ミモザの心苦しい恋と時戻り -12-
「ミモザ、本当に綺麗だ。よく似合っているよ」
ダニエルとお揃いのドレスに身を包んだミモザは、卒業パーティーの会場に入るために、差し出されたダニエルの手を取った。
「ありがとうございます。王太子様も、とても素敵です。とても格好良いです!」
「!?」
突然、ダニエルが顔を背けた。その顔は真っ赤に染まり、耳まで赤い。
「どうしましたか?」
「いや、格好良いって、ミモザに褒められたのは初めてだったから」
「ふふ、ずっと思っていました。初めてお会いした時から、ずっと……」
夢のような時間だった。愛している人に、心からの気持ちを伝えられることが。今まで押し込めていた分、たくさんの愛を囁きあった。
そして、会場に足を踏み入れた。その瞬間に、一気に視線が集まる。
だけど、前の人生の時の突き刺すような視線とは、少しだけ違う気がした。
(婚約を取りやめる同意が得られたことを、きっと知ってるのね。わたし、みんなに認められたんだ)
全てが順調に進んでいると思っていた。だけど、それは突然、始まってしまった。前の人生の時と同じように。
「ミモザは、俺の側にいてくれればいいから。何も心配はいらない」
卒業パーティーが終わりに近づいてきた頃、ダニエルにそう告げられたミモザに、一気に不安が押し寄せる。
(まさか……)
それは予想通りになってしまった。ダニエルがミモザを自分の背中に隠しながら、アケーシャの前に立ち、宣言し始めたのだ。
「アケーシャ、お前との婚約を解消する」
「!?」
(えっ、何を仰ってるの!? まさか、同意を得るって、今から!?)
このままではいけないと、ミモザが口を挟もうとした瞬間、アケーシャからの返事が聞こえてきた。
「はい、承知いたしました」
「!?」
耳を疑いそうになった。アケーシャが応援してくれていると思ってはいたが、強い確証はなかったから。
(アケーシャ様は、本当にわたしたちのことを、祝福をしてくださるの?)
ミモザの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「アケーシャ様が、王太子様とわたしのことを認めてくれた……」
その声はダニエルにしか聞こえていない。アケーシャはすでに、エイデンと共に会場を出て行ってしまっていたから。
「ああ、そうみたいだな。ミモザ、一緒に幸せになろうな」
「はい!」
晴れてミモザは、ダニエルと婚約を交わし、結婚をした。今度こそは、幸せになれると心からそう思った。
もちろん王妃教育は辛かった。前の人生でも散々やったはずなのに、強い叱責を何度も受けた。だけど、精一杯頑張った。
(アケーシャ様が応援してくれてるんだもの。頑張らなければいけないわ)
前の人生と今では、気持ちが全く違った。
前の人生では、後ろめたい気持ちばかりで、自分だけが幸せになってはいけないと思っていた。だけど今は、幸せになっていいのだから。
ミモザは、王太子妃として数々のお茶会にも出席するようになった。堅苦しいお茶会から噂話の好きなご婦人のいるお茶会まで多種多様。
そして、今日はずっと待ちに待っていたお茶会だった。
「王太子妃殿下、お久しぶりでございます」
「ふふ、王太子妃殿下だなんて、堅苦しいのはやめて。せめて今だけは、昔みたいにミモザって呼んでちょうだいね」
「ふふ、ミモザ様はお変わりないですね。王太子殿下とも、相変わらず仲がよろしいってお聞きしましたよ」
「ご想像にお任せ、と言いたいところだけど、おかげさまで」
この日集まったのは、貴族学園の時に、ダニエルとの恋を応援して、背中を押してくれたクラスメイトたち。
「羨ましいわ。私も王太子殿下みたいな格好良い人と巡り会いたいわ。誰かいい人いないかしら? あなたたちたちがどんどん結婚してしまうんですもの。次は、ルーシー様でしょ?」
「そうだわ、最近良い人が見つかったって聞いたけど、そちらの方とはどうなの?」
「ミモザ様ってば、よくご存知で。ミモザ様にも彼のことをご紹介したいのですが……」
「まあ、ぜひ紹介してほしいわ! もしかして、わたくしの知っている人なの?」
「ありがとうございます! ふふ、それはご紹介する時までの秘密です」
まさか卒業してまで、こうしてクラスメイトたちと、他愛のない話ができるとは思ってもみなかったミモザは、本当に毎日が幸せだった。
「もう、本当にずるいわ」
「あら、それならあの方はどう? スティーブン伯爵様。とても格好良いのに、女性の噂を全く聞かないじゃない?」
「だめよ、あの方は、男の人が好きなのよ。ほら、最近、ヴァンガード公爵家の使用人と噂になったじゃない」
「まあ、そうだったの? 知らなかったわ。そう言えば、ヴァンガード公爵家って言えば、アケーシャ様が……」
「ばか、その話はミモザ様の前ではだめよ」
嫌な予感がした。
「……アケーシャ様に何かあったの?」
ドクンドクン、と心臓の音が頭に響く。一気に不安が押し寄せてきた。
「最近、修道院でお亡くなりになられたそうです」
瞬間、全てが音を立てて崩れ落ちた。幸せだと思っていた現在も、信じて疑わなかった幸せな未来も全てが消えていった。
「亡くなられた? 修道院? どうして、どうして、アケーシャ様が修道院なんかに……」
「それは、本人の希望だとしか……」
ミモザは、貴族の風習については、まだ疎かった。婚約破棄や婚約解消された女性は、嫁入りが難しくなる。
しかも、アケーシャの婚約相手は王太子だった。アケーシャに不貞があろうとなかろうと、アケーシャに原因があると思われてしまう。
「ミモザ様、憧れの方がお亡くなりになられて、お辛いのは分かりますが、どうかお気になさらずに」
「……ええ、ありがとう」
事の顛末を知ってしまったミモザは、その日から、自問自答する日々を送るようになってしまった。
「このまま、わたしだけ幸せになっていいの?」
「アケーシャ様は、本当にわたしたちのことを認めてくれていたの?」
「アケーシャ様は、どうして殺されてしまったの?」
アケーシャが亡くなった原因を調べているうちに、毒殺だという噂も耳にしてしまった。
「わたしは、本当に悪くないの?」
「また、アケーシャ様からたくさんのものを奪ってしまったの?」
******
そんなある日、ミモザの前にある男性が立っていた。見覚えのある男性が。
「ミモザ様、以前お約束した、私が今、懇意にさせていただいているお方です」
ミモザは紹介された人を見て、一瞬にして青褪めた。
「お初お目にかかります、エイデンと申します」
「こ、こんにちは」
身体が震え出して止まらなくなった。だけど、必死で笑顔を取り繕った。アケーシャの弟のエイデンだったから。
「あ、あの、アケーシャ様……」
「あの人のことは、……思い出したくないので、申し訳ありません」
言葉を遮られ、お悔やみの言葉も伝えられなかった。
「ミモザ様にとってはお辛いでしょうが、実はアケーシャ様、修道院に入った時からヴァンガード公爵家とは縁を切られたそうで、エイデン様もその話は嫌がるんです。迷いはしたのですが、どうしてもミモザ様にご紹介したくて、私、本気で彼のことが好きだから、ミモザ様にも応援してほしくて……」
ルーシーが、こっそりと教えてくれた。
(縁を切られた? やっぱり、わたしのせいだ。わたしがアケーシャ様の全てを奪ってしまった……)
婚約者も、居場所も、命も……
それからはもう、何を話したかなんて、全く覚えていない。
「そうだ、とても美味しいお菓子をご用意させていただきました。市井のお菓子なのでお口に合うか分かりませんが、ぜひお召し上がりください」
そう言いながら、エイデンはミモザに一つのお菓子を差し出してきた。一口サイズのお菓子を。
「ミモザ様、これ、とても美味しいんですよ。あ、でも毒見とかが必要なんですよね? もう、エイデン様ったら」
「それでは、目の前で私が毒見をいたしましょうか?」
「い、いえ、大丈夫よ。ぜひ、いただくわ」
ミモザは思った。
(あぁ、とうとうわたしに審判が下されるのね。きっと、このお菓子の中に……)
もしも、このお菓子の中に毒が入っていなければ、全てを許され幸せになってもいい。
もしも、毒が入っていたならば、決して許されるべきではない。
ミモザは食べないという選択もできた。しかし、ミモザにとって、食べないという選択肢はなかった。
たとえ「食べてはいけない」と言われたとしても。
そして、自らの手で、そのお菓子を口にした。
(わたしが奪ったのは、アケーシャ様からだけではなかったのね。彼からも、奪っていたんだわ……)




