第4話⑤「立ちこめる暗雲」
光の粒子が、巨大サーバへ吸い込まれていく。
ユカは《レゾナーレ・タクト》を握ったまま、その光景を見届けた。
《レゾナーレ・ルーキス》。
自分でも、まだ完全には理解できていない。
それでも確かに――データオーガを元のデータへ戻すことができた。
「よし……!」
ユカは振り返る。
まだ、もう一体いる。
「もう一体――」
そのとき。
警告音が鳴り響いた。
『ERROR――ERROR――』
床を走るデータラインが、一斉に黒く染まる。
「なに!?」
黒いコードが次々と噴き上がった。
一本。
十本。
数十本。
絡み合い、凝縮し、人型へ変わっていく。
「ユカ! 新たなデータ反応です!」
ピコの液晶に、無数の赤い点が出現する。
「十二……十七……まだ増えます!」
「ちょ、ちょっと待って!」
冷却棟を埋め尽くすように、データゴブリンの群れが姿を現した。
「いくらなんでも多すぎない!?」
ゴブリンたちが一斉に咆哮する。
その中心で――
ゲーツだけが動かなかった。
無表情。
構えすら取らない。
ユカが叫ぶ。
「危ない!」
一体のゴブリンが跳んだ。
鋭い爪が、ゲーツの顔面へ振り下ろされる。
ガッ!!
「……え?」
ゲーツは片手で受け止めていた。
ゴブリンの腕を掴み、微動だにしない。
「素手で……!?」
ユカが目を見開く。
だが――
ピコのレンズが鋭く収束した。
「違います!」
「え?」
「いま、能力反応がありました!」
ピコが解析表示を拡大する。
「でも……一瞬です。接触した瞬間だけ!」
ゲーツの掌。
そこに黒い揺らぎが走り――すぐに消える。
ゴブリンの爪が再び振り下ろされる。
ゲーツは半歩かわす。
踏み込む。
拳を放つ。
そして拳が胸部へ触れる――
その瞬間だけ。
黒。
ドンッ!!
ゴブリンが弾丸のように吹き飛んだ。
壁へ激突するより早く、その輪郭が崩れ、黒い粒子となって消滅する。
「……!」
ユカが息をのむ。
次の二体が左右から襲いかかる。
ゲーツは身体を沈める。
右の爪をかわし、その腕を取る。
触れた瞬間――黒い揺らぎ。
投げる。
ゴブリンの巨体が宙を舞い、もう一体へ激突する。
ゲーツが追う。
蹴り。
足の甲が触れた瞬間だけ、黒。
一体が吹き飛ぶ。
肘。
黒。
掌底。
黒。
一撃ごとに、ゴブリンが次々と消えていく。
ユカには、ほとんど格闘技にしか見えない。
「これ……能力なの?」
ピコは答えなかった。
レンズを高速で動かし、ゲーツの動きを追い続けている。
「違います……すごいです……」
「ピコ?」
「能力を使っていないのではありません」
ピコの声が変わった。
「《使う必要がない瞬間には、完全に切っている》んです」
「え……?」
さらに五体がゲーツを囲む。
ゲーツが初めて構えた。
両手をわずかに上げる。
次の瞬間――
踏み込む。
最初の一体の懐へ入る。
拳。
接触の瞬間だけ、黒。
振り返りながら裏拳。
黒。
足を払う。
倒れた個体を踏み台に跳ぶ。
空中で回転。
踵が四体目の頭部へ触れる。
黒。
着地。
最後の一体の胸へ掌底。
黒。
ドンッ!!
五体が、ほとんど同時に吹き飛んだ。
黒い粒子となり、消えていく。
ピコの解析画面に、短いパルスが連続して記録されていた。
すべて――接触した瞬間だけ。
「能力の発動時間……一回あたり、ほんの一瞬です」
「そんなことできるの?」
「普通は無理です」
ピコは即答した。
「能力を発動して、止める。それだけでも制御が必要です。それを攻撃が接触する瞬間に合わせ、必要な場所だけに発生させている」
最後のゴブリンが背後から飛びかかる。
ゲーツは振り返らない。
半歩ずれる。
腕を掴む。
黒。
そのまま床へ叩きつけた。
ゴブリンが消滅する。
十数体。
全滅。
ゲーツは呼吸ひとつ乱していない。
ピコが呟いた。
「この人……」
そのレンズがゲーツを捉える。
「自分の能力を、完全に制御しています」
ユカは言葉を失った。
自分はまだ、《レゾナーレ》で何ができるのかを試している段階だ。
バリア。
目眩まし。
ソナー。
そして、ルーキス。
使うたびに、新しい可能性を見つけている。
でも――ゲーツは違う。
自分の力が何なのか。
どこまで使えるのか。
どの瞬間に、どれだけ使えばいいのか。
すべて知っている。
「……強い」
ユカの口から、自然にその言葉が漏れた。
だが――
まだ終わっていない。
ガアアアアァァァッ!!
残されたデータオーガが咆哮する。
赤熱した巨体がゲーツへ向き直った。
ユカがタクトを構える。
「今度は私も――」
「必要ない」
ゲーツが告げた。
データオーガへ右手を向ける。
人差し指と中指を揃える。
その瞬間。
ユカの表情が変わった。
「……なに、これ?」
音が消えていく。
サーバの駆動音。
冷却ファン。
警告音。
オーガの咆哮。
本当に消えたわけではない。
《レゾナーレ》を通して感じていた世界の波が、ゲーツの指先へ向かって沈んでいく。
まるで――音のない穴。
ノワがユカの横で囁いた。
「《ヌル・レゾナンス》」
「ヌル……?」
「マスターの力」
ノワの瞳に、黒い光が映る。
「ユカの《レゾナーレ》は、いろんな波を重ねて、響かせて、世界を組み直す」
ユカはゲーツを見つめる。
「でも、マスターは逆」
ノワが笑った。
「《響かせない》の」
「……え?」
「すべての波には、その存在をこの世界につなぎ止めている《響き》がある。それを打ち消して――ゼロにする」
ユカの背筋に冷たいものが走る。
「ゼロに……」
「共鳴しない。反射しない。伝わらない」
ゲーツの指先に、黒い点が生まれた。
光ではない。
周囲の光さえ、そこだけ避けているように見える。
「世界との《接続》そのものを切るの」
データオーガが突進する。
床が砕ける。
巨大な拳が振り上げられた。
ゲーツは動かない。
二本の指を向ける。
「《ヌル・レゾナンス》」
黒い点が収束する。
周囲の振動が消えていく。
「《ヴォイド・ショット》」
――黒。
音のない閃光が、空間を貫いた。
データオーガの胸部へ吸い込まれる。
爆発しない。
衝撃もない。
オーガが止まった。
振り上げた拳。
赤熱した外殻。
巨大な身体。
そのすべてが、一瞬だけ黒い輪郭となる。
そして――
消えた。
崩壊ではない。
粒子にもならない。
データへ還元されたわけでもない。
そこに存在していた部分だけを、世界から切り取ったように。
何も残らなかった。
ユカは声を失う。
自分の《ルーキス》とは、まるで違う。
ユカは歪みをほどき、元へ戻した。
ゲーツは――戻さない。
消す。
そしてユカは、さっきの戦いを思い出す。
あの圧倒的な格闘戦ですら、この力のほんの一部だった。
「この人……いったい……」
ゲーツがユカを見る。
勝利の喜びも、誇示する様子もない。
「カイに伝えろ」
「え?」
「《世界を閉じるために戻ってきた》とな」
ユカの表情が変わった。
「……!」
ゲーツへ詰め寄る。
「あなた、カイを知ってるの!?」
答えはない。
ゲーツは背を向けた。
空間にノイズが走る。
世界に亀裂が生まれ、その向こうに暗い歪みが広がった。
「待って!」
呼び止めても、振り返らない。
ゲーツの輪郭がノイズへ溶けていく。
その後を追いながら、ノワだけが振り返った。
「またね、ユカ」
あどけない笑み。
次の瞬間、二人の姿が消えた。
あとに残ったのは、巨大サーバ群の低い唸りだけだった。
「ユカ……」
ピコが隣へ浮かぶ。
ユカは、二人が消えた場所を見つめていた。
力を失った《セラの指輪》。
姿を消したユナ。
頻発するデータ異常。
《合わせ鏡》を名乗る少女、ノワ。
そして――
カイを知る男、ゲーツ。
世界を閉じる。
その言葉の意味すら分からない。
「いったい……どうしたら……」
答えは返ってこない。
その言葉は巨大なサーバ群の間を抜け、どこかへ吸い込まれていく。
残されたのは――
微かな振動だけだった。
《第4話・終わり》
【次回予告】
雨の夜――
ぶつかり合う、ふたつの想い。
「“おまえのため”なんて、
勝手に決めつけないで」
守りたい父と、
隣に立って戦いたい娘。
同じ未来を願っているはずなのに、
その想いは、すれ違っていく。
そして――
墓前に立つカイ。
そこへ現れる、
かつての仲間。
同じものを守ろうとしている。
ただ、
選んだ道が違うだけなのか。
二人を分かつ、
《失われた名》。
閉じようとする世界と、
選び続ける世界。
守るための力か。
変えるための力か。
譲れない想いが、
激しく衝突する。
『フラグメンツ・オブ・ヴェスティギア ~魂の共鳴~』
第5話「交わらぬ想い」
そのすれ違いは――
未来を分かつ、分岐点となる。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。
https://ncode.syosetu.com/s8950k/




