第6話③「修行の成果』
数週間後――。
ユカの毎日は、すっかり決まったリズムになっていた。
昼はデータ修復士として現場を駆け回る。
仕事を終えれば家へ戻り、食事と入浴を済ませ、そのまま仮想層〈レイヤー・ゼロ〉へダイブ。
眠い。
身体も重い。
それでも、足は止まらなかった。
強くなりたいと決めたから。
そして何より――。
楽しかった。
昨日できなかったことが、
今日は少しだけできるようになる。
見えなかったものが見えるようになる。
自分の力を知り、
試して、失敗して、
また新しいことができるようになる。
そのひとつひとつが、
ユカにはたまらなく楽しかった。
だから今日も、
疲れた身体で〈レイヤー・ゼロ〉へ潜る。
そして――。
その積み重ねは、
確実に形になり始めていた。
***
白い地平に構築された戦闘フィールド。
ピコが生成した模擬敵――データオーガーが、巨大な腕を振り上げた。
「ガアアアァァァッ!!」
空間そのものを揺らすような咆哮。
以前なら、その威圧感だけで身体が強張っていた。
だが今は違う。
(見える――!)
オーガーが地面を蹴る。
突進。
ユカは動かない。
まだ。
まだ――。
巨大な腕が振り下ろされる直前、ユカは身体を滑らせた。
轟音とともに、拳が地面を叩く。
紙一重。
だが、偶然ではない。
(重心移動。初動のタメ。右肩のノイズ増幅……)
オーガーの動きが、ひとつひとつの情報として見える。
(全部、予測圏内!)
ユカが跳んだ。
巨体の懐へ飛び込む。
右手に光が集まり、タクトが顕現した。
以前なら、ここから時間がかかった。
周囲の波を探し、感じ取り、ひとつずつ捉え、重ねる。
だが――今は違う。
音。
光。
振動。
データ。
異なる波が、同時にユカの認識へ飛び込んでくる。
それなのに、うるさくない。
一本一本が、はっきり分かる。
「――《レゾナーレ・ルーキス》!」
タクトが振り抜かれた。
複数の共鳴波が、ほぼ同時に放たれる。
振幅。
周波数。
位相。
それぞれの波が重なり、干渉し、さらに別の波を生み出す。
オーガーの内部構造へ侵入。
再干渉。
そして――再構成。
光が弾けた。
巨体が内部から崩れ、無数の粒子へと分解されていく。
「やりました! 一撃処理成功!」
ピコの声が飛ぶ。
「干渉精度、先週比で42%向上! 発現速度も大幅に短縮されています!」
着地したユカが振り返り、得意げにピースサインを作った。
「どう? 成長してる?」
「数値上は明確に」
「そこは素直に『すごいです!』でいいじゃん!」
その背後で、新たなデータオーガーが生成された。
ユカが振り向くより早く、カイが右手を上げる。
一歩も動かない。
狙いを定める。
掌の前方で、空間がわずかに歪んだ。
「《パルス・ブレイク》!」
圧縮された衝撃波が一直線に走る。
オーガーの身体を正面から貫いた。
巨体が大きく揺れ、そのまま崩壊。
光の粒子となって消えていく。
ユカの目が輝く。
「すご……。今の、ゲーツと同じくらいの威力じゃない?」
「最大出力だけなら、かなり近づいたかもな」
カイは自分の掌を見つめた。
だが、その表情に浮かんでいるのは満足ではない。
「ただ、まだダメだ」
「え?」
「威力にバラツキがある。今のを百回やって、百回同じ結果を出せるかと言われたら無理だ」
ピコがログを確認する。
「同意します。カイの課題は《再現性》と《安定性》ですね」
「だろうな」
カイは小さく息を吐いた。
「ゲーツは違う。
ユカの話だと、あいつは必要な瞬間に、必要な威力を、必要な場所へ確実に出せるのだろう」
ユカは先ほどまでオーガーがいた場所を見る。
強くなった。
それは間違いない。
けれど――まだ完成ではない。
だからこそ。
「もっとやろう」
ユカが笑う。
カイも笑い返した。
「ああ」
それでも二人の中には、数週間前にはなかった確かな感覚が生まれていた。
――戦える。
まだ勝てるとは言えない。
それでも。
もう、何もできずに立ち尽くすだけではない。
***
さらに数日後。
訓練の合間。
白い地平にベンチを生成し、ユカとカイは並んで腰を下ろしていた。
「ぷはぁ……!」
ユカがスポーツドリンクを一気に飲む。
「生き返るぅ……!」
「だいぶ安定してきたな。ルーキスの発現速度も上がってる」
「うん。修行の成果かな」
ユカはボトルを両手で持ち、自分の感覚を確かめるように目を閉じた。
「前より、頭の中がクリアなんだ」
「クリア?」
「うまく言えないんだけど……前は、いろんな波が一気に入ってくると、全部がごちゃごちゃしてたの。でも今は、一個ずつ分かる」
目を開ける。
「波が“うるさく”ない感じ」
ピコがログをスクロールする。
「感覚的な表現ですが、実測データとも一致しています。複数波の識別能力と並列処理能力が大幅に向上しています」
「でしょ?」
「はい。順調すぎて怖いくらいですね」
ピコがデータ画面を閉じた。
「完全に《修行パート中のRPG》です」
「ちょっと!」
ユカが勢いよく立ち上がる。
「そういうフラグみたいなこと言わないで!」
カイが吹き出した。
「まあ、修行が順調に進んだ直後って、だいたい何か起きるからな」
「カイまで!」
そのときだった。
ピコン――。
通信アラートが鳴った。
「……ほらぁ!」
「いや、俺のせいじゃないだろ」
空間にホログラムが展開する。
映し出されたのは――セラ博士だった。
いつもと変わらない落ち着いた表情。
けれど、その目には明らかな緊張がある。
「カイ、ユカ」
声にも、普段とは違う硬さがあった。
「至急、セラフィム・シティに来て。話したいことがあるの」
ユカとカイが顔を見合わせる。
さっきまでの笑いは、もうない。
ユカが立ち上がった。
「……行こう。セラフィム・シティへ」
迷いはなかった。
カイも立ち上がる。
脳裏をよぎったのは、雨の墓地。
ミナ。
そして――ゲーツ。
(ミナ……)
拳を握る。
(ゲーツは、俺が必ず止める)
白い世界が転送光に包まれていく。
ユカ。
カイ。
そしてピコ。
三人の輪郭が、無数の光の粒子へと変わる。
数週間に及ぶ修行は終わった。
けれど、それは――。
これから始まる戦いへの、準備にすぎなかった。
《第6話・終わり》
***
次回予告
「“闇”は、世界の敵なのか。
それとも――世界そのものの変化なのか。
指輪の力が失われた理由。
浮かび上がる《世界の更新》という仮説。
そして、多次元宇宙を刻む《創生のコード》。
もし、闇が
構造そのものから生まれるのなら――
私たちは、何と戦っているのだろう。
高次元の遺産。
秘石の間に眠る、原初の光。
その力が、
指輪を再び目覚めさせる鍵になる。
でも――。
光を取り戻すことが、
本当に答えなの?
揺れる想い。
交錯する覚悟。
そして、月の下で交わされる約束。
世界は今、
更新の縁に立っている。
次回――
『フラグメンツ・オブ・ヴェスティギア~魂の共鳴~』
第7話「マグナコア」。
運命を動かすのは、
秘石の輝きと継承者の意志。
それが今――重なり合う。」
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。
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