優しい願いは呪いとなって -01-
遥か昔の話……
「これから、こちらの侍女を私だと思って、逢瀬を重ねてください」
ダレルの初恋は、突拍子もない提案から始まった。
季節外れの雪が舞うようにそれは突然に。ふわふわと黄色い花が咲くアカシアの木の下で、二人は出逢った。
主君の命に背けなかったのか、おずおずと申し訳なさそうに俯きながら佇むミサナが、なんだか面白くて、そして可愛くて、ダレルはその提案を喜んで受け入れた。
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Long ago
「アーシャお嬢様、やめましょう。絶対に気付かれてしまいますよっ」
今にも泣き出しそうな表情で、ミサナは抵抗する。その相手は、自分が侍女として仕えるお嬢様だ。
「大丈夫よ、きっと殺されはしないから。だって嫌だもの。王太子殿下と会ってお話しするなんて」
「で、でも……」
「大丈夫、大丈夫。ミサナと私は背格好も似ているし、庭園に出てしまえば、誰も気付かないわ」
聞く耳を持ってくれないアーシャに、ミサナは頭を悩ませる。
だけど、一度こうと決めたアーシャを説き伏せることなど不可能だ。
「必ず、約束の場所で待ってなさいよ」
「はい……」
最後には、じろりと睨まれて、ミサナは覚悟を決めた。
アーシャは、ヴァンガード公爵家の一人娘。この日、ウォーレス国の王太子ダレルとの初めての顔合わせをしなければならなかった。王太子の婚約者候補として。
そして今、アーシャはダレルとヴァンガード公爵邸の敷地をひたすら歩いている。両親に「二人で庭園でも歩いてくるといい」と促されたからだ。
アーシャの住むヴァンガード公爵邸は、王都内に居を構えているにもかかわらず、その敷地は広大だった。
その広大な敷地の外れへと、アーシャは一目散に向かっている。ダレルは、アーシャの意図が読めなかったが、とりあえず何も言わずに一緒に歩みを進めた。
「もう、ここまで来れば大丈夫そうね」
「アーシャ嬢、一体こちらには何があるんだい?」
アカシアの木の下に立ち止まったアーシャに、ダレルは眉を顰め、呆れた声で尋ねた。
それもそのはず、二人が今いる場所は、庭師によって手入れの行き届いた庭園ではない。敷地の外れに自然と生い茂った花畑が目下に広がる、アカシアの木の下だったから。
アーシャは、ダレルに氷の微笑と囁かれる美しい笑顔を向けた。
「殿下、無礼を承知で申し上げます。私はあなたと婚約することを望んではいません。でも、あなたの婚約者候補でいることは、私にとって、とても都合がいいのです」
「はい?」
言っている意味が分からない、と言いたさげなダレルの反応に構うことなく、アーシャは言葉を続ける。
「だけど、隣を歩くことも苦痛です。もちろんそれは、あなただから、というわけではありません。ということで、私は考えました」
一方的に告げられようとしている提案に、ダレルは思わずおかしそうに笑った。
「随分と酷い言われようだけど、とりあえずその提案を聞いてみようか?」
「あら? 怒鳴り散らしたりはなさらないのですね」
「心外だな。俺はそんなに心の狭い男ではないよ。それとも、器の大きい優良物件と分かって、やっぱり婚約したくなって、提案を取り下げるかい?」
少しだけ試すようなその質問に、全く表情を変えることなくアーシャは一蹴する。
「ふふ、それはないですね」
「そうこなくちゃ。では、続きを聞こうか」
「はい」
ダレルとアーシャが平然と繰り広げる会話に、ただ一人、冷や汗をかく者がいた。
「替え玉を用意しました。私の侍女のミサナです。これから、こちらの侍女を私だと思って、逢瀬を重ねてください」
アーシャの背後から、おずおずと顔を出すミサナだ。
「も、申し訳ありません……」
主君の命に逆らえなかったのか、ダレルの前に姿を現した瞬間、震える声で平謝りする。
ダレルの視線はミサナに真っ直ぐに向いている。それが痛いほど分かり、顔を上げることなどできなかった。
「これから、私の代わりにミサナが殿下のお相手をいたしますから」
「ああ、いいよ」
「ええっ!」
まさかの了承の言葉に、誰よりも驚いたのはミサナだった。思わず一気に顔を上げる。
その視界に飛び込んできたのは、自身を優しく見つめる金色の瞳と見惚れるほど美しい顔。
「俺はミサナ嬢に一目惚れしたからね」
「ええっ!! な、何を仰られて……」
追い討ちをかけるように、平然と愛の言葉を紡いだ形の良い唇がゆっくりと弧を描く。
「ただし、一つ、条件がある」
一瞬にして、その場に緊張の糸が張り詰めた。
「それは、なんでしょうか?」
「一目惚れをしたと言っただろう? 俺は本気だ。だから、ミサナ嬢が俺を好いてくれたら、本当の婚約者になってもらう」
「あら、そう……」
「アーシャお嬢様、考える必要などありません。ここは無かったことに……」
逡巡するアーシャに耳打ちするも、言葉を全て言い終えることなく、その提案は却下された。
「いいわ。殿下が誰よりもミサナのことを幸せにすると約束できるのなら、私は喜んでミサナを送り出すわ」
「もちろんだ。この国の未来を賭けて、約束をしよう。もし約束を守れない時が来るならば、それはこの国が滅ぶ時だ」
「ええっ、ええぇぇぇ!!」
ミサナの叫びも虚しく、ダレルとアーシャはお互いに目を合わせ、頷いた。
「ちょっと、王太子殿下、アーシャお嬢様、目を覚ましてください!! 絶対に無理ですってば!! 私の話も聞いてください!!」
当事者のミサナは、最後まで蚊帳の外だった。ただ、その状況さえも、二人はおもしろがって笑っていた。




