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【番外編】謎の調査

もう一つ番外編です。

エーリヒ視点。

 フィヨルライン王国での生活も、ニヶ月が過ぎた。

 イェレミアスの依頼が終わってから、五人はいくつか依頼を受けた。全員で受けることもあれば、誰か一人だけで受けるものもある。その中でわかったのは、最北の森付近で発生していた魔物の強化が、ピタリとなくなったようだということだ。王国軍は引き上げ、最北の森周辺を中心に、元の生活が戻り始めていた。

 その日、エーリヒは一人でギルドを訪れた。先日潜ったダンジョンで獲得したアイテムの鑑定を終え、依頼ボードを見ていたが、いつもの如く視線が気になる。

 エーリヒは、小さくため息をついた。今日は、一人だ。視線も分散しない。視線に慣れているエーリヒでも、少々気になる。ちらりと視線をやった先でギルド職員の女性と目が合ったので、反射的に微笑んだところ、ガタンと音を立てて立ち上がり、席を離れてしまった。え、と思ってその横にいた女性に目をやると、びくりと肩を揺らして硬直してしまった。

 最近のギルドは、様子がおかしい。イーダやマリナがいるときに、アルベルトでも連れてまた来よう、そう考えて踵を返したとき、控えめに声をかけられた。

「あ、あの。エーリヒさん」

 声のした方を向くと、先日鼻を押さえて奥に下がった受付嬢が立っていた。

「うん?」

 エーリヒが微笑むと、女性の身体がぐらりと揺れる。エーリヒは、咄嗟に女性の背中に手を回して転倒を防いだ。

「え、大丈夫?」

 体調が悪いのかと女性を伺うが、こくこくと何度も頷いた。女性はそのまま目を閉じて胸を抑え、荒い呼吸を整えている。本当に大丈夫なのか、と周りを見渡すが、女性からはうっとりとした眼差しが、男性からは同情の(一部はキラキラとした)眼差しが返ってくるだけだった。

(えー……何なの?)

 混乱している間に、腕の中の女性が回復したようなので、エーリヒは彼女を支えた手を離し、一歩下がった。

「もう大丈夫? 急に触れてごめんね」

「い、いえ! そんな、もったいない!」

「ん?」

 何がもったいないのか、とエーリヒは首を傾げるが、女性は首をぶんぶんと振った後にぺこりと頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとうございます! あの、それで、ですね」

 貴族女性の対応には慣れているエーリヒだが、平民の女性は反応が全く違う。戸惑うこともあるが、コロコロと変わる表情や行動は、彼の予想を超えていて新鮮だ。それで、エーリヒはくすくすと笑った。

「あ、うん。何か、用事があったの?」

「——はぁ、悶え死ぬ……」

「…………は?」

「ではなくて!」

 女性は、エーリヒをキッと見た。茶色い瞳には、まるでこれから戦いに行くかのような闘志がこもっていた。どこからかペンとノートを取り出して、エーリヒに一歩近づいた。

「少し、質問をしてもよろしいですか?」

「質問? 何かな」

 エーリヒがにこりと微笑むと、女性は勢いよくノートを開いた。

「好きな食べ物は、何ですか?」

「……食べ物?」

「はい!」

 エーリヒは、考えた。これは、どういう状況だろうか、と。

 普通に考えて、答えても全く問題のない内容だ。今までだって、同じようなことは散々聞かれている。好きな食べ物、飲み物、音楽や趣味。初めて会った女性は、そういったことから話を広げて行くことが多いのだと、経験で学んでいた。しかし、ノートを広げて聞かれたことは、ない。何かの調査をされている気分だった。

「ええと……甘いものだったら、何でも食べるよ」

「なるほど。甘いものですか。特に、何がお好きですか?」

「特に? そうだなあ……この前食べた焼きリンゴは、とてもおいしかったよ」

 エーリヒは、セラフィナと食べた味を思い出した。甘くて少し酸味のある味はもちろん、彼女の幸せそうな笑顔を思い浮かべて、エーリヒの頬も自然と弛んだ。そのすぐ後に、カイルが焼きリンゴを作ってセラフィナの記憶を上書きしてしまったことも思い出し、すぐに現実に戻ってきた。

 女性を見ると、エーリヒをぼーっと見ている。首を傾げると、はっとしてノートに何やらを書き込んだ。

「で、では、好きな飲み物は?」

「え? ええと、紅茶かな」

「お砂糖派ですか? ミルク派ですか?」

「種類にもよるけど……砂糖の方が好きかな」

「なるほど、なるほど」

 言いながら、懸命にメモを取る。

「では、ご趣味は」

「読書かな」

「どんな本を読むのですか?」

「歴史書とか冒険譚とか、何でも読むよ。それで、これは何の調査なの?」

「あ、お気になさらず」

 エーリヒが突っ込むが、女性はメモを取るのに必死な様子でさらりと流す。

「では、エーリヒさんの好みの女性は」

「そうだなあ……」

 エーリヒは、少しだけ考えた。何の調査かは知らないが、異性の好みを聞くと言うことは、まあそういうことだろう。はっきりと答えてもいいが、セラフィナに害が及ぶのも避けたい。そこまで考えて、無難な返事をすることにした。

「頑張り屋で、筋が一本通っている人、かな」

「なるほど。エーリヒさんは、そんな方に出会えたのですか?」

「ふふ。どうだろうね」

 にっこりと微笑むと、メモを取る女性の手が止まり、顔を真っ赤にして俯いた。

「まだ倒れるわけにはいかないわ。この任務は、遂行しなければ……」

「…………?」

 ボソボソと喋る女性の声が聞こえず、エーリヒは首を傾ける。

 女性は深呼吸を繰り返し、ようやく顔を上げた。

「ま、周りにそんな女性は、いらっしゃいますか?」

「ん? まあ、いるよね」

 周りの空気がざわりと揺れた。

 女性が、視線を鋭くしてペンを強く握りしめる。

「そ、それは、例えば……?」

「あなたとか」

 ――カッチーン。

 目の前の女性が凍りついた。それにも関わらず、エーリヒは微笑んで続ける。

「今だって、何かの調査を頑張っているでしょう?」

 女性は、まだ動けない。目と口を大きく開けて、エーリヒを見たまま固まっている。

 周りも、妙に静かだ。ギルド職員以外にも、多くの人がいるだろうに、どうしてこんなに静かなのか。不思議に思いながらも、エーリヒはさらに続けた。

「それに、ギルドの女性は皆さん、とても強くて素敵だよね」

 周囲から、何かが続け様に倒れる音がした。

「尊敬しているよ」

 動かなくなった女性ににこりと微笑み、エーリヒは今度こそ踵を返した。

 結局、何の調査だったのだろうか。よくわからなかったが、最後はうやむやにしておいたからよしとする。

(……今度は、誰かと一緒に来よう)

 アルベルトなら視線がそちらに集中しそうだし、カイルに誘導すれば女性職員を無自覚に惹きつけてくれそうだ。

(うん、そうしよう)

 エーリヒは、そう考えながら、ギルドを出た。


 エーリヒが出て行った後のギルド実地部門は、妙な熱気がこもっていた。

「――記録は」

「完璧です」

「回収」

「了解」

「――一時間後に緊急会議。各自、業務を調整すること」

「「「了解!」」」

 その一時間後、ギルド実地部門からは女性が消え、男性職員だけが残った。そのむさ苦しさから、この日ギルドに来た男性冒険者は、何も言わずに踵を返したとか、返さなかったとか。


 数日後、エーリヒは予定通りカイルを連れてギルドを訪れた。予定外だったのは、セラフィナも来たこと。セラフィナが来ると言うことは、リーゼとアルベルトも来ると言うことだ。つまり、全員来た。

 思った通り、職員の視線は分散し、エーリヒは快適に過ごすことができていた。

「この依頼はどう? 植物学者の素材採集の護衛ですって」

「この辺は、行ったことない場所だな」

 セラフィナがわくわくと依頼をチェックし、カイルが詳細を確認する。

「セラフィナさん。また迷子ですか?」

「またって、失礼よね!?」

「事実だな」

「あなたも、大概失礼よね」

 リーゼとアルベルトがセラフィナで遊んでいるのをくすくすと眺めていたアルベルトは、カウンターに置かれた書類に目を止めた。

 

『重要冒険者三名のフィヨルライン王国定住に向けた考察』


 他人の人生を捻じ曲げようとする意思を感じる表題に、エーリヒはごくりと喉を鳴らした。

 ものすごく嫌な予感がする。

 依頼について話をしている四人から離れ、エーリヒはその書類を手に取った。

 震える手を叱咤しながら、ゆっくりと書類をめくる。


◆対象者詳細

【カイル】

 職業:弓使い

 特性:穏やか。面倒見がいい。頼まれると断れない。笑顔が可愛い。セラフィナさんに甘い。私も頭を撫でられたい。

 考察:誰にでも優しいので、勘違い注意

【アルベルト】

 職業:魔法剣士

 特性:無表情。無口。なのにセラフィナさんとよく口喧嘩。視線が強い。眉間の皺が心配。

 考察:でも話しかけたら反応してくれるやさしさ。一言話せば夢に出て来る。

【エーリヒ】

 職業:魔法剣士

 特性:きれい。甘い。エグい。何あれ。

 考察:危険


 ペラペラと先へ進むと、いつ、誰がギルドに来て、何をしたのか、五人の行動が細かく書かれていた。そして――


 ◆結論

 三人をフィヨルラインに定住させる条件は、セラフィナさんを定住させること。

 今後の方針:リーゼさんを巻き込んでセラフィナさんを確保する。

 具体策:

 一、リーゼさんの信頼を勝ち取る。セラフィナさんの安全を第一に考えること

 ニ、セラフィナさんの確保。図書館の充実、興味を引く依頼の充実、餌付け


 そこまで読んで、エーリヒはその書類から視線を上げ、セラフィナの視線の先にある依頼を確認した。

 植物学者の護衛、氷の洞窟の探索、幻の花を探せ、白煙鹿の調査……おかしなラインナップに、他の冒険者が首を傾げている。

 その時、女性職員が四人の元に近づいた。

「セラフィナさん、こんにちは。今日は、図書館に新しい本が入っていますよ」

「あら、今度は何が入ったの?」

「先日発刊された、『北国の気候変動と未来の予想図』です」

「へえ。フィヨルラインは、最近夏でも寒いと言うものね。——依頼が終わったら、借りに行ってもいいかしら」

「はい、お待ちしていますね!」

 職員は、にこやかに戻って行った。

(…………え、これ、現実?)

 エーリヒは、唖然としてその会話を見送り、もう一度書類に目を落とした。


◆考察

【カイル】無自覚沼

【アルベルト】闇堕ち注意

【エーリヒ】手遅れ

 現状、手を出すと危険。観察(栄養補給)対象として現状維持。定住の後、再考が必要。


 エーリヒは、なるほど、と納得した。これを作った人は、このグループをよく見ている。目標を"定住"とするならば、セラフィナを取り込むのが手っ取り早い。けれども、とエーリヒは笑った。

 セラフィナは、世界を見てまわりたいと言っていた。それは、誰にも邪魔させない。なぜなら——

(満足しないと、俺に堕ちてこないからね)

 エーリヒは、書類をカウンターに戻して後ろを振り返った。仲間たちに止められるのを無視して、一枚の依頼に手を伸ばすセラフィナにそっと近づく。

「セラ。それは、行ったことがあるところでしょう?」

 彼女が伸ばした手をとって、にこりと微笑みかけると、パチリと瞬きをして僅かに頬を赤らめる。不意をつくと一瞬だけ見ることができるこの表情が、エーリヒは好きだった。セラフィナは、既にいつもの冷静な表情に戻っているが、エーリヒはさらに笑みを深めた。

「最初に言っていた植物学者のやつは、行ったことがないし、いいんじゃない?」

 セラフィナは、少し考える風をした後に、「そうね」と笑った。カイルとリーゼの、ほっとした雰囲気が漂う。アルベルトは、よくわからない。

 エーリヒが依頼書をセラフィナに渡すと、リーゼと連れ立って受付に向かって行った。

 カイルが、エーリヒの肩をトンと叩く。

「本当に、お前は上手いよな」

 苦笑いで言われ、エーリヒは同じく苦笑いで返した。アルベルトには睨まれたが、それにも笑顔で返した。

 今は、これでいい。セラフィナが見たいものを見て、行きたいところに行けるようにする。その隣にいるのが自分なら、なお良い。焦ることはない。どうせ、最後には自分を選ばせるのだから。

 セラフィナが、受付を終えて戻ってくる。エーリヒは、いつもの柔らかな笑顔を浮かべ、彼女を迎えた。

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