番外編 メルヴの、はじめてのおつかい
とある日の午後。ウィオレケはせっせと勉強していた。リンゼイから習ったことを、しっかりノートに記していたのだ。しかし――。
「あ、ノート、最後だったか。うわ、インクも切れそう」
こういった消耗品は、今まで何も言わずとも使用人が用意していた。
今はそのようなことをしてくれる人はいない。
スメラルドに言ったら買って用意してくれる。だが、今日の買い物は終えてしまったので、今頼んでも早くても明日になるだろう。
「買いに行くか……」
そんな独り言を呟いていたら、ウィオレケの私室の扉がドンドンと叩かれた。
「誰? って、そんな雑な扉の叩き方をするの、姉上しかいないけれど」
「ウィオレケ、薬作りを手伝って」
「今?」
「今!」
はあと、盛大な溜息を吐く。文房具を買いに行くのは、明日になりそうだった。
そこに、想定外の声がかかる。
『坊チャン、メルヴガ、買ッテコヨウカ?』
「え?」
『オ買イ物、メルヴモ、デキルヨ!』
ピッと、葉っぱの付いた手を挙げながら、メルヴはやる気を見せていた。
ウィオレケは何回か、買い物にメルヴを連れて行ったことがある。
よく行く文房具店や、雑貨屋では、馴染みの顔となっていた。
「でも、メルヴだけで行かせるのは……」
『では、わたくしもご一緒しますわ』
ウィオレケの部屋に巨大な魔法陣が浮かび上がり、中心部から薔薇の花が出現する。
蕾が綻んだ中からでてきたのは――筋肉妖精のローゼであった。
『わたくしが、メルヴ様とお買い物をご一緒します』
「え、でも……」
身長190メトルある筋肉妖精のローゼは街中で目立つ。
街中が混乱状態になる場合もあった。
「あ、いや、ほら。妖精族って、珍しいし、街の人もびっくりするかなって」
『でしたら』
ローゼは『ふんぬ!』と気合いの入ったかけ声をあげる。
すると、ローゼは温かな光に包まれる。
光が収まると、ローゼの姿はなくなっていた。
「ローゼ?」
『ここですわ』
声の下ほうを見てみると、小さくなったローゼが手を振っていた。
「あ、小さくなれるんだ」
『はい。この姿で、メルヴ様を見守ります』
「うん……」
メルヴだけだったら心配だが、ローゼもいるのならば大丈夫だろう。そう思って、お使いを頼んだ。
「じゃあ、メルヴ。ノートとインクをお願い」
『任セテ!!』
メルヴはウィオレケからハンカチを借りて、文房具代の銅貨を包む。それを、首(?)に巻きつけて背負い鞄のようにした。
『ジャ、行ッテクルネ!』
『行ってまいります』
「う、うん、よろしく」
ウィオレケはあとを追い駆けたい気分になったが、リンゼイに呼ばれて地下の実験室に移動することになった。
◇◇◇
メルヴは軽やかな足取りで、石畳の道を歩いていた。
不思議生物であるメルヴに不審な視線を向けるものはいたものの、近付いて話しかける暇な人はいない。
『文具店はあちらみたいですね』
『ハア~イ』
ローゼの案内を受けながら、メルヴはキリリとした様子で進んで行く。
『ア!』
『どうかなさいました?』
『コノ花、前ハ蕾ダッタノ!』
道端に咲く黄色の花が、風で揺れていた。
メルヴは甘い香りを楽しむ。そこに、近付く影があった。
「なんだ、こいつ」
五歳くらいの、男の子であった。なんにでも興味を抱くようで、メルヴの葉っぱを持ち上げる。
『ワ~~!』
「あ、やっぱり喋った」
捕まってしまったメルヴは、手足をバタつかせる。
「これ、変なの」
『メルヴダヨ!』
「メルヴ?」
『ヨロシクネ!』
手を差し出すと、男の子も握り返す。
ここで、母親らしき女性が近付いて来た。
「あなた、何をしているの?」
「メルヴ、拾った」
「メルヴ?」
男の子が掲げるメルヴを、母親は訝しげな目で見ていた。
『メルヴダヨ』
「ヒッ!」
男の子は母親に頼み込む。メルヴを飼いたいと。
「メルヴは家では飼えません!」
メルヴは取り上げられ、そっと地面に置かれた。
取り残されたメルヴは、ローゼに話しかける。
『メルヴ、飼エナイッテ』
『メルヴ様は、ウィオレケお坊ちゃんと契約されていますからね』
『ソウダッタ!』
ここで、ローゼに促されて、買い物を再開する。
陽が暮れてきたのでテッテケテ~と走り、文具店に辿り着いた。
「いらっしゃい……あら!」
『メルヴダヨ』
「こんにちは、メルヴちゃん」
文具店のおかみが、メルヴを笑顔で迎える。
「今日、坊ちゃんはどうしたの?」
『アノネ、忙シイカラ、メルヴガ、買イニキタノ!』
「あら、偉いわね」
褒められたメルヴは、誇らしげであった。
頼まれたインクとノートを購入する。
「メルヴちゃん、これ、重たいけど大丈夫?」
メルヴの大きさよりも大きいノートに、メルヴの体重よりも重い、インクの入った壺が入った紙包みを手渡される。
『ヨイショ……ワッ!』
ふらついたメルヴを支えたのは、ローゼであった。
『メルヴ様、一緒に運びましょう』
『妖精サン、アリガト!』
こうして、購入した文房具はメルヴとローゼの手で運ばれる。
――達成感に満ち溢れたメルヴを、陰から覗く者達がいた。
「ね、大丈夫だったでしょう」
「うん」
リンゼイとウィオレケである。
メルヴが心配で作業が手に付かなかそうだったので、こうしてあとを付けていたのだ。
「まったく、二度手間だわ」
「姉上、ごめん。でも、ありがとう」
「いいのよ」
しんみりしている場合ではなかった。
メルヴよりも先に帰らなければならない。
リンゼイとウィオレケは、夕暮れの街を全力疾走した。
◇◇◇
『坊チャン、メルヴ、オ買イ物、シテキタヨ』
「わあ、メルヴ、すごい! きちんと、僕の使っているノートとインクがわかったんだな」
『モチロン!』
ウィオレケは目いっぱい、メルヴを褒めてやる。ご褒美に、高濃度の蜂蜜水を与えた。
メルヴはおいしそうに、ごくごく飲む。
『ハア、オイシ~!』
働いたあとの蜂蜜水は格別である。そんなことを言わんばかりの表情であった。
そんなメルヴを、ローゼは優しい目で見守っていた。
こうして、メルヴのはじめてのお使いは大成功となった。
◇おわり◇




