じる。ミケアがモンスターを頑なに獣と呼ぶのはその類のミスだろう。
「えーっとね、私たちは成人する時に天から役目を授かるの。例えば、ミケアは狩人。弓術、近接戦闘、索敵みたいに役目をこなすために必要な能力の種をもらえて、鍛錬して成長していくの。例外はなく1人ひとつ必ずもらうんだけど、ソーマはいっぱい守護獣を召喚してたから召喚士なんだと思ってた。けど、そういう特殊なマギを使えるって事はマギアなのかなって、」
「マギアってのは魔法使いみたいな事?」
「んー、いや。魔法は誰でも使えるでしょ。マギアはかなり特殊な魔法。元素魔法よりもっと高位で複雑な魔法を使う学者みたいな感じかな。」
綜馬は時々ミケアと話が通じない部分があると思っていたが、ここでその理由に気がついた。
おそらく、彼女の世界では魔法という力は日常であり、何も特別ではない。さっき見せた風の弾道も何かの異能ではなく、風魔法か何かなのだろう。
「ミケアはさ、この空間に来て、何か違和感覚えなかった?」
「急に何の話??んー、何だろ。違和感か。」
「すごく小さな事でも。」
ミケアからすれば魔法の存在を理解しようとする事さえ不思議なのだろう。当たり前に四肢が動かせる事に疑問を持つのは、幼い頃か、専門的に学ぶ意欲があるかどちらかの状況でしか起こり得ない。
それに、魔法に関しての基礎的な理解はミケアの方が数倍先をいっている。けれど綜馬達、この世界がミケア達の世界よりも違う点は魔法が新たにルールとして組み込まれたという点だろう。
各々が自らの使う魔法を理解し、それをステータス化している現代においてどんな魔法を使えるかというのはとても重要な事だ。ではその魔法をどうやって発現させられるのか。
世界各地でこの現象については様々な研究がされており、掲示板から論文を探せば無数にヒットするだろう。
なぜ自分がその魔法を使えるのか。この答えは四肢を扱うのと同じで、なぜか使えるのだ。その属性の魔法はなぜか使えると理解していて、その限界も自ら知っている。
そして魔法の顕現に気づくのは小さな違和感からだった。手を扇いだ時いつもより風が多く揺れる。体温がいつもよりも高い、その違和感は気づかないかもしれない。
人間にとってはそれでもよかった。魔法を使えないと本来思い込んでいた種類の生物が、魔法が使えると脳みそを書き換えられているのだから、顕現の合図に気付けなくとも魔法そのものの違和感によって使用できると気がつくのだから。
元々備わっていた機能のように、あの日以降人間達はアップデートされたのだ。
もしそれが、例外なくこの世界にいるもの全てに新たな『魔法』を2つ与えるという情報修正だったのであれば――
「そうだな、耳が少し良くなったかもしれない。いつもより自分の声が大きく聞こえるし、獣の音も分かりやすい。そのソーマの言うダンジョンって場所はそういう場所なんじゃないのか?」
デメリットの少ない変化。突然見知らぬ世界に飛ばされた時、違和感には敏感になるだろうが違和感だらけの場合、自分に好転的な影響をもたらす違和感は後回しにするだろう。
「ミケア、例えばだけど自分の声をめちゃくちゃ大きく、それで空気を振るわせるように出してって言ったら、出せそう?」
「何だそれ。まぁ、近くに強そうな獣もいないしそれくらいならいいぞ。」
ミケアは大きく息を吸い込み、音と一緒に吐き出す。
「アァァーーーー!!!!」
ミケアの口から流れる衝撃は、空間を震わし、全てを制圧するような勢いで響いていく。
「やめて!やめてミケア!ミケア!!やめ!やめ!!終わり!!」
綜馬が声を荒げながら止めるが、ミケアには聞こえていない様子だ。綜馬は耳を押さえるだけでは意味がなかったため、空間魔法で耳の周りを覆い、安全を担保してからミケアの肩を揺らし、発声を止めてもらう。
「え、なにこれ、ソーマ!これなに!すごいよ!」
ミケアは新たなおもちゃを与えられた子どものように飛び跳ねて喜ぶ。
シェルター800にもミケアと同じ異変を感じ取り、魔法を扱う者がいた。綜馬の空間魔法や、琴が扱う召喚魔法のように希少性はあまり高くない。
中規模シェルターにいたからというのもあるだろうが、ミケアの使う『音魔法』を使う者は数人見かけたことがあった。ただ、『音魔法』は『サブ』魔法の中では使い勝手が良く、情報伝達係や単純なサポート役として活躍していた。
汎用性が高く、使い方によって様々な化け方をする。戦闘能力に長けたミケアであれば思いもつかない利用法を見つけるだろう。
17階層をしばらく歩き回り、18階層への階段を見つけた。その時はちょうど時計の針は午後6時を示していた。
今日は17階層で休みを取ろうと話し合い、仮拠点の準備を始める。
その間、付近の水場探しとモンスターの索敵をするためにミケアは[スコル]と共に森の方へ向かっていった。
『音魔法』の発現に気づいてから今まで、ミケアは楽しそうに笑いながら『音魔法』で遊んでいた。
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