アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -13-
そして、とうとう貴族学園に入学する時が来てしまった。
「復唱! 絶対にミモザ様と関わらないこと。虐められているのを見掛けたら目を背けないこと!」
鏡に向かって、呪文のように何度も唱える。それでも、同じことの繰り返しになるかもしれない、との不安に押しつぶされそうになる。
「行きたくない……」
(行かなければ、ミモザ様と関わりを持つことは絶対にないのに)
確実に運命が変わってくれる気がした。だけど、そんなこと絶対に叶わない。
深呼吸して、部屋を一歩廊下に出ると、エイデンが嬉しそうに待っていてくれた。その笑顔に、強張っていたアケーシャの顔が綻ぶ。
「あら? エイデン、どうしたの?」
「姉様、御入学おめでとうございます。制服、とてもお似合いです」
「ふふ、ありがとう。わざわざ待っていてくれたの?」
「もちろんです。姉様に一番におめでとうって言いたかったし、姉様の制服姿も一番に見たかったから」
少し照れながらも、エイデンの顔はいつも以上に笑顔だ。だから嬉しくて、つい先に言ってしまった。
「早く来年になってほしいわね。毎日一緒に通いましょうね」
「はい! 絶対に約束ですよ! 早く来年にならないかな。明日が来年ならいいのに」
「ふふ、エイデンったら」
約束の指切りをして、エイデンの絶賛の声に押されながら、学園へと向かった。前の人生と同じ。
だけど、とても嬉しくて、先ほどまで行きたくないと思っていた学園さえ、行ってもいいと思うことができた。
学園では、当初の計画通り、ミモザとは一切の関わりを断った。ミモザの姿をいち早く見つけては、逃げるようにその場を去り、少しの接触も避けた。
ダニエルは、やはりと言うべきか、入学初日の中庭で、ミモザに積極的にアプローチをしていた。もちろん周囲の生徒たちの反応も同じ。
だから、ミモザを虐める生徒を見つけたら、虐めないように窘めた。時に強い口調になることもあった。
すると、今度はアケーシャ自身が標的となってしまった。
「婚約者を取られたくせに」
「氷の姫だもの、心までも冷たいのよ」
「あんな女が婚約者だなんて、王太子殿下がお可哀想だわ」
「アケーシャこそ他に男がいるのだわ」
何を言われても辛抱した。
(早く、来年にならないかしら……)
エイデンが入学してくることだけが、学園生活の心の支えだった。
******
二年生になり、エイデンが入学してきた。
前の人生と同じく、図書館で一緒に勉強することが殆どだったけど、エイデンと一緒に、こっそりと王都の街に遊びに行くことにも成功した。
「私、王都の街へ行くのは初めてよ。とてもドキドキするわ。迷子になったらどうしましょう?」
「姉様は心配性ですね。姉様は何かしたいことはありますか?」
したいこと、と言われても頭に浮かんでこない。王都に住んでいるというのに、王都のことを何も知らなかったから。
「それじゃあ、私が食べたことのない美味しい食べ物ってあるのかしら?」
「美味しい食べ物ですか? それなら、甘い物好きな姉様にぴったりのお菓子がありますよ」
エイデンが案内してくれたのは、とても珍しくて美味しいと評判の、異国のお菓子を取り扱うお店だった。
「おや、エイデンかい? 久しぶりだね」
「はい、こんにちは。お久しぶりです」
「少し見ないうちに立派になって、そちらのお嬢さんは恋人かい?」
「はい」
「!?」
満面の笑みを浮かべながら肯定したエイデンに、店主はにこりと微笑んだ。アケーシャはというと、もちろん顔を真っ赤に染めて、声も出ない。
「そうかい。丁度いい、エイデンのお気に入りのお菓子が今日は入ってるよ。準備するから、ぜひお嬢さんに食べてもらいな」
店主はそういうと、手際良くお菓子を包んでくれた。
「ちょ、ちょっと、エイデン!!」
「どうしましたか、姉様?」
「だって、今、こ、恋人って……」
自分で言っていて、恥ずかしかしくなってしまった。自分で言った言葉で、再び真っ赤に顔を染めてしまうほど。
(だって、私とエイデンが、そんな……)
続く言葉が出てこない。普段は冷静なアケーシャが明らかに動揺していた。
「……はは、姉様、可愛い」
「もうっ、揶揄わないで!」
たけど、嬉しかった。たとえそれが、冗談でも。今だけは、あの湖畔のようにきらきらと輝くその瞳に、自分をしっかりと映しだして言ってくれた言葉だったから。
お菓子を受けとると、広場でそのお菓子を食べることにした。広場にはたくさんの人が集まり、屋台も出ている。
みんながあちらこちらで、食事をしていた。テーブルに座って食べることが当たり前だと思っていたアケーシャにとって、それは衝撃的な光景だった。
「はい、姉様。俺が小さい頃によく食べていたお菓子です。とても美味しいんですよ」
きょろきょろと周りを見渡して目を輝かせるアケーシャに、目を細めて優しく笑いながらお菓子をひとつ渡してくれた。それは中にたっぷりの“あんこ”が入った一口サイズのお菓子だった。
「美味しいわ! こんなに美味しいもの、初めて食べたわ」
「姉様ってば大袈裟だな。ヴァンガード公爵家の料理人たちが聞いたら泣いてしまいますよ」
「もちろんうちの料理人たちの料理は絶品よ! だけど、こうして外で食べるって、楽しいわね。だから余計に美味しく感じるわ! ふふ、もう一個いただいちゃおうかしら? “粒あん”と“こしあん”だと、“こしあん”の方が好きだわ」
「俺もです! 滑らかな口ざわりだし、口の中いっぱいに広がる甘さがなんとも言えないですよね。では、次からは“こしあん”だけをいっぱい買いましょう!」
そんな平凡な日常の会話でさえも、アケーシャにとっては忘れることのできない思い出になった。
******
ミモザとの接触を全く持たぬまま、とうとう卒業パーティーの日を迎えた。
「これから卒業パーティーに行ってくるわ。今回もね、エイデンがエスコートしてくれることになったのよ」
祠に挨拶に来た。もしかしたら、明日はもう来れないかもしれない。きっとこれが最後になってしまうだろうから。
「やり直しの機会をくれて、本当にありがとう。私ね、自分がどれだけ視野が狭くて、たくさんの人との繋がりを無下にしてきたのかを実感したわ。外の世界はとても広くて、とてもきれいで、私の知らないことがたくさんあった。あ、もちろん、この場所が私の一番のお気に入りに変わりはないわよ」
ざわわ、と風が吹いた。アカシアの木を大きく揺らし、まるでこの場所を自慢しているようで、ふふっと笑ってしまった。
「正直言ってね、前の人生では私は自分が一番頑張っている、自分が王太子妃に相応しいって思っていたわ。でも、違かったの。私には知らないことが多すぎるし、一人では何もできないって分かったの」
両親が勉強の場を与えてくれて、使用人たちが生活を支えてくれていた。
街に出るとたくさんの人がいて、珍しいものがたくさん売られていた。
一歩外に出れば、知らない世界が広がっていた。
「何よりも、あなたが私の心を癒してくれて、エイデンが……」
愛するということを教えてくれた。口には絶対に出せないけれど。
「私ね、エイデンには必ず幸せになってほしいの。あの時、秘密にしたことをあなただけにこっそりと教えてあげるわ」
だけど、一番の願いは叶わない。だからもう一つの願いを口にした。
「私の願いは、エイデンの願いを叶えてあげたい、ということ。エイデンは何てお願いするのかな? エイデンのことをずっと見守っていてあげてね。ふふ、あなたにお願いをすると、本当に叶いそうだわ」
ふわりとそよぐ風が、アケーシャを優しく包み込んでくれた。そして、胸の中で何かが弾け、本当に願いが叶う気がした。




