時戻りの二人の友情と隠された恋心 -02-
「ミモザ様も、人生をやり直していたなんて、私は全く気付きませんでした。ごめんなさい」
お辛かったでしょう、と言おうとした瞬間、ミモザが勢いよく平伏した。
「ごめんなさい! わたし、ずっと、ずっと、アケーシャ様に謝りたかったんです。本当に、本当に、ごめんなさい!!」
「えっ!? あ、謝らないでっ、お願いだからやめてくださいっ、虐めてるみたいに思われてしまいます!!」
「へ? 虐め? アケーシャ様がわたしを虐めてる……って、どうしてですか!?」
一度目の人生は、ミモザを虐めたことも罪に問われた。本当は虐めていないのに。
もしも、この状況を誰かに見られたら、と咄嗟に自分の首に触れてしまう。
アケーシャが今、思い浮かべたのは、斬首刑。サーッと血の気が引いた。
「そんなぁ、わたしは一度だってアケーシャ様に虐められたと思ったことなんてありません! それどころか、わたしがアケーシャ様に酷いことをたくさんしてきました。わたしのことなんて嫌いなはずなのに、それなのにお友達になってくれるなんて……」
「嫌い? 私が、ミモザ様を?」
「はい、わたしのことなんか、大嫌いに決まってます」
しばし思いを巡らせたアケーシャは、納得した様子で答えた。
「好きか、嫌いか、と聞かれれば、確かに好きではないですね」
きっぱりと言い放つ。いっそ清々しいほどに。
「やっぱりぃぃぃ……」
ミモザは膝から崩れ落ちた。悲壮感漂うその姿を見たアケーシャは、ふふっと笑い声を漏らす。
「でも、嫌いでもありませんよ」
「えっ?」
「王太子殿下のこと、ですよね。もしそうなら、それは仕方のないことです。だって、王太子殿下が、アプローチしてきたんですもの。私はミモザ様の立場だったら、その誘いを無下にはできません」
「アケーシャさまぁ……」
噂に左右されずに、真実を見ていてくれたことに感激して、ミモザの涙腺は緩んでしまう。
「それに、ミモザ様がずっと、王太子殿下のお名前を呼ばれていなかったことも知っています。きっと、王太子殿下なら、名前で呼んでくれ、と仰られていたはずです」
「はい、仰っていました。けれど……」
だけど、呼べなかった。呼んだのは、二度目の人生で、アケーシャにも祝福をされていると勘違いしていた王太子妃になった時だけ。
「はい。だから私は、ミモザ様は王太子殿下と、きちんと一線を引いて接してくれていたのだと思っていました。婚約者の私に申し訳ないと思ってくださっていたのだと」
ずっと思っていた。アケーシャがいるのに、ダニエルと仲良くなってはいけないと。恋心を抱いてはいけないと。ダニエルを慕う大勢の中の一人でいなければならなと、ずっと思っていた。
だから頑なに、王太子様、と呼んでいた。自分を律するために。
「まあ、王太子殿下は婚約者の私には『名前を呼んでくれ』なんて、ご提案もありませんでしたが。それどころか、私なんて名前を呼ばれた覚えもありません」
氷の姫の二つ名に相応しいほどの冷たい視線が、ミモザに突き刺さる。
「ひぃっ!! ご、ごめんなさいっ!!」
「ふふ、私も少しだけ嫌な思いをしたので、仕返ししてしまいました、これでおあいこです」
(少しだけ、のはずがないのに……)
アケーシャの死因を、ミモザはもちろん知っている。誰がやったかということも、それは間違いなく自分が関係してくると。
それを、おあいこだと言って、水に流してくれた。
(アケーシャ様こそ、慈悲深くて、本当に王妃に相応しい方なのに)
わたしのせいで、と思うと、心が張り裂ける思いだった。
「それに、私こそ、ハンカチを奪ってしまってごめんなさい。階段から落ちた時は、さぞ痛かったでしょう?」
それは一度目の人生でのこと。
「大丈夫です! それにわたし、丈夫だけが取り柄で、大した怪我にもならなかった、というか、実は無傷だったんですよ。凄くないですか?」
「無傷は、確かに凄いです……」
あの階段は、10段以上はあったはずなのに、とアケーシャは驚きを隠せなかった。
そして二人は目を合わせて、ふふっと、笑い合った。
二人はそのまま一緒に、掲示板に張り出された組分けの名簿を見に行った。
「わたし、C組です。やったあ! ひとつクラスが上がった!! アケーシャ様は?」
「えっと、A組です」
「聞くまでもないですよね。むしろ、入学前の試験も三度目なのに、C組止まりのわたしって、残念な子ですね……」
三度の人生、入学試験の問題は全て同じ。その事実に二人はすでに気付いている。だから、盛大に落ち込むミモザに、かける言葉が見当たらない。
「……王妃教育も、よく乗り越えられましたね?」
「いや、本当にあれは苦行でしたよ。王妃様なんて、最後には目も合わせてくれなかったし」
あの王妃が根をあげるほどの成績だと聞いて、思わずアケーシャも笑ってしまった。
「ふふ、では今回は一緒にお勉強をしましょう!」
「本当ですか! ありがとうございます」
お昼休みにゆっくりと話す約束をして、二人は別れた。
「この後は入学式か、今回もまた王太子様が挨拶をするのかな? でも……絶対に関わらないって決めたんだから」
ミモザが教室に入ろうとすると、ふと二度目の人生でのクラスメイトたちが頭をよぎる。
(違うクラスになっちゃったな)
正直言って寂しかった。だけど、それは自分で選んだ道だった。
もしもまた、D組になってしまったら、クラスメイトのみんなに応援されてしまうかもしれない。だから、違うクラスになるために、入学試験前に必死で勉強をしたのだから。
(目標! C組でも、いっぱい友達を作ろう!)
新たな目標を胸に、気合を入れて教室に入ったその瞬間、一気にC組のクラスメイトたちに囲まれた。
「ねえ、君は一体何者? すごいところのお嬢様なの?」
「え? えっと、スコット男爵家のミモザと言います。よろしくお願いします」
「男爵家? どうしてアケーシャ様とあんなに親しいの?」
(あ、そうか。普通なら、公爵家のアケーシャ様と男爵家のわたしじゃ、接点なんてあるはずがないんだ)
本来なら視界にも入らない存在なんだ、と改めて思い出した。
(でも、きっとアケーシャ様なら、身分なんて気にしないだろうな。実際は、あんなに可愛らしいんだもの。それをみんなにも知って欲しいかも!)
「ふふ、秘密です! それに、アケーシャ様ならみなさんとも喜んでお友達になってくれるはずです!」
今度のミモザのクラスであるC組も、D組とさほど変わらない。王太子の婚約者でもある公爵令嬢のアケーシャは雲の上の存在。
そんな人と関わりのあるミモザは、すでに注目の的となっていた。
そして、入学式が始まった。今まさに壇上にはダニエルの姿がある。
ミモザは、というと、俯いてひたすら心の中で唱えていた。
(だめ、絶対にだめ、だめ、絶対にだめ……)
ひたすら唱えていないと、あの優しい声の誘惑に、決意が揺らいでしまうから。もう同じ過ちは繰り返さないと決めたのだから。




