優しい願いは呪いとなって -02-
あれから、すでに半年が過ぎようとしていた。
ダレルは、ほんの僅かでも時間を見付けては、ヴァンガード公爵邸に通った。そのせいか、巷では、アーシャが婚約者に決まったと囁かれ始めていた。
ダレルの護衛に至っては、遠くから三人の様子を窺うだけで、今もなお、三人の画策に気付く様子はない。
アーシャとミサナが、わざと同じような髪型をして帽子を被り、同じような上着を羽織っているから余計にだ。
今日もいつものアカシアの木の下に三人でいる。ただ、三人の関係は徐々に変わり始めていた。
「おかげで、婚約の申し込みがぱたりとなくなって、本当にありがたいわ」
ふふっと笑みを溢すアーシャに、ダレルは尋ねる。
「どうして、そんなに婚約したくないんだ? 誰か好きな人でもいるのか?」
「好きな人なんているわけないじゃない」
ツンとした素っ気ない態度で、アーシャは一蹴する。
「それなら、どうして? アーシャは男嫌いなのか? 絶対に触れるなと言っていたことと関係があるのか?」
「ダレル様っ!!」
ダレルの言葉に、ミサナが焦りを見せたが、アーシャはただ微笑むだけ。
不思議に思ったダレルはミサナを見つめるも、ミサナは首を左右に振って、これ以上は聞かないで、と暗に語った。
アーシャは初めて会った時、ダレルと一つだけ約束事を交わしていた。
それは、ーー絶対に、私に触れないでください。何があっても、どんな状況であっても、絶対にーーということだった。
「そのうち教えてあげるわ。じゃあ、私はここでお昼寝でもして待ってるから」
慣れたように、アーシャとミサナは大きな布を芝生に広げ始めた。
「アーシャ、普通の御令嬢はこんなところで昼寝なんてしないぞ? ミサナ、そっちに引っ張って」
「ありがとうございます、ダレル様」
呆れながらも、ダレルは布を敷くのを手伝ってくれる。身分の隔たりをも感じさせないそんなさりげない優しさに、ミサナはすでに心を許していた。
「あら、とっても気持ちがいいのよ。そんなこと言ってたらもったいないわよ、ねえ、ミサナ」
「はい! ぽっかぽかの太陽の下で寝転がるって、本当に気持ちがいいんですよ。ぜひ一度、ダレル様もお試しになってみてください」
ミサナの笑顔にダレルの顔は綻ぶ。
「じゃあ、今日のデートは、昼寝にするか?」
「はい!」
「え、嘘? あなたたちは向こうでデートしてきなさいよ、お願いだから、私のお昼寝の邪魔をしないで」
すでに布の上に座り、寝転がろうとしていたアーシャが、二人を追い払う。
「ふふ、アーシャお嬢様、お隣失礼します!」
「ちょっと、ミサナ!!」
ミサナは、ダレルの腕からするりと抜けて、アーシャの右隣に寝転んだ。
「俺はもちろんミサナの隣だ」
「はい、ダレル様!」
「えぇっ、もうっ!!」
結局、ミサナを真ん中に挟むような形で、三人は川の字に寝転がった。
「本当に気持ちいいな。俺、眠くなってきた」
「ふふ、私もです。しかも、とっても幸せです」
「俺はミサナが隣で笑ってくれているだけで幸せだよ」
「ダレル様っ! アーシャお嬢様の前で、そんなこと言うなんて反則です!!」
「ミサナの一番は、まだアーシャか」
「もちろんです!!」
「……」
アーシャは目を閉じて、二人の会話を聞く。その口元は優しく弧を描いていた。
いつまでもこのままでいられたらいいのにな、と思いながら、少しだけ、夢現になり始めた頃、アーシャは左隣に暖かい温もりを感じた。
「ん? えっ!?」
ガバっと起きて、思わず驚きの声をあげる。
ミサナとダレルも眠い目を擦りながら、起き上がり、そして、アーシャの視線の先を見る。
目を逸らすことができないほど、美しい寝顔に、思わず息を呑んだ。
この世の者ではない、そんな雰囲気を纏うその人の存在に、驚きのあまり、言葉が出てこない。
ようやく口にできた言葉は、たった一言だけ。
「……誰?」
驚くのも無理もない話。アーシャの左隣には、全く知らない男の人が寝ていたのだから。




