時戻りの逆転人生で、初恋のやり直しを -01-
目が覚めてすぐに、違和感に気が付いた。この部屋も知っている。三度目の人生で何度も訪れた。
だけど、それだけではない。当たり前に慣れ親しんだ部屋という感覚もある。
すぐに飛び起きて、姿見で自分の姿を確認した。
「嘘でしょ? どうして、わたしがアケーシャ様になってるの?」
だけど、アケーシャの記憶もある。アケーシャの“この人生”の今までの記憶。幼い頃のアケーシャの記憶が。
そのことに、驚きと戸惑いが隠せなかった。
過去三度の人生では、間違いなく生まれたときから“ミモザ”だった。はっきりとその記憶もある。
それなのに、今鏡に映っている姿は間違いなく“アケーシャ”で、“アケーシャ”としての記憶もある。
「どうして? どういうことなの?」
思い当たる理由はただひとつ。
「もしかして、わたしがそう願ってしまったから?」
あの時、空が眩しいほどに光り、隕石が落ちてくるほんの少し前のこと。
綺麗なドレスを身に纏い、ダニエルの隣に立ったアケーシャを見て、ミモザは願ってしまった。
「次は、アケーシャ様になりたいな」と。
それは、ずっと思っていたこと。自分がアケーシャだったら、どれだけ幸せだったのだろうか。
最初から、自分がダニエルの婚約者であったなら、誰も傷付かずに済んだのかもしれないと、ずっと思っていた。
三度目の人生で、ミモザは嘘をついた。
「好きな人がいるの」
「その人と結婚する」
「お腹に赤ちゃんがいるかもしれない」
全て嘘。
二度目の人生のクラスメイトたちとのお茶会で耳にした“ある噂”を利用した一世一代の大きな嘘。
『スティーブン伯爵様は男の人が好き。ヴァンガード公爵家の使用人と噂になった』
ミモザはこの噂を思い出し、スコット男爵家に養子に入ってすぐに、スティーブン伯爵との接触を図った。
馬術が趣味ということを突き止め、馬術を習い、スコット男爵に無理を言って、どうにかスティーブン伯爵と話す機会を得たのだ。そして、交渉をした。
「わたしと偽装結婚をしてくれませんか? あなたがどのような方と交際してもわたしは構いません。どうぞわたしを隠れ蓑にしてください。ディーマさんを守りたくありませんか? わたしはある人からの求婚を断りたいだけなのです」
スティーブン伯爵の恋のお相手は、ヴァンガード公爵家の使用人のディーマだった。
はじめはスティーブン伯爵は相手にもしてくれなかった。だけど、ディーマと何度も話し合い、そしてようやく偽装結婚に漕ぎつけた。
ミモザは二人の恋を利用した。でもその影で、二人の恋に自分を重ねていた。
「ディーマさんたちも辛い恋をしている。だけど、わたしと違って、誰のものも何も奪ってない。愛している人と、ただ一緒にいることを願っているだけなのに」
自分には成就できない代わりに、伯爵とディーマには幸せになってもらいたい、と思った。
そして、誓約書を交わし、ミモザの偽装結婚、偽装妊娠を企てて、ダニエルからの求婚を免れた。
それなのに、ミモザはダニエルに会いに行ってしまった。
(お披露目式なら、たくさんの人たちに紛れられる。きっと見つからないはず)
そう思っていたのに、遠くにいるダニエルと目が合った。
大勢の民衆の中、ミモザを見つけること自体が不可能に近い。それなのに、ダニエルは自分を見つけてくれた。入学式の時のように。
だから、願ってしまった。願った瞬間、目の前にはあの男性がいた。
(死神……)
エイデンに殺された時も、目の前にいたあの男性が、願いを叶えてあげる、と言った。
胸の中で何かが弾けた次の瞬間、時間が巻き戻っていた。
「アケーシャ様の身体を、わたしが奪ってしまったの? じゃあ、わたしの身体は? それよりも、本物のアケーシャ様は!?」
また、彼女から奪ってしまった。一瞬にして震えた。
「はっ!? もし今日がいつもと同じ日なら……」
今までのやり直しと同じ日ならば、今日は特別な日。そして一刻の猶予も許されない日。
すぐにカレンダーを確認すると、ミモザが10歳になる年の誕生日だった。
「間違いない! 今日だ!!」
崩落事故の日。
「のんびりしていられないわ。早く行かなくちゃ!」
アケーシャのことも気になる。だけど、どうしてもこれだけは譲れなかった。
急いで早馬に乗れるような簡素な服に着替えて部屋から飛び出すと、両親に挨拶を済ませ、厩に向かった。
「いた! ディーマさん! お願いがあるの」
「おはようございます、お嬢様。朝早くからどうなさいました? それに“ディーマさん”だなんて」
くすりと笑みを漏らしたディーマに、自分がアケーシャだということを思い出す。
「えっと、今日はお友達のお誕生日なの。お友達が教会でお祈りをするのだけど、彼女の家から教会までは距離があって、送り迎えを一緒に頼みたいの」
「かしこまりました。では、馬車の準備をしますね。何時頃出発なさいますか?」
「事情があって、馬車ではなく早馬でお願い。出発はできれば今すぐに」
一瞬だけ見開いたディーマの目は、ゆっくりと弧を描く。
「よほどそのお友達が大切なようですね」
嬉しそうに笑ったディーマは、アケーシャの希望通りの準備を始めてくれた。
アケーシャはその間に、再度、両親のところに行き、早馬で出掛けたいと伝えた。
「お父様、お母様、わたし今から早馬で出かけてきます」
「突然どうしたんだ?」
「早馬だなんて、危ないからいけません」
「大丈夫です。ディーマさんと一緒ですし、わたし、どうしても会いに行かなくちゃいけないんです! 行ってきます!」
「え、どういうことだい? アケーシャ、アケーシャ!!」
強行突破で、出掛けることにした。アケーシャの昨日までの記憶の中の両親は、決して首を縦に振ってくれそうになかったから。
すぐに厩に戻ると、すでに準備を終えたディーマが待っていてくれた。もちろん馬にはディーマと二人乗り。
三度目の人生では一緒に遠乗りにも出かけていた。ディーマの馬術の腕は確かなものだと知っている。これほど心強いものはなかった。
(どうか間に合って……)
そう祈りながら、王都の街の郊外を件の場所を目指してひたすら走る。岩石が崩落し馬車が潰されていた場所までもうすぐだ。
(まだ崩落していない、やっと間に合えた……)
遠目からだけど、まだ突出した岩肌が崩れていないのを確認でき、ほっと胸をなで下ろす。
ミモザとしての過去三度の人生において、一度も間に合うことができずに涙を流したけれど、今ならまだ間に合うかもしれない。
(まだ泣いちゃだめ、これからが重要なんだから!)
涙が出そうになるのを必死に堪え、先を行く馬車を探した。
(今度こそは、必ず助けてみせるから!)




